第10話 初デート

「それじゃあゴリラさん、水樹ちゃん、行ってらっしゃい」


「あの、僕まだ状況が読めないんだけど?」


「にぶちんヨワヨワ童貞さんの水樹ちゃんのお兄さんは私と部屋でゲームです」


「僕、童貞じゃないんだけどな……」


 尚弥、童貞じゃないのか。

「お兄ちゃん、童貞じゃないんだ……」

 俺が考えるとほぼ同時に水樹がそう呟いていた。


 どうやら、同じようなことを考えていたらしい。



 水樹と一緒に家を出る。



「じゃあ、ハルにぃ……行く?」


「おぉ……」


 椎名に渡された水族館のチケットは、俺たちの街から数駅離れたところにある。

 新設で最近オープンになり、話題になっていた場所だ。

 何でも家の親のツテでタダ券が手に入ったらしい。

 そんなものを譲ってくれることに迷いもあったが、椎名がそうしたいらしく受け取ることにした。


「面白い話、期待してますからね」


 家を出る際、椎名にそう言われたのをよく覚えている。


 駅に向かっていると「それにしてもハルにぃも強引だね」と水樹が言った。


「そんなに水樹ちゃんと一緒にデートがしたかったんだ? 高校三年生にもなって幼馴染みしかデートに誘えないなんて、恥ずかしくないのぉ?」


「お前がよかったんだ」


「……ふぇ?」


「俺がお前のこと、もう少し知りたいって思ったんだ。そしたら、椎名が協力してくれた」


 俺は水樹の気持ちを知らなきゃならない。

 そして、俺の気持ちも、知らなきゃなねぇんだ。

 じゃないと、前に進めねぇ。


 そうだ、こういう時エスコートしないと、また童貞だの何だの馬鹿にされるな。


 俺は水樹の手を取った。

 一瞬ビクッとされるも、拒絶された様子はない。


「お前……手汗すごいのな」


「きょ、今日暑いから!」


 水樹の目は泳いでいた。


 ◯


 電車にて。

 土曜の昼過ぎと言うこともあり、電車内はそれなりに混んでいる。


 席が埋まっていたので降車口のサイドにあるスペースを水樹に譲る。

 何故か水樹はずっと向き合う形で、俺の両手を取ったまま、赤い顔で俺の手の感触をにぎにぎと確かめていた。


 窓から差し込む陽の光が、水樹の白い肌を照らす。


「何やってんださっきから」


「ハルにぃの手、おっきいなって」


「ずっとバスケばっかしてたからな」


 しばらく水樹は俺の手を好き勝手したあと、俺の手を引っ張った。

 必然的に、降車口脇のスペースに、水樹を追いやるような形になる。


「どうした」


「まぶしかったから、ハルにぃで日よけ」


「何だよそれ」


 呆れて笑みがこぼれる。


「二人で遠出するの、昔はやったことなかったな」


「そだね。ハルにぃ貧乏だからなぁ」


「小学生に経済力求めんなよ。せっかくだし、色々行くか。今日どっか水族館のほかに行きたいとこあるか?」


「えっとね、ウィンドウショッピングもしたいし、カフェで美味しいデザートも食べたい。本屋さんも行きたいし、公園でゆっくりしたい」


「めっちゃあるな」


「あ、でも……」


「うん?」


「ハルにぃと出来るだけ、長く一緒に居たい……です」


 普段のマセた態度と全く違う、素直な水樹。

 その様子に、一瞬胸が鷲掴みにされるような感覚を覚える。


 何だよこれ。

 心臓が痛いくらいに高鳴っている。

 外から差し込む光もあって、妙に水樹が輝いて見えた。

 これじゃあまるで……。


「お前、素直になると可愛いのな」


「ふぇっ!?」


 気づけば、そんな言葉が自然と漏れた。

 水樹はしばらく視線をさまよわせた後。


「……ハルにぃのスケベ」


 と、静かに呟いた。

 どこがだよ。


 その時、不意に車内アナウンスが流れ、妙な空気がようやくパッと切り替わった。

 次の駅か。


「降りるぞ」


「ハルにぃ、待って」


「どうした?」


「ん――」


 水樹はちょっとだけすねた様子で、手を差し出してくる。


「ハルにぃはザコだから。私が手ぇ繋いであげる」


「じゃあ、お言葉に甘えるか」


 俺が手を取ると、水樹は自然と指を絡めてきた。


「ハルにぃ、今日は素直なんだね。よわよわなの認めちゃった?」


「そうだな。何だか今日、俺、お前にはよわよわになっちまうみたいだ」


 俺が見つめると、水樹は「ふぁ?」と間の抜けた声を出した。


「今日、優しい……」


「いっつも優しいだろ」


「何て言うか、そう言うのじゃなくて。……優しい」


 水樹は俺の手をギュッと強く握りしめる。


「ずるいよハルにぃ。そんなの言われたら……もっと好きになっちゃうじゃん」


「何か言ったかよ? もう電車着くぞ」


「何も言ってない!」

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