第3話 登校
朝。
目覚ましを止め、重いまぶたを持ち上げる。
「今日から学校か……」
長いようで短い春休みも終わり。
眠気まなこで目を開けると。
なぜかすぐ横に水樹がいた。
ベッドに入って、隣で俺を見ている。
「ハルにぃは朝も雑魚なんだねぇ」
「お前、何でここにいんだよ!」
ガバッと起き上がる。
布団を剥ごうとして、股間の生理現象に気づき思いとどまった。
「おばさんに声かけたら上がって良いって言ったよ?」
「何やってんだおふくろ……」
思わず頭を抱える。
「……お前と尚弥も今日から登校だろ。何やってんだこんなとこで」
「うん。だからハルにぃに案内してもらおうと思ったんだよ。だって私たち引っ越してきたばかりだし」
「学校の場所くらい把握しとけよ。尚弥は?」
「下で待ってるよ」
「じゃあ、お前も下で待ってろ」
「えー? お着替え手伝ってあげるのにぃ」
「バカ言ってんな。良いから早く出ろって」
そこで水樹は俺が執拗にベッドから出ない理由に気づいたのか、いつもの意地悪っぽいニヤニヤした笑みを浮かべる。
「ハルにぃもさっさとベッドから出なよぉ。それとも、出られない理由でもあるのぉ?」
「お前分かっててやってんだろ……」
「朝から隣に女の子が寝てて興奮しちゃった?」
「生理現象だっつーの! 布団引っ張んなバカ!」
「えー、生理現象見たい!」
水樹が執拗に布団を引っ張るので抵抗していると、勢い余って水樹を押し倒してしまった。
必然的に、水樹に覆い被さるような形になる。
「わ、悪ぃ。大丈夫か?」
「う、うん……」
顔が近い。
今にもぶつかりそうだ。
水樹も予想外だったのか、しばらく目を泳がせた後。
やがて俺の股間に目を向け、硬直した。
「こんな感じなんだ……」
「バカ見んな!」
騒いでいると、不意に部屋のドアがガチャリと開く。
「水樹、ハルにぃ起きた――」
部屋に入ってきた尚弥は、俺たちの姿を見てピタリと動きを止める。
はたから見たら、俺が水樹に襲い掛かってるようにしか見えないだろう。
尚弥はそろそろとドアを閉めた。
「ごめん、邪魔したね……」
「わー! バカバカバカ! 違うっつーの!」
◯
朝のひと悶着を終え、ようやく登校する。
四月の登校路は桜が美しく咲き誇り、空気が温かく、晴れ渡っていた。
そんな穏やかな春の日に似つかわしくない、どんよりとしたため息が俺の口から漏れる。
「ハルにぃ、ずいぶん疲れてるね」
「そりゃ疲れんだろ。お前の妹のせいでな」
「えー、私のせい? ハルにぃが朝ヨワヨワなだけでしょ?」
「どう見てもお前のせいだろが! 大体、尚弥も止めろよ! 年頃の妹が男の部屋に入ってんだぞ!」
「ハルにぃだし。最悪、
「やめろ……」
どういう思想してんだこの兄妹は。
三人で歩いていると、徐々に登校する生徒の姿が見えてくる。
中にはバスケ部の後輩や、見覚えのある友人の姿もあった。
「ハル、おはよう」
「おぉ、おはよ」
「近藤先輩、おはようございます!」
「おはよう。今日練習来いよ!」
「ハルさん、ちっす!」
「ちゃんと挨拶しろ」
飛んでくる挨拶に適当に返事をする。
すると、水樹と尚弥が感心したような顔を浮かべた。
「ねぇお兄ちゃん。ハルにぃ、ずいぶん慕われてるね」
「ハルにぃの人柄なら普通じゃないかな。インターハイ出てる部活のキャプテンでもあるんだし」
尚弥と水樹の話し声が聞こえてきて、何だか気持ちが良い。
二人が来てから(主に水樹に)ずっと翻弄されっぱなしだったが、少しは兄貴分らしい姿も見せられただろうか。
やがて水樹の中学へとたどり着く。
ちょうど俺たちの高校の通り道にあるのだ。
学校が近づくに連れ、あからさまに水樹のテンションは落ちていった。
「じゃあ水樹、僕とハルにぃは行くけど、大丈夫そう?」
「うん……」
明らかに元気がない。
ふと、この間のことを思い出す。
そういえばこいつ、人見知りだったな。
俺はポンと、水樹の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、お前ならちゃんと上手くやれる」
「何の根拠もないのに?」
俺の言葉に水樹は怪訝な顔をする。
それでも俺は頷いた。
「根拠ならあるだろ。俺にあれだけ生意気な口きく度胸があるんだ。その度胸見せてみろ。お前なら大丈夫だ」
「……全然ほめてない。励ますの下手すぎ」
俺が笑いかけると、水樹も釣られてニッと笑った。
「いっひひ、ハルにぃも私と会えなくて寂しいからって泣いちゃダメだよー」
「バカ言え」
「じゃっ、行ってきまーす。二人ともボサッとしてたら遅刻するよぉ」
すっかり元気を取り戻したのか、減らず口を叩きながら水樹は学校に入っていく。
何となく尚弥と目が合って、どちらともなくフッと笑った。
「それじゃ、俺らも行こうぜ」
「うん」
◯
新学年の始まりは新しいクラスの確認から始まる。
昇降口前に設置された掲示板に人が集まるなか、俺と尚弥はそれぞれのクラスを確認した。
「僕は二年三組だったよ。ハルにぃのクラスは?」
「三年一組だ。学年は違うけどよ、何かあったら遠慮せずすぐ頼れ」
「心強いね。ありがとう」
転入生である尚弥は、クラスを確認次第、職員室に行くことになっているらしい。
「それじゃあハルにぃ、僕行くよ」
「ああ。お前も頑張れよ」
尚弥の背中を見送る。
水樹は少し心配だったが、尚弥は大丈夫だろう。
あいつは昔から人当たりがよく、友達が多かったからな。
「ずいぶん懐かれてんね」
「おわっ!」
急に声を掛けられ思わず飛び跳ねる。
そんな俺を見て、声の主はケタケタと笑っていた。
同じクラスの小島早苗だ。
色黒の金髪ギャル。
誰とも分け隔てなく話しかけてくる、気さくなタイプの女子だ。
巨乳でスタイルもよく、きわどいスカート丈で、男から人気が高い。
俺とは一年の頃からの付き合いだ。
「小島、お前いつからそこにいたんだよ……」
「ついさっき。っていうかずっとハルの後ろ歩いてたよ」
「声かけろよ」
「後輩ちゃん連れてたから。邪魔しちゃ悪いかなって。で、さっきの男の子と、あのちっさい女の子は誰? バスケ部繋がり――って感じじゃないよね」
「幼馴染みだよ。お隣さんで、六年ぶりにこっちに戻ってきたんだ」
「へぇ、幼馴染み。仲いいんだ?」
「家族みたいなもんだ」
「ふぅん……」
小島はぼんやり尚弥の背中を眺めると「良いなぁ……」とつぶやいた。
「私もさ、頼んだらハルのお姉ちゃんにしてくれる?」
「変な事言うなよ。大体、何で姉なんだよ」
「だってハルみたいな弟欲しいなって思ってたもん。懐いてくれそうだし、いつも構ってくれそう」
「それは……」
否定できない自分がいる。
懐くかは知らないが、小島みたいなタイプの姉がちょっかい掛けてきたらしょっちゅう構いそうな気はしていた。
妹に
「そういや小島は何組なんだ?」
「今年もハルと同じクラスだよ。今年一年よろしく」
「騒がしくなりそうだな」
「照れんなよぉ。ウリウリ」
「だぁもう! 突っつくな!」
こうして、高校生活の最後の一年が始まった。
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