第13話 ギャル子ちゃんの告白 前編

 朝練を終えて教室に入る。

 いつもより少し早い時間の教室。

 この時間帯は登校している生徒は少なく、生徒の数もまばらだ。


 席に座って授業の準備をしていると、同じクラスのギャル小島 早苗がどこからともなく現れた。


「おはよ、ハル」


「おはよう」


「今日も早いね」


「お前もな」


「たまには遅刻でもしたら? でかい図体してんだからさ」


「お前こそ、ギャルなんだからもっと怠惰にしろ」


「何だとこいつぅ。生意気だなぁ」


 いつもと同じ他愛もない会話。

 そこでふと思い出す。


「あ、そう言えば俺、お前に報告があってな」


「報告?」


「実はな――」


 そう言って俺が話そうとした時。

 不意にどこからともなくドスドスと足音が近づいて来た。

 そして突然ダンッ! と机を叩かれる。


「おい、ハル。どういうことだよ」


 同じクラスでバスケ部同期の元村 鉄平がそこに立っていた。


「よう鉄平。お前朝練も来ねぇで何やってんだ」


「それとこれとは話が別だぁ! 聞いたぞ俺は!」


「何をだよ」


「お前昨日、女子とデートしてたらしいな!」


 ざわっと教室の空気が変わる。

 皆の視線がこちらに集中するのが分かった。

 こっちを向いてないやつも、耳を傾けてくるのが分かる。


「いや、あれはデートじゃ……デートだな」


「しかも年下らしいなぁ!」


「あいつはただの幼馴染み……って訳でもないか」


「否定しろぉ! 否定してから肯定するのやめろぉ!」


 手で顔を覆い隠した鉄平は悔しそうに地面を転げまわっている。

 埃まみれになっているが気づいていない。

 放っておくか。


 鉄平は俺と中学の頃からのバスケ仲間だ。

 身長も高くて面白い奴で、顔も良い。

 普通に考えたらモテそうなものだが――


「俺たちはバスケ漬けの毎日なのに、何お前はちゃっかり彼女作ってんだよぉ!」


 女に飢えすぎていて、発言する度にモテ度が下がるガッカリイケメンでもある。


「別に彼女って訳じゃねぇよ」


「彼女じゃない? 手まで繋いでてそんな言い訳通るか!」


「ホントだよ。今は微妙な時期って言うか、まだ距離感を探ってるって言うか」


「そう言うの! 付き合う前の一番楽しい時期って言うんだよぉ! バーカ!」


 こいつ朝からテンション高ぇな。

 それでも俺は「嘘じゃねぇよ」と静かに否定した。


「俺はさ、今バスケで頭が一杯なんだよ。鉄平や、みんなと、去年の雪辱を晴らして……インターハイのベストエイトに入りたいんだ。だから、もしその邪魔になるものがあるなら、俺はバスケを優先する」


「ハル……」


 トゥンク、と言う音が聞こえそうな空気が流れる。

 散々転げまわって埃まみれになった鉄平は、顔を赤らめて口元を手で覆っていた。


「お、おおおお前! 今日のところは見逃してやるよ! 言っとくけど、俺はお前を許した訳じゃねぇ! バーカバーカ!」


 どこかに去っていく鉄平の背中に向かって「昼練はちゃんと来いよー」と声を掛けた。

 まるで嵐だな。


 鉄平の姿が消え、しばし教室に気まずい沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは、小島だった。


「ハルさぁ、もしかして幼馴染みちゃんと――」


「あん?」


 聞き返そうとした時、クラスの奴らが一気に俺の席に詰め寄ってくる。


「近藤君、彼女出来たって本当!?」


「年下っていくつよ!」


「ハルぅ! 俺はお前のこと信じてたのに!」


「私、ちょっと狙ってたんだけどなー」


「おめでとう、近藤君」


 話を聞いていたクラスの奴らが一気に話し出す。

 ヤバい。

 収集が付かない。


「ちょっと落ち着けお前ら!」


 俺が慌てていると、タイミングよくチャイムが鳴り、解散ムードとなる。

 助かった、と内心安堵した。


 チャイムとほぼ同時に、小島の席の主が登校してくる。

 それを見た彼女は、そっと立ち上がった。


「じゃあハル、私も席戻るから」


「おぉ。なんか聞こうとしてなかったか?」


「別にぃ。大した話じゃないよ。じゃね」


 ヒラヒラと手を振って去っていく小島の姿が、妙に気になった。


 ◯


 放課後。

 授業終わりのチャイムが鳴り、俺は鞄を持って部室に向かおうとする。


 すると不意に「ハル」と呼び止められた。

 小島だ。


「ごめん、急いでるとこ悪いんだけど。ちょっと手伝ってくれない?」


「どした?」


「古典の小手川先生に明日の授業で使う教材運ぶよう言われててさ、一人だと大変なんだよね」


「そういう力仕事を女子に頼むなよ……。わかった、どこだ?」


「こっち」


 廊下を二人で歩く。

 昇降口へと向かう生徒たちに逆流する形で、俺たちは校舎奥へと向かった。


 奥に進むほど、徐々に人が少なくなる。

 喧騒が遠ざかり、静寂に塗り変わって行く。


「ハル、幼馴染みちゃんとデートしたんだね」


 後ろから小島が尋ねてくる。

 振り返ることなく、俺は「まぁな」と答えた。


 ついでに、この間の水樹とのことをかいつまんで報告する。

 水樹の友人の椎名の手回しで、水族館に行く羽目になったということ。

 水樹を幼馴染みの妹分じゃなく、女の子として見ている自分に気づいたこと。


 こんな話、普通人には言えない。

 ロリコン認定されてもおかしくないからだ。

 ただ、小島は、ちゃんと聞いてくれそうな気がした。


 俺の話を聞いた小島は、興味があるのかないのか「ふぅん」と呟く。


「じゃあハルは、幼馴染みちゃんのこと、恋愛対象として見るんだ?」


「分かんねーけど。俺自身の気持ちが少し見えた気がしたんだ。年齢差あるからっていままで考えねぇようにしてたけど。俺があいつをどう思ってるのか、もう少しちゃんと考えたい」


「相変わらずクソまじめだね」


 呆れたように言った後、「いいんじゃない」と小島は続ける。


「私らの歳だと、四つ下なんて子供に見えるけど。大学に入ったら普通だよ。女子高生と大学生が付き合ってるなんて、よくある話じゃん。年齢の境界線は、大人になったらどんどんなくなって行くんだしさ」


「……かもしれねぇな」


 もしこんな話を鉄平に言ったら何言われたかわかったもんじゃねぇけど。

 やっぱり小島に相談して正解だったな。

 何となくそう思う。


 やがて、ずいぶん奥の教室まで足を運び、俺たちは足を止めた。


「ハル、この教室」


「ここ? 準備室って言うより、ただの空き教室じゃねぇか」


「でも、ここに置いてるって言ってたよ」


「じゃあまぁ、入るか」


 二人で中に入る。

 だがそこにあるのは、使用されず端の方に集められた、机と椅子だけだった。

 教材らしきものはどこにもない。


「おい、教材なんてどこにあんだよ?」


 外から差し込んでくる春の日差しは優しくて。

 先ほどまであふれていた帰宅時の喧騒は遠ざかり、どこか別の世界の音に聞こえた。


 そんな中で、ガチャリと。

 鍵の閉まる音が、した。


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