堅牢な挑戦者 FV4034 チャレンジャー2
チャレンジャー2は1994年から配備されている、イギリスの主力戦車です。
ちなみに主力戦車は英語の略称でMBTと言います。主力戦車の詳しい話は、「よく出てくる基本的な用語の解説」https://kakuyomu.jp/works/16817330649510939769/episodes/16817330649510954064 のページを見てください。
チャレンジャー2は62.5tと重たく、全長も11.5mと長いです。
重厚な戦車のイメージに相応しい見た目で、頼もしさを感じさせます。
主砲口径は西側諸国で標準的な120mmですが、現代の戦車では珍しく溝が掘ってあります。
この溝をライフリングと言い、溝あり砲をライフル砲と言います。
この砲は砲弾が回転することで弾道が安定し一直線に飛びますが、弾が溝を削るため磨耗が激しく、また弾の速度も落ちてしまう欠点があります。
溝を掘る手間もあり、また現代の砲弾は溝があることで逆に不安定になったり威力が低下したりと散々です。
ということは、チャレンジャー2は普通の砲弾を使用していないということです。
チャレンジャー2は粘着榴弾(HESH)と呼ばれる砲弾を使用します。
HESH(ヘッシュ)は、プラスチック爆薬を弾頭に備えた砲弾です。
プラスチック爆薬は柔らかく、着弾すると大きく円上に広がります。
円状に広がった爆薬は、点火されて爆発すると強烈な衝撃を装甲に与え、装甲の内部に衝撃波を発生させます。
衝撃波は装甲の内側に達すると跳ね返りますが、ほとんど間を置かずに後から来た衝撃波とぶつかることになります。
跳ね返った衝撃波と後から来た衝撃波が十分な威力を持っていれば、交差したところで金属を破壊する力が働き、そこから内側の金属が弾け飛んで銃弾と化します。
装甲が厚ければ厚いほど、弾け飛ぶ金属の量も増えるという厄介な性質を持ちます。
そのくせ、金属が薄ければ貫通し爆風と爆圧が車内に吹き荒れるという、敵にとってはこれまた嫌な性質も併せ持ちます。
もちろん装甲が厚すぎれば防がれてしまいますが、HESHの衝撃波を十分に減衰できる厚さの装甲は非常に重たいです。
また破壊対象は金属にとどまらず、コンクリートや木材、土に至るまで大抵のものは破壊します。
丈夫なコンクリートの後ろに隠れても、これが飛んできた瞬間に地獄を見ることになるでしょう。
しかも普通の榴弾として使えるメリットもあり、対装甲から対歩兵まで幅広くこなします。
HESHは便利な砲弾です。ただし、これを防ぐ方法は(装甲車両なら)いくつかあります。
主装甲から離した装甲にぶつかると、威力がほとんど伝わらなくなってしまいます。同様に、ソ連ロシアお得意の爆発反応装甲もボルトで留められた装甲であるため、威力を大きく減衰される可能性があります。
さらに、中がカラになっている中空装甲によってもほぼ無力化されます。車内にライナー(タイツをとても強くしたような布)が張ってあると、これまたほぼ無力化されます。
なので、HESHは対戦車向きではありません。電子機器を壊すくらいはできるかもしれませんが、乗員の殺傷や完全な破壊は難しいでしょう。
しかし、チャレンジャー2も現代の砲弾を撃てるようになっています。イギリスはHESHを配備すると、すぐさまAPFSDSやHEATの開発に乗り出しました。
APFSDSやHEATの解説は、「よく出てくる基本的な用語の解説」https://kakuyomu.jp/works/16817330649510939769/episodes/16817330649510954064 ページを見ていただきたいのですが、どちらも強烈な圧力で装甲を液体状に変形させ、強度を無視して貫通する砲弾です。
チャレンジャー2はライフル砲ですが、溝無し砲である「滑腔砲」に換装した個体もいるのでこうした砲弾を扱えるようになっています。
また、ライフル砲でも撃てるようになっているAPFSDSもあり、6種類のAPFSDSと1種類のHEATが開発されました。
古いものこそ今では(対戦車戦闘において)価値が無いに等しいですが、CHARM3(チャーム3)と呼ばれるL27A1、続くL28A1、L28A2の三種類のAPFSDSは現代目線でも悪くない貫徹力を有します。
ただ、それでもロシア戦車を正面から楽に撃破できるか?となると難しいように感じます。
ここからは推測値を出して話します。イギリスやロシアの言い分を鵜呑みにした上での推測値であり、実際の性能を表しているわけではないことに注意してください。
具体的には、最も古いL23A1弾薬が480mmの貫徹力を持ちます。
硬い鉄板を約50cm貫けるわけですが、ソ連製戦車のT-72Bなんかは60cmの装甲厚があり、さらに爆発反応装甲(ERA)で防護しているため計80cmくらいになります。
ロシアで最も使われているERAはコンタークト5と呼ばれており、これはAPFSDSに対して25cm分の防御力を持つとされます。
なので計算すると、48-25=23cmとなり、比較的古いT-72Bでも貫通不可となります。
新しめのL27A1「チャーム3」は61cm、L28A1は63cmです。(L28A2は不明ですが、60cm台後半と思われます)
これでも到底80cmにはならないのですが、先程言った80cmという数字は最も厚いところの数字です。
T-72B+コンタークト5は、車体正面では約70cmまで落ちます。
これでもまだ貫通は難しそうですが、弱点部はもっと薄く、側面なら貫通できるように思います。
うーん、決して悪い貫徹力ではないのですが、正面から戦うのは難しそうです。チャレンジャー2に攻撃面を期待するのはやめておいた方が良いのでしょうか。
それは、場合によります。
HESHは装甲車や塹壕、コンクリートに対しては強烈な打撃力を発揮します。
機甲部隊の大半と、歩兵に対して積極的に攻撃をしかける事ができます。
性能では後手に回っている感じが否めないチャレンジャー2ですが、紛うことなき主力戦車です。
同格の戦車以外には強気に出ていけるでしょう。
しかし、強気に出ていった先で簡単に撃破されてしまうようでは意味がありません。
火力にあまり期待できないチャレンジャー2、防御力は大丈夫なのでしょうか。
チャレンジャー2はイラク戦争等で、多数の対戦車兵器の攻撃を受けた「実績」があります。
十数発の対戦車ミサイルや対戦車ロケット弾を食らった車両が複数いました。
そして、防ぎきりました。
車外の電子機器は破壊されましたが、乗員は保護され、弱点に当たった一つの例外を除いてケガすらありませんでした。
この時チャレンジャー2に襲い掛かった対戦車兵器はどれも貫徹力が50~75cmほどもあり、それを全て防いだということは十分な装甲がすきなく覆っていることの証左です。
実際に推測されている装甲厚は80cmであり、T-72Bと同等クラスです。
……古い戦車と同じ?つまりチャレンジャー2の装甲は、結局薄いのでは?
そう思われるかもしれません。一応言い訳すると、T-72BはERAを付けて80cmであり、チャレンジャー2は基本の装甲(受動装甲)のみで80cmほどですから、チャレンジャー2の方が優れています。
そうは言っても、チャレンジャーは普段ERAを付けていません。しかも、イギリスのロウマーERAは3cm分の装甲厚をかせぐのが精々です。
うーん、これではチャレンジャー2は堅牢とはとても言えませんね。
ですがタイトルに「堅牢」と付けたからには理由があります(メタ)
これは数字のマジックです。ここまで話すのに分かりやすい数字を採用したので、こんな不思議なことになっています。
一度、戦車の装甲について整理しましょう。
現代の戦車は、複合装甲と言う装甲を主に使っています。イギリスやアメリカが採用しているものは特にチョバムアーマーと呼ばれます。
チャレンジャー2の複合装甲は特別に「バーリントン」や「ドーチェスター」と呼ばれますが、まあ要は全部複合装甲です。
複合装甲は金属以外にもセラミックやゴムなどの様々な材料を重ねて作られています。
この複合装甲はAPFSDSやHEATといった現代の砲弾を効率よく受け止めるために開発されたものですが、特にHEATに対してより高い防御力を発揮します。
これは私の独自研究的な話になってしまいますが、HEATに対してはAPFSDS用の数値を1.5倍すればおおよその数値が出てきます。逆も然りです。
そして、チャレンジャー2の80cmという装甲厚は、対APFSDS用のものです。80cmに1.5をかけると、120cmとなります。
これが、対戦車ミサイルや対戦車無反動砲といった兵器に対する防護力になります。
120cmの装甲を貫通できる無反動砲はロシアになく、対戦車ミサイルも9M123フリザンテーマ、9M133コルネットという二つのみが貫通の可能性を持ちます。
それですら場合によっては弾くため、ロシア軍の歩兵や装甲車はチャレンジャー2に正面を向かれると苦戦することでしょう。(戦車は最新砲弾を使えば貫通できる)
ソ連製の複合装甲はチャレンジャー2の備える複合装甲ほどHEATに対して強くはなく、ERAがHEATによく効くにも関わらずT-72B+コンタークト5の装甲厚はチャレンジャー2と同程度に収まります。
それでも同程度にはなるのですが、チャレンジャー2はここからさらに硬くなれます。
ロウマーERAはAPFSDSに対して3cmの装甲厚にしかなりませんが、HEATに対しては30cmの装甲厚を確保します。
側面に設置することで、大半の対戦車兵器を弾くようになります。(真横から攻撃されると厳しいですが、角度がついていれば弾くでしょう)
しかも、チャレンジャー2はウクライナに送られるのです。ウクライナでよく使われているERAは、より性能の高いコンタークト5。
対APFSDSで25cm、対HEATで60cmの装甲厚を確保します。そしてウクライナ軍は、付けられる車両にはほぼ必ずつけています。
これにより、チャレンジャー2は対APFSDSで105cm、対HEATで180cmという驚異的な装甲厚を確保できるのです。
これを貫通できる兵器は、ロシア軍の中では最新の砲弾を搭載した最新の戦車のみです。このガッチガチの砲塔を破壊することは、今のロシア軍にとっては難しい仕事です。
ただ、ここまで厚いのは砲塔正面だけで、車体正面は貫通される恐れがあります。
車体正面は上面と下面で厚さが大きく異なっており、上面は対APFSDSで60cm程度、対HEATで100cm無い程度です。
下面は薄く、ERAを付けても多くのミサイルに貫通されるでしょう。
砲塔上面も薄いので、榴弾砲などで上から攻撃されると破壊されてしまいます。
戦車は砲塔正面が最も厚く、次に車体正面、側面、その他の面という順で薄くなります。チャレンジャー2と言えどこのくびきからは逃れられません。
幸い、戦術がしっかりしていれば車体正面下部や側面を晒すことは少なくなるはずです。
過信は禁物ですが、砲塔正面を敵に向けて戦えば、ありとあらゆる対戦車兵器を弾くチャレンジャー2が見れることでしょう。
チャレンジャー2の装甲は期待できそうです。では機動力はどうでしょうか。
結論から言うと、これは期待できないと思います。
大重量の車体に比べて非力なエンジンのせいで最高速度は56km/hと、他国の戦車が軒並み70km/hくらい出ることを考えると遅いと言わざるを得ません。
足回りは比較的高レベルのシステムが採用されていますが、故障は少し多めです。
ライフル砲と組み合わせて高い命中率が期待できますが、最高速度、一日あたりの移動距離両方の面から考えても機動性は低いと言わざるを得ないでしょう。
従って加速力も低く、戦闘での機動性にも難があります。純粋に重いため、泥濘などに引っかかる恐れも大きいでしょう。
しかしチャレンジャー2はエンジンを換装することができ、それを行った場合は15tもの追加装甲を装備しても59km/h出るとされています。
重さだけはどうしようもありませんが、真冬や夏場であれば大きな問題にはならないはずです。
電子機器は十分に性能が高く、第2世代の赤外線暗視装置と10km先までよく見えるカメラを持ち、砲手は10km先の目標に狙いをつけることも可能です(当たるかは別問題ですが)。
長くなりましたが、まとめに入りましょう。チャレンジャー2は古いながらも十分すぎるくらいの防御力を持っている戦車です。
対戦車戦闘にはあまり向かないかもしれませんが、陣地の突破力は他の戦車に優れます。
乗員の快適性も考えられており、湯沸かし器が常設されています。
紅茶をキメる……じゃなかった、士気の維持に役立つでしょう。
さて、チャレンジャー2について解説したわけですが、主に改良されていないチャレンジャー2の情報を参考にしています。
チャレンジャー2はいくつかの改良型があり、装甲面を中心に強化されています。
チャレンジャー2 TESは弱点であった車体下部と車体側面にロウマーERAを装備し、また車体下部には複合装甲を入れた改良型です。
遠隔起爆型の地雷を無効化するアンテナも搭載しており、より隙のない防御力を発揮します。
HAAIP(ハーイプ)改修が現在行われている途中で、エンジンを中心に強化して機動力を上げた改良型となります。
さらにチャレンジャー3計画が進行中で、全く新しいチャレンジャーになる予定です。
この中で、ウクライナに供与されるのは無印かTES改修を受けた型のどちらかになるでしょう。
大まかな性能・評価はここまで解説してきたことと大差ありませんが、チャレンジャー2 TESであればより良く兵士を保護できます。
どの型でも、やることは変わりません。戦車として敵の防衛線を突破し、奪還の楔を打ち込むこと。
そして、敵が同じようにしてきたら迎撃し土地を守ること。この二つです。
詳しいことは「コラム:戦車の役割」https://kakuyomu.jp/works/16817330649510939769/episodes/16817330651870777966 を読んでいただきたいのですが、チャレンジャー2も役割は同じです。
ただ、他の戦車との差異として、HESHが使えるため対歩兵戦闘能力が高いこと、そして火力と機動力は高くないものの優れた防御力により補っている戦車であることが挙げられます。
ウクライナ軍に供与された暁には、ソ連製戦車と肩を並べて行進し、ロシア軍陣地に痛いダメージを与えてくれるはずです。
戦車を温存するために後方に配置しているロシア軍にとって、コンタークト5を付けたチャレンジャー2は最高に厄介な存在です。まともに対処しようとすると戦車を前線に引きずり出されるわけで、それだけでも価値があると言えます。
なるべく側面や車体を敵に晒さないよう、上手く地形を活かして戦ってほしいと思います。
ウクライナ軍は、それができると思います。であれば、陣地を蹂躙し土地を取り戻すことができるでしょう。
2023/3/27追記
攻撃力に関するところで「新しめのL27A1「チャーム3」は61cm、L28A1は63cmです(中略)決して悪い貫徹力ではないのですが、正面から戦うのは難しそうです」
と書いたのですが、いくらチャレンジャー2が古くてライフル砲だとは言え、他国に一歩劣る砲弾を配備し続けるだろうか?と疑問に思っていまして、その後も調べておりました。
すると、チャーム3はERAを無効化する技術が使われていることが分かりました。素性のよくわからないL28はともかく、チャーム3からこのような技術が使われてるとは思いませんでした。流石、戦車を生んだ国なだけはあります。
よって、T-72B、T-72B3、T-80、T-80U、T-90Aといった多くのソ連・ロシア戦車の大部分を正面から貫通可能と思われます。
さすがにレオパルト2A6のようにはいかないでしょうが、十分に戦車戦は可能です。これでHESHが撃てるんですから、マルチに活躍できますね
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