第2話 はかないアオハル

「里美、どう思う」


 仕事帰りのデートで、さっそく相談してゆく。内心、彼女を驚かせてやりたい気持ちでいっぱいだった。けれど、意外な反応が戻されてくる。


「本当にやらなくてはいけないの? もう、ひとりじゃないんだよ」


 長い沈黙が続く。彼女の目に不安げな色さえ感じ、弱気な虫が頭をもたげてくる。


「チャンスを逃したくない」


 里美から目を背けて、口にするのが精一杯だ。自信はなかったが、サラリーマンの悲しいさがから、専務の誘いを断れなかった。



 ────あれから、四ヶ月が過ぎる。

 世間では暖かい春が訪れているのに、甘いアオハルは消えてしまう。新しい職場に慣れるにつれ、ハードな仕事ばかり増えてゆく。

 勝者は大金と名誉を手にするが、負けた者は即刻リストラの憂き目にあう残酷な出世レースだった。


 絶対に負けねぇ! 歯をくいしばる。

 あいつの為にも。


 ところが、里美との時間は大幅に削られ、すきま風が男女の仲を引き裂いている。

 恋とは一夜の冷たい雨で、桜の花びらの如く散ってしまうもの。最後の言葉が頭にこびりついて離れない。


しょうちゃんがお金持ちだから好きになったんじゃないんだよ。お兄ちゃんみたいなやさしさがずっと好きだったのに……。」


 いつしか、メールも途絶え、夏は瞬く間に通りすぎ、ひとりぼっちの寂しい晩秋を迎えていた。でも、大切な夢まで捨てた訳ではない。心のどこかにしまっていたはず。


 いやあ~疲れた。今日は夜勤。椅子に腰かけたまま背伸びしたくなる。

 午前二時十一分。何気なく壁時計に目が止まった。長針と短針が丁度重なり合うのに気づく。


「珈琲でも飲もう」


 ふと、独り言が漏れてしまう。煙草にキーンと火をつける。元カノに貰ったジッポーの良い音がする。これだけは思い出を伝えてくれる宝物で常に持ち歩いていた。

 

 煙草をくゆらせていると、睡魔が襲ってくる。目の前に暗いとばりが下りて、まどろみの世界に迷い込んでしまう。

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