第13話 ギャル子ちゃんの告白 後編

 何だ?

 振り返ろうとした時、小島に「振り返らないで」と言われ、思わず制止する。

 小島は、俺のシャツの裾をチョンとつまんだ。


「じゃあさ、ハル」


「どうした?」


「私が、ハル好きって言ったらどうする」


「えっ?」


 驚いて振り返りそうになる。

 でも小島は「そのままで聞いて」と言った。


「ごめん。ハルが困るの知ってる。でも、このまま言わなきゃ一生後悔するって思った……。私、一年からハルが好きだった」


「小島……」


「私、ずっとハルとこのままの関係で良いって思ってた。付き合えなくても、ハルの友達でいられたら良いやって。でも、幼馴染みちゃんの話聞いてさ。このまま私が何もしなかったら、何も手に入らないまま、終わっちゃうんだって思っちゃったんだ」


 服をつまむ力が強くなる。


「ごめんね。ハルがいま、本当は恋愛とか考えてる場合じゃないのは知ってる。私たち受験だし、ハルはインターハイあるし。第一志望のスポーツ推薦の条件もインターハイのベスト8って言ってたよね。勉強と部活両立しようと頑張ってるのも、その中で幼馴染みちゃんのこと考えようとしてるのも、全部知ってる」


 小島の声は、震えていた。


「それでも私、何もしないままハルが取られちゃうのは嫌だった」


「取られるって……」


「取られるよ! 久しぶりに再会して、あっさりハルに意識されて、正直……ずるいって思っちゃった」


 そんな風に思ってたのか。


 小島は、飄々としてるやつだと思っていた。

 いつも毅然きぜんとしてて、自分のペースを貫いている。

 そこが彼女の強さだし、俺は正直、少し憧れていた。


 だから小島が、こんなに取り乱しているのが、少し信じられずにいた。


「ねぇ、ハル。答えはすぐ出さなくていい。幼馴染みちゃんのこと決着していいから。ちょっと考えてみてよ」


 俺が「でも」と返そうとすると「いいから」と声を被せられる。


「私、ハルにもっと好かれるよう頑張るし、頑張りたいんだ……。幼馴染ちゃんがハルとの絆で勝負するなら、私は色気で対抗する」


「色気?」


 不穏な気配に構えていると、背後から小島に抱き着かれた。

 思わず「うぉっ!?」と声が出る。

 背中に小島の体温が伝わり、そしてめちゃくちゃ柔らかい感触が当たっていた。


「お前! 胸! 胸当たってるから!」


「当ててるんだよ。おっきいでしょ? 私、Fカップあるんだ」


「え、F……?」


「まだおっきくなるから、多分来年にはGになると思う」


「じ、Gって……」


 デカすぎる。

 宇宙だ。

 俺は今背中に宇宙を感じている。


 そこでハッと我に返って、俺は首を振った。

 こんな時にまで俺は性欲に飲まれんのかよ。

 クソだ。

 思わず自分を責め立てる。


 小島を突き放そうとして、俺は振り返った。

 真っ赤な顔で、小島がこちらを見ていた。


「私、ハルのことサポート出来るよ。バスケは良く分かんないけど。部活の人間関係は知ってるつもりだから、愚痴とか聞いてあげられるし。勉強も手伝えると思う。あと、私、ハルに胸見られるの……嫌じゃ、ないし」


「み、見てねぇよ!」


 小島がまた抱き着こうと迫ってくる。

 強く押し返すことも出来ず、慌てていたせいで足がもつれて、俺はそのまま後ろに倒れた。


 そんな俺に、小島は馬乗りになってくる。


 ヤバい。

 そこに乗られるとヤバい……!

 俺は神に祈った。


「ハル、意識的に私の胸、見ないようにしてくれてるよね。でも、男って本能的に目が寄っちゃうんでしょ? 私、電車とかでめっちゃみられるから、知ってるんだ」


 小島は自分のスタイルを強調するように、自分の体に艶めかしく手を這わせる。


「汚いおっさんとか、サラリーマンとか、嫌だけどさ。ハルは嫌じゃない。私、ハルが溜まったら……シてあげられるし。シたいこと、サさせてあげられると思う」


「頼むからそう言うの言うなって!」


「言うよ! だってそうでもしなきゃ、一生後悔するかもしれないんだから! あの時、もっとハルに強くアプローチしたらよかったって……そんな風に思いたくないんだよ私は!」


「小島……」


 俺はゆっくり上体を起こすと、小島の肩をつかんだ。

 驚いた小島が、体を固くする。

 そんな彼女の瞳を、俺はまっすぐとらえた。


「お前が、俺のこと考えてくれてるのは知ってるよ。なのに俺は、お前の気持ちに全然気づかなかった。あまつさえ、のんきに相談までした自分が情けねぇよ」


「ハル……」


「水樹のこと、ちゃんと考えて答え出す。そしたら、お前にもちゃんと返事させてくれ」


 俺が言うと、小島がフッと笑みを浮かべた。


「水樹ちゃんって言うんだね」


「ああ……」


「じゃあ、ちゃんと待つね、ハル」


「ありがとう。……小島、お前やっぱ良い女だな」


 すると小島は少し意外そうな顔をした後。

 どこか嬉しそうに、俺の頬を突いた。


「やっと『女』って言ってくれたね」


 何故か彼女は、それがとても嬉しいようだった。


「……ところで、小島」


「なぁに?」


「そろそろ……どいてくれ」


 そこで、ようやく小島は素直に俺から降りてくれた。


「もしかして、欲情しちゃった?」


「お前、だってそりゃ……俺高三の男子なんだよ! そんな迫られ方したら無理に決まってんだろ!」


「ハル、可愛い」


「だぁ! ほっぺを突くな!」


 やっぱりこいつは、一枚も二枚も上手だ。

 敵いそうにないと心底思った。

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