第14話

 力が抜けかけていた体に活を入れる。最後の力を振り絞り、もがき続ける。

 車掌さんの腕を掴み、体を揺する。びくともしない。再び意識が遠のきかける。

 その時、床をはい回っていた右手に何かが触れた。無我夢中で握りこみ、振り回す。

「ぐう」

 車掌さんが声を漏らす。ほんのわずかに首を掴む力が緩む。隙間に挟んでいた左手にぬるりとした感触が伝わる。滑らせるように車掌さんの手を振り解く。

 床の上を転がって距離を取る。

 「げほ、げほ」

 圧迫から開放された気道に空気が送り込まれる。立ち上がる。

「危険物の持ち込みはご遠慮いただいております」

 車掌さんが口を開く。左手で右の前腕部を抑えている。抑えた隙間からダラダラと赤い血が流れ出ていた。

 右手に鋭い痛み。とっさに掴んでいたのは瓶の破片だった。鋭い切っ先が手の平に食い込んでいた。もがいているうちにこれで切りつけていたのか。

 車掌さんは腕を抑えたまま一歩、足を引く。殺気。こういった職業の人は危険を感じたときはためらいなく危険を排除すると聞いたことがある。僕もガラス片を腰だめに構える。

 凶器持ちとみなされた以上、戦いは終わらない。どちらかが動かなくなるまでは。 

 見合う沈黙。

 がたん、と電車が揺れる。わずかに僕の重心がずれる。その瞬間、車掌さんが動いた。距離が消える。

 やけにゆっくりとした時間の中、車掌さんはぶれのない体幹で僕に突き進んでくるのが見えた。槍のように鋭い右腕が僕の心臓に伸びる。

「あぶない!」

 叫び声が聞こえた。澄んだ、よく通る声。

 胸に暖かな衝撃。後ろに倒れ込む。

 「え?」

 驚きの声が漏れる。目の前で燃える赤のリボンが揺れる。白いワンピースを染める血はそれよりもずっと赤い。血は胸に空いた大きな穴からとめどなく流れ続けていた。

「モネ?」

 腕の中でモネがゆっくり目を開く。

「言ったでしょう」

 ごぼごぼと声に血の水音が絡みつく。

「生き延びなさい」


【続く】

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電波鉄道の夜 海月里ほとり @kuragesatohotri

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