第8話 ギャル子ちゃんの気持ち SIDE - B

 私は、同じクラスの近藤 春が好きだ。


 近藤 春。

 通称ハル。

 強豪バスケ部のキャプテン。

 授業態度はまじめで、性格は裏表がないタイプ。

 背も高くて、男らしくて、顔も割と格好いい。


 私が彼と出会ったのは、高校一年の時だ。


「よぉ、今日からよろしくな」


 同じクラスで、たまたま後ろの席になったハルに挨拶された。

 それが出会い。


 高校でファッションに興味を持ち始めた私は、かなり派手な見た目をしていた。

 そんな私を見て、周りの人は素行が悪いだの、売りをやってるだの、色々言った。


 でもハルは……ハルだけは。

 そんな私に、当たり前に接してくれた。


 最初は、ただの元気な男子という印象だった。

 毎日のように挨拶してくれるし、見た目を気にせず話しかけてくれる。

 良い奴なんだな、って言うのがハルの印象。


 でも本格的に好きになったのは、一年生の頃の秋ごろの話だ。


「なぁ、お前クラスの女子だったら誰とやりたい?」

「やっぱ小島だろ、妙にエロいし」

「って言うかあいつ、ぶっちゃけ金払ったらヤラしてくれんじゃね」

「あー、売りやってるって話あるしな」


 ある日、クラスで男子たちがそんな話をしていた。

 いつだったかは覚えてない。

 でも、たぶんたまたま教室に女子が居なかったんだと思う。

 だから割と自然に話が下ネタへ流れた。


 私は別に、そうした評価をされるのは慣れていた。

 実際には、売りどころか、男とまともに付き合ったこともなかったけど。

 ただ、忘れものを取りたかったのに、気まずいから教室に入れなくてこまったなと感じていた。


「お前ら、適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」


 どうしようかなと思っていると、不意に教室から怒鳴り声がして。

 思わず覗き込んだら、怒っていたのがハルだった。

 私をけなした男子の胸倉をつかんでいる。


「何だよ近藤、別にいいじゃねぇかそれくらい。ちょっとした冗談だ」

「お前の笑いのために俺の友達ダチを出汁に使うんじゃねぇよ……! お前、次言ったらぶちのめすからな」

「わ、悪かったよ……」


 ハルは、私のために本気で怒っていた。


 その一件から、私はハルに興味を持つようになっていた。


 ハルは朝、分け隔てなく誰にでも挨拶をする。

 勉強も真面目にしているし、昼休みや放課後もバスケに費やすくらいのバスケバカだ。

 忙しいのに、困ってる友達がいたら全力で相談に乗るし。

 荷物で手が塞がってドアが開けられず困ってたり、輪に入れなくて孤立している人には必ず声を掛けていた。


 無理だと思った。

 気が付けば私はもう、ハルのことがめちゃくちゃ好きになっていた。


 私はハルと会話がしたくて、少しだけ早く家を出るようになった。


 ハルは毎朝、バスケ部の朝練で早く登校する。

 そして始業前に練習を終え、少し早めの時間に教室にくる。


 ハルと会えるから。

 ハルと話せるから。


 そうやって、気が付けば私は、見た目以外かなり素行の良い生徒になっていた。

 勉強も、ハルに呆れられたくなくて頑張ってたし。

 そのおかげで、一緒に試験勉強できるタイミングだってあった。


 そんなハルが、ある日ずいぶん疲れた様子で、机に寝ていた。

 そのころには私たちは三年生で、ハルとの付き合いも三年目になっていた。


「おはよ。ずいぶん疲れてるじゃん、ハル」

「小島か……」


「朝練疲れ? 珍しいね」

「いや、別件」


「別件」と言われて、少しだけ胸がキュッとする。


「ひょっとして、例の幼馴染みちゃん?」


 私が尋ねると、ハルは頷いた。

 最近引っ越してきたという、ハルの幼馴染みの女の子。

 妙にハルと距離が近くて、何かと話題に上がりやすい。


 聞くところによると、その女の子は毎日のようにハルをからかうのだという。

 ハルをからかうのは、私の特権なのに。


「その子、ハルのこと好きなんじゃない?」


 気が付けば、そんな言葉が漏れていた。


 だってわかってしまうから。


 バスケバカで、鈍感なハルを振り向かせるために、幼馴染みと言う女の子がハルに構ってもらおうとしてるって言うことが。


「その子、たぶんハルのこと、男として好きだと思うよ」


 私がそう言うと、ハルは何か心当たりがあるようにハッとしていた。


 ……私だって、まだ好意に気づいてもらっていないのに。

 あの子はもう、少しだけハルに意識されてるんだ。


 ずるいなぁって。

 そう思った。


「ハルはさ、その子のことどう思ってんの?」


「どうって……まぁ、家族みたいなもんだしな。どうもねぇよ」


「本当に?」


「だって、中学二年だぜ? ないだろ、普通に考えて」


 嘘だ。

 ハルはたぶん、その子のこと気になってる。

 でも、歳の差があるからって、ハルは自分に言い聞かせてるんだ。


 いけないことだって。

 周囲の価値観のせいで、そう思ってる。


 それは、私にとってはありがたい話だったけれど。

 でも、ハルが人の価値観に踊らされるのは、何だか嫌な気分だった。



 ――お前の笑いのために俺の友達ダチを出汁に使うんじゃねぇよ……!



 だって私は、ハルが自分の価値観で放った言葉に、救われたから。


 これは……一つ貸しだ。


「ハルって不器用だよね。知らず知らずのうちに人傷つけてそう」


「傷つける?」


「例えば好きな人にさ、『お前は興味ない。妹だから』とか言われたら傷つかない?」


「そりゃそうだけどよ……」


「妹だって思ってるのは、案外ハルだけなんじゃない?」


「そうなのかな……」


 私が提言すると、ハルは真剣な表情で考え始める。

 いつだってハルはそうだ。

 大切な人のために、まっすぐ向き合おうとする。

 全力でぶつかろうとする。


「……好きだなぁ」


 気が付けば、そんな言葉が漏れた。

 ハッとするのもつかの間、ハルが顔を上げようとする。

 とっさに「隙あり!」とわき腹を突いてごまかした。


 ……危なかった。


 私は被せるように、言葉を紡いだ。


「とにかくさ、もうちょっと幼馴染みちゃんとの付き合い方、考えてみたら? 案外、押してダメだから、もっと押そうとしすぎて過剰になってるのかもよ」


「そこは押してダメなら引いてみろじゃねぇのかよ」


「引くわけないじゃん。高三の男子が相手なんだよ? いつ彼女出来るか分かんないんだから、徹底して押すんだよ、そう言う時」


「そうなのか……」


 分かってないのに、分かったようなことをたくさん言ってしまう。

 でも、私がその子と同じ立場だったら、同じことをしているかもしれないから。

 あながち外れでもないと思うんだ。


 ハルは面倒見が良いから。

 構ってもらってたら、いつか好きになってくれるかもしれない。

 そんな夢みたいなことを、自分勝手に信じてしまう。


 でもそれじゃダメなのも知っている。

 だって私がそうだから。


 私が考えていると、ハルはマジマジと私の顔を見た。


「小島、お前やっぱ、いい奴だよな」


『いい奴』か……。


「惚れるなよ」


「バカ言え」


 いつもの言葉と、いつものやり取り。

 この距離を壊したくなくて。

 私は、いっつも少し茶化してしまう。


『いい女』『いい奴』を演じてしまう。


「何ていうかさ、私っていい女だから。人の恋路は邪魔したくないわけ。それがライバルでもね」


「ライバル?」


 どうせこれも通じないんだ。

 私は立ち上がると、「何でもない」とそっぽを向いた。


「私も気持ちわからんでもないんだよね。長年の片思い? みたいな」


「へぇ、意外だな。あんまりそう言うの、考えないタイプかと思ってた」


「私、こう見えても意外と一途だよ?」


「へぇ」


「本当だよ……」


 真剣な顔でハルを見つめる。

 少し抜けていて、優しい目元で、真剣で。

 私はやっぱり、ハルが好きだ。


「じゃ、私、席戻るから」

「ああ、ありがとな」

「別にいいよ。バーカ」


 何だか悔しくて。

 思わず暴言が出る。


「なんだよ」

「別にぃ」


 私は自分の席に戻って、そっとため息をついた。


「何が『バーカ』だよ……」


 本当のバカは、気持ちを伝えられない自分の方だ。

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