第7話 第二のクソガキ

「じゃあおふくろ、行ってくるから」


「はーい、いってらっしゃい」


 朝、まだ人通りも少ない時間に、俺は家を出る。

 朝練のためである。

 眠気眼のまま、あくびしながら玄関のドアを開ける。


 すると、不意に何かとぶつかった。

「キャッ!」と小さな悲鳴が上がる。


「何だ……?」


 ドアの向こうで、見慣れない女の子が尻もちをついていた。

 黒髪のロングヘアーに、長いスカート。

 良いところのお嬢様にも見えた。


「すいません。人がいると思わなくて」


 よく見ると、彼女は水樹と同じ学校の制服を着ていた。

 春用のベストを着ており、そこからでもわかるほど胸のふくらみがよく目立つ。

 この年代の女子にしては、かなり大きい。


 ……朝っぱらから何考えてんだ俺は。

 健全な男子の思考かもしれねぇが、時折節操がなさ過ぎて嫌になる。


 男の性で少女の胸元につい目が吸われそうになるのを堪えて。

 俺はなるべく見ないよう意識的に目線を外した。

 少女に手を伸ばすと、彼女は俺の手を取って立ち上がる。


「ひょっとして、水樹の友達か?」


 俺の質問に、少女は訝し気な視線をこちらに向けた。


「あなた、水樹ちゃんのお兄さんですか?」


「俺は水樹の近所のもんだよ。水樹の家は隣だ」


 そこで彼女は何かに気づいたように、ハッと表情を変える。


「じゃあもしかして、『ハルにぃ』さん?」


「そうだけど」


 すると少女は「へぇえ」と物珍しい物でも見るような目で俺を眺めてきた。

 不敵な笑みで、どこか含みを感じさせられる。

 嫌な気配だ。


「水樹ちゃんから毎日のように聞いてるんですよ。あなたの話」


「俺の話?」


 初耳だ。

 すると少女は、俺の腕の何気なく手に取った。

 ワシワシと腕を触られる。


「……おい、何やってる」


「本当にゴリラさんみたいな体つきなだなって」


「誰がゴリラだ」


「稀代のロリコンで、水樹ちゃんのこと大好きなんですよね?」


「んなわけねーだろ」


「じゃあ、嫌いなんですか?」


「あいつは家族みたいなもんだよ」


「へぇ、家族? でもお風呂も一緒に入ったんでしょう? 朝から水樹ちゃんをベッドに連れ込んで襲い掛かったとか」


「誤解だよ! 全部誤解だ!」


「本当ですかぁ? じゃあ、全部水樹ちゃんの嘘?」


「それは……」


 思わず言葉に詰まる。


「やっぱりロリコンなんですね」


「違うって!」


「あれ? ハルにぃ? と椎名ちゃん?」


 玄関先で言い争っていると、いつの間にか水樹が玄関から顔を出していた。

 普段は小悪魔みたいなやつだが、この時ばかりは天使に見える。


「おい水樹、助けてくれ。この子お前の友達だろ」


「そうだよ? 何してるの?」


「今ちょうどこのロリコンさんの変態調査をしていたんです」


「ロリコン言うな! 俺は変態じゃねぇ!」


「でも私のおっぱい、チラ見してたじゃないですか」


「えっ……? ハルにぃチラ見してたの? キモ……」


「見てねぇよ!」


 見てないはずだよな、たぶん。

 自分の言葉に自信が持てずにいる。


「椎名ちゃんはどうしたの?」


「水樹ちゃんを迎えに来たんです」


「何かあったっけ?」


「今日の小テスト、少し早めに登校して勉強しようって言ってたじゃないですか」


「あ、そうだった」


「忘れてやるなよ……」


 呆れて思わずため息が出る。

 そこでハッとした。




 ――私とウマが合うんだー。

 ――ハルにぃも余裕ぶってられるのは今のうちだよぉ?

 ――ハルにぃの自尊心、そのうちバッキバキになっちゃうかもねぇ。



 以前水樹が言っていた言葉が思い起こされる。


「水樹、もしかして、この間お前が言ってた『友達』って、この子か?」


 すると水樹と少女は二人でにやりとした笑みを浮かべた。

 思わず「マジかよ……」と声が漏れる。


「これからは二人でイジメてあげるね? ハルにぃ?」


 ようやくあの水樹の言葉の意味が分かった。

 この椎名とかいう奴――同種だ。

 こいつも水樹と同じクソガキなんだ。


「私、椎名結花です。よろしくお願いしますね? ロリコンハルにぃさん?」


「は、ははは……」


 クソガキが二人。

 それは、俺にとってもっと最悪な日々が始まったということだった。

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