第9話 デートのお誘い

 ――その子、たぶんハルのこと、男として好きだと思うよ。


 数日前、小島に言われた言葉が頭から離れない。

 モヤつく。


 いや、ありえないだろ。

 だって俺らは幼馴染みだぜ?

 でも小島が言ってることだしな。

 色々考えが巡ってしまう。


「ハルにぃさん、考えごとなんてゴリラさんらしくないですよ?」


「……椎名、何でお前がナチュラルにここに居るんだよ」


「私は水樹ちゃんと遊びに来ただけですよ? ハルにぃさんこそ、いくら水樹ちゃんが好きでも、不法侵入はよくないですよ?」


「俺は水樹の兄貴と遊ぶ約束をしてんだよ!」


 水樹の家のリビング。

 尚弥してリビングに通されたら、何故か椎名結花がいた。

 水樹は友達と遊ぶらしいよ、とは言われていたが、その相手が椎名とは。


「水樹はどうした」


「一緒に出掛ける予定なので、お部屋で準備中です。ハルにぃさんこそ、人様のおウチに勝手に上がって何やってるんですか?」


「俺はあいつ水樹の兄貴が買い出しに行ってる間、留守番だ」


 俺が言うと椎名は興味なさそうに「ふーん」と言った。


「それで、ハルにぃさんは何を考えていたんですか?」


「別に大したことじゃねぇよ」


「ゴリラさんが頭を抱えるほど悩んでるのに、ですか?」


「誰がゴリラだよ……」


「私分かります。ズバリ、水樹ちゃんのことでしょう?」


 図星だったので「うっ……」と言葉に詰まる。


「そんなに水樹ちゃんで悩むなんて……やっぱりロリコンさんなんですね?」


「違ぇよ。ただ、分からねぇだけだ」


「分からない?」


「水樹が、俺のことどう思ってるのか。俺はあいつの兄貴分で居ようとしてる。でも、あいつは……そうじゃなかったんじゃないかなって。今までさんざん子供扱いしたけど、実は傷つけてるんじゃないかって、そう思った」


 すると椎名は首を傾げた。


「誰かに何か言われました?」


「ちょっとな」


「そうですか……」


 椎名はしばらく顎に手を当てて何かを考えた後。

 パッとひらめいたように手を叩いた。


「じゃあゴリラさん、水樹ちゃんとデートに行ってください」


「はぁ!?」


 とんでもないこと言い出した。


「待ちの姿勢は良くないです。相手が自分のことどう思ってるか、分からないなら確かめるしかないじゃないですか」


「いや、そりゃ……そうかもしんねぇけどよ。急にデートに誘うっておかしいだろ。距離感とか、関係とか考えて」


「でも、水樹ちゃんは喜んでいくと思いますよ? それに、これまでの関係を壊してでも近づきたいと思うのが、恋なんじゃないですか?」


「恋って……。別に俺は、水樹と恋したいわけじゃ――」


 そこまで言って言葉に詰まる。

 じゃあ、俺はあいつとどうなりたいんだ?

 そんな疑問が浮かんだ。


 俺が言葉に詰まったのを見て、椎名は「任せてください」と胸を叩く。

 その振動で椎名の大きな胸が揺れ、俺はサッと目を逸らした。


「私、たくさん恋バナを聞いてきましたし、恋愛相談にも乗ってきました。恋愛ドラマも見るし、恋愛マンガもよく読みます。恋愛マスターなんです」


「それで恋愛マスター名乗るなよ……。肝心のお前自身はどうなんだ? 恋愛経験」


「したことないです」


「なんだそれ」


「だから知りたいんですよ? 人間の探究心があるから、人は空を飛ぶし、科学は発展したんです。ゴリラさんにはわからないかもしれないですけど」


「お前、ただ面白がってるだけだろ」


 俺の言葉を無視して椎名は俺にズイと近づく。

 胸がぶつかりそうになり、思わず身を引いた。


「水樹ちゃんが、ゴリラさんのことをどう思ってるか。知りたいなら、ゴリラさんから近づくしかないですよ?」


 いつの間にかナチュラルにゴリラ呼びになっている。

 だが今はどうでもいい。


 確かに、椎名の言うことは正しい。

 水樹の気持ちを知るには、自分から近づくしかない気がした。


 でも、知ってどうする?

 もし水樹が俺のこと好きだったとして。

 俺は水樹とどうなりたいんだよ。


 俺はただ、あの時の水樹に戻ってほしいだけだ。

 水樹がもとに戻って……。

 戻って、どうなる。


 俺はもう、尚弥と水樹、幼馴染みで楽しく過ごすことが出来てるじゃないか。

 なのに、何で俺は水樹の気持ちを知りたがるんだ。


「あー……わっかんねぇ」


「ゴリラさんは、自分の気持ちにもうといんですね?」


「悪かったな」


「でも、私の話を馬鹿にせずに聞いてくれたから、助けてあげます」


「助ける?」


「私、ゴリラさんのこと気に入っちゃいました。私の話、ちゃんと聞いてくれるし」


 椎名はそう言うと、俺に何かを渡してくる。


「なんだこれ?」


 それは水族館のチケットだった。

 無料で入れる奴だ。

 何でこんなものを?


 不思議に思っていると「椎名ちゃん、お待たせ」と水樹が自室から戻ってくる。

 水樹を視認した椎名は、静かにソファーから立ち上がり、深々と頭を下げた。


「水樹ちゃん、ごめんなさい。私、急用を思い出してしまいました。水族館、一緒に行けそうにありません」


「えー? そんなぁ……」


「でも、ハルにぃさんが一緒に行ってくれるそうですよ?」


「えっ!?」


 水樹と俺はほぼ同時に声を上げた。

 こちらを振り向いた椎名は、俺にだけ見えるように、ふふんとニヤついた笑みを浮かべている。


「水族館デート、二人で行ってきてください」


 真っ赤な顔をした水樹と目が合う。

 その顔を見て、覚悟が決まった。


 ……俺は。

 確かめなきゃダメだ。


「行こうぜ、水樹。水族館」


 水樹が俺のこと好きかどうかじゃない。

 俺が水樹とどうなりたいのか、どうなって行きたいのか、知らないとダメだ。


 水樹は、真っ赤な顔でうつむくと。


「は、はい……」


 と、静かに頷いた。

 そんな俺たちの様子を、椎名は両手で顔を覆いながら、指の隙間から覗いている。


「ラブコメの波動をギュンギュン感じます……!」


「やめろ」


 やっぱこいつ、面白がってるな。

 呆れていると、不意にドアが開いて尚弥が戻ってきた。


「ごめんハルにぃ、ジュース買ってたら遅くなっちゃった……って何この空気?」

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