第5話 後輩ちゃんの活躍

 新学期が始まって一週間。

 部活が本格的に始まった。


 朝練、昼練、午後練とあり、合間にはもちろん授業。


 うちは文武両道に力を入れた学校だ。

 だから勉強も疎かには出来ないし、部活も学問の妨げにならないよう、短い時間で集中的な練習を要される。


 俺たち三年にとっては、高校生活最後の一年。

 特にスポーツ推薦で大学進学を狙う俺にとっては、六月にあるインターハイ予選を勝ち抜くのはほぼ必須事項。


 俺たちの代は五人しかいない。

 全員がスポーツ推薦狙いと言うこともあり、モチベーションは高い。

 もちろん、全員バスケが好きと言うこともある。




 朝。


 水樹と尚弥も登校に慣れたこともあり、しばらく休んでいた朝練に復帰した。

 俺が体育館に近づくと、何だか妙な空気が流れている。


 人だかりが出来ていたのだ。

 あれは……男子部員どもか。

 最後尾に見覚えのある顔を見つけて、俺は声を掛ける。


「よぉヌマ、おはよう」

「あ、ハルさん。おはようございます」


 声を掛けたのは、後輩の菅沼だ。

 愛称はヌマ。

 シュートが得意な奴で、俺のことをよく慕ってくれている。

 性格も従順で、頭の回転が速いから、話していてストレスのない奴だ。


「どうしたんだよ、朝から賑やかだな」


「実は女子の新入生が朝練に来てて……」


「新入生? まだ入部時期じゃないだろ?」


「木下先輩の後輩らしいです。早めに練習に参加したいって」


「聡実の後輩……?」


 何となく思い当たる節があり、そっと中を覗き込む。

 背の小さな、ショートカット女子が、女バス女子バスケットのメンバーに混ざってシュート練習をしていた。


 見覚えがある。

 以前水樹と散歩していた時に会った……見神だったか。


「おいお前ら、ボサッと見てないでさっさと準備しろ」


「でもハルさん、あの子めっちゃ可愛いっすよ」


「しかも上手い」


「んなもん今関係ねーだろ。早くしろ」


 俺が言うとしぶしぶ部員たちが更衣室に走っていく。

 仕方ない奴らだな。


「ヌマ、俺らも行こうぜ」


「あ、はい」


 更衣室に歩きながら見神の方をチラリと一瞥すると、目が合う。

 俺が軽く手を振ると、彼女はペコりと頭を下げた。

 どっかの中二のガキと違って、礼儀正しいやつだな。


 こっちを見る見神の瞳はキラキラしていて、どこか輝いて見えた。


 ◯


 朝練を一通り終えて、始業のチャイムが鳴る前には解散になった。


「じゃあな。昼食後に昼練やっから、サボらず来いよ」


「うぃーっす」


 部員がハケるのを見届けた後、体育館にカギをかけて職員室に戻しに行く。

 すると背後から「近藤先輩!」と声を掛けられた。


 話題の女子、見神 柚だ。


「お、おはようございます!」


「よぉ」


「私のこと、覚えてます?」


「見神だろ? 俺、人の名前は結構覚えるの早い方だからさ。入部前なのに朝練に参加するなんて、やる気あんな」


「早くみんなに追いつきたくって。聡実先輩に相談したら、練習参加していいって言ってくださったんで。私も職員室まで着いて行っていいですか?」


「おぉ、良いぜ」


 真面目な奴だな、という印象を受ける。

 目上を立てるタイプなのだろう。


 バスケ部は男女問わず割とみんな砕けた性格をしている。

 ヌマも従順は従順だが、割と適当な奴ではある。


 だからだろうか、こういう、キッチリした言葉遣いの『ザ・後輩』って感じの後輩がいるのはなんだか新鮮に感じた。


「今日の私のシュート、見てました?」


「ちょろっとな」


「ど、どうでした? 何か、修正点とかあれば」


「俺もそんなにがっつり見てた訳じゃないからなぁ。ただ、ちょっと距離があると肩が入っちゃってるから、もう少し脱力した方がいいかもな」


「肩が入る?」


「腕で打とうとしてるっつーのかな。入れよう入れようとしすぎて基礎のフォームが崩れてるから、膝のバネがボールに伝わってない気がしたな」


「なるほど……」


 見神は真剣な表情でシュートフォームを確認する。

 ジャンプした時に一瞬スカートがふわりと浮き上がった。

 目のやり場に困って、俺は顔を逸らす。


 ……何か話題を出さねぇと。


「初バスケ部はどうだった?」


「楽しかった、と思います。先輩方も優しかったですし。ただ、ちょっと男の人の視線が気になりますけど」


「あいつら……。あとで俺から言っとくよ」


「近藤先輩は、みんなに慕われていらっしゃるんですね」


「そうか?」


「はい。男バス男子バスケットの方たち、みんな先輩の言うことを聞いてたじゃないですか。女子の先輩方も、『何かあったら近藤先輩に言え』っておっしゃってました」


「良いように使われてるだけだろ」


「そ、そんなことないです!」


 少し大きな声で、見神は俺の言葉を否定する。

 そのまなざしがあまりに真剣だったから、思わず黙った。

 思わず目が合って、見神は少しだけ視線を逸らせる。


「こ、近藤先輩は素敵です……。優しいし、頼りになって、尊敬してます」


「褒めすぎだろ。まだ会ったばっかだぜ」


「去年のインターハイの時だって、最後まであきらめなくて、前向いてて、声も出して、三年生がミスしても『まだ行けますよ』って励まして……憧れました」


「そ、そうかぁ?」


 正直そこまで褒められると照れ臭い。

 俺はただ、必死だっただけだが。

 よくそんな細かいところまで見れるものだと感心する。


 見神はしばらく真剣な顔をした後、「それで、質問なんですけど」と切り出した。


「この間一緒に歩いていた子……先輩の彼女さんじゃないですよね?」


 思わぬ言葉にズッコケそうになるのを何とか堪える。


「何でそうなるんだよ……」


「だって、仲良さそうでしたし、きょ、距離も妙に近いって言うか!」


「聡実にも言ったけどよ、あいつ……水樹と俺は兄妹みたいなもんなんだ。別に何もねぇよ」


「本当ですか……?」


「ああ。誓って何も――」



 そこでふと思い返す。



 ゲームでの一件。

 寝室での一件。

 風呂場での一件。


 きわどいシーンが何度かあった。


 俺が言葉に詰まったのを見て、なぜか見神は「先輩の嘘つき……」と目に涙を浮かべる。


「思い当たる節があるんですね。近藤先輩……ロリコンだったんだ」


「違う。俺はその――」


「私ぃ! 負けませんからぁ!」


 そう叫んだ見神は、どこかへ走り去ってしまった。

 俺は呆然として、その背中を見送る。


「何なんだよ。何と競ってんだよ……」


 ポリポリと頭を掻きながら、去年のインターハイのことを思い出した。


 インターハイ、ベストエイトをかけた試合。

 五点差で、負けてしまったことを。


「今年は……負けないようにしないとな」


 ひとり呟くと、静かな風が吹いた。

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