第4話 お風呂

「あー疲れた。やっぱこの時間が最高だな」


 夕方。

 バスケ部の練習が終わり、俺は風呂に入っていた。


 一日の疲労が労われるこの時間は、俺にとっての至福のひとときだ。

 全身を包み込む温かなお湯が体をほぐす。

 バスケで酷使した筋肉疲労を回復するのに、欠かせない時間だった。


「何だかんだここ数日は水樹に振り回されぱなしだったからな。癒されるわー」


 俺が湯船に浸かって至福の時を味わっていると。

 不意に、ガラリと音がして、誰かが洗面所に入ってくるのが分かった。


 おふくろかなと思い、さほど気にせずにいると。

 風呂の戸が開いて、なぜかバスタオル姿の水樹が入ってきた。


「ハルにぃおかえり」


「うぉ!」


 慌てて前を隠す。


「何やってんだお前!」


「何ってぇ、諸事情で水道を点検するっていうからぁ。お風呂借りに来ただけだよー」


「じゃあ俺の後に入ればいいじゃねぇか!」


「せっかくだから、ハルにぃと一緒に入りたいなーって」


「俺は一人で入りたいんだよ……」


「妹分の裸を見て焦るなんて、ハルにぃは相変わらずエロエロなんだねー。飢えてるの? それとも水樹ちゃん好きすぎ?」


「誰でも焦るだろこの状況!」


 俺の叫びを無視して、水樹は平然と中に入り、戸を閉める。


「おまっ! 何入ってんだ!」


 なるべく目をそらせようと意識するも、男の本能と言うのは厄介なもので。

 つい水樹の肢体をチラ見してしまう。


 控えめな胸元、バスタオルから覗いた真っ白な足。

 少女から大人になりかけている身体がそこにある。


 ああ、馬鹿馬鹿。何考えてんだ俺は。相手は中二のガキだぞ。

 そうだ、焦るな。

 自分に言い聞かせる。


「ねぇハルにぃ、一緒に入ろうよー。妹分なんでしょう? 妹とだったら入れるよねぇ? それとも意識しすぎて見れないのぉ? ヨワヨワのザコザコなんだぁ」


「やめろってお前! 迫ってくんな!」


 バスタオル姿の水樹が湯船に近づいてくる。

 こいつ、上は幼児体系だけど、下は妙に肉付きがよくてムッチリしてやがる。


 あぁ、クソ、だから見るなよ俺!

 自分に言い聞かせても、男としての本能が見ちまうのが情けねぇ。


「ほらほら、バスタオル姿の水樹ちゃんだよぉ?」


「だぁ! 屈むなって!」


 今にもバスタオルの隙間から水樹の胸元が見えそうになる。


 このままではまずい。

 俺は意を決した。

 圧されるな、攻めろ。


「ふんっ!」


「きゃあ!?」


 俺はタオルを腰に巻くと、湯船から出て水樹に迫る。

 気圧されたのか、水樹は一歩、また一歩と壁際に下がっていく。

 やがて壁際まで追い込むと、俺は手をついて水樹を眺めた。


 俗にいう壁ドンである。


 ここでそんなことをしてしまうのは不本意だが、なりふり構ってられねぇ。

 体が反応しちまう前に対処しねぇと。


「あ、あれぇ……ハルにぃ? 我慢できなくなっちゃった?」


「そうだな。もう我慢できねぇよ。チラチラチラチラ見せつけやがって」


「あっ……や、優しくお願いします……」


 何を勘違いしてるのか水樹は真っ赤な顔で目をつむり、唇を突き出してくる。

 俺は徐々に顔を水樹に近づけると。


 そのまま壁に頭を打ち付けた。


 予期せぬ俺の行動に水樹がギョッとする


「ちょ、ちょちょちょっとぉ!? ハルにぃ! 何やってんの?」


「うるせぇ! 俺は揺らいだ自分の理性を律してるだけだオラァ! 一瞬でも反応しちまった自分が許せねぇ!」


「反応してくれたんだ……。っていうかちょっとハルにぃ! 血が出るからぁ! 頭割れるからぁ!」


 俺を止めようとした水樹は、タオルから手を離す。

 すると彼女のバスタオルがバサリと落ちた。


「うわっ! お前タオル! 手ぇ離すな!」


 慌てて手で隠したものの、すぐに違和感に気がつく。


 水樹は服を着ていた。

 ショートパンツに、服の肩ヒモを上手くずらしてバスタオルを巻き、それっぽく見せていた。


 ちゃんと確認したらすぐに気づけたはずだが、まともに視界に入れないようにしていたので見逃していたらしい。


「お前、これ……」


 俺が呆然としていると、水樹は気まずそうにタハハと笑った。


「いやー、水道は一時的に止まってるのはホントなんだけど、実はちょっとトイレ借りたかっただけと言うか……。それで手を洗おうとしたらハルにぃがお風呂入ってたから、からかおう、みたいな」


「からかう……」


「それにしても驚いちゃったよ。だって壁に頭撃ちつけだすんだもん。ハルにぃ、興奮しちゃったんだぁ?」


「そっか、そっかそっか。わかった。あー分かった」


「ハルにぃ? 目が怖いけど? ハルにぃ? ひゃっ!」


 俺は水樹をお姫様抱っこで持ち上げると、ゆっくりと優しい笑みを浮かべた。


「水樹、確か風呂入りたいんだったよな? 俺と?」


「ハルにぃ? 目が怖いよ? あと、私、今服着てるから、お風呂は入りたくないかなー……なんて」


「大丈夫。遠慮すんなって。大丈夫大丈夫。俺が入れてやるから」


「ハルにぃ!? ハルにぃ! ごめん! ごめんなさい! 許してぇ!」


 どうやら俺に安住の地はないらしい。

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