第281話 62
ゾクリと首筋に鳥肌が立ったかと思うと、何かが月明かりを反射しながら飛んでくるのが見えた。骸骨兵の射手が放った矢だ。空気を切り裂きながら無数の矢が真直ぐ飛んでくる。だが〈矢避けの加護〉が効果を発揮し、目に見えない障壁によって矢は阻まれ、次々と軌道を逸らされていく。
すぐ近くに突き刺さった矢を見て青年は息を飲んだ。ただでさえ危険な錆びついた矢は、得体の知れない粘液がこびり付いていて、かすり傷でも命取りになる危険性があった。
「気をつけろ! ただの矢じゃない!」
警告する間もなく、骨の擦れる音が聞こえてきた。カタカタと不気味な音を立てながら、数体の骸骨兵が闇の中から突進してくる。彼らの青白い
アリエルは腰を落として両刃の斧を構えると、迫りくる骸骨兵を迎え撃つ準備を整える。が、最初に動いたのはシェンメイだった。彼女が手に持つ長い棒が月明かりを受けて一瞬キラリと
そこでアリエルは違和感を覚える。彼女は次々と襲い掛かる骸骨兵を迎え撃ち、突くだけでなく、身体を回転させながら長い棒を横薙ぎに振るい、一度に数体の骸骨兵を吹き飛ばしながら戦っていく。その度に骨が砕ける乾いた音が聞こえ、錆びた鎧や剣が地面に散らばっていく。奇妙だったのは、骸骨兵が復活せずに塵に変わっていくことだった。
彼女が手にした長い棒が閃くと、次々と骸骨兵が打ち倒されていく。アリエルも斧を手に戦いに突入し、重い一撃で敵を粉砕していく。ふたりの息のあった見事な連携に、接近する骸骨兵は成す術もなく撃破されていく。
ふとシェンメイが手にしていた棒が呪力を帯びているのを見て、アリエルは違和感の正体に気がつく。彼女の武器は短槍の出来損ないだったが、〈浄化〉の呪術効果が付与されていたのだ。彼女は瘴気を〝祓う〟〈浄化〉の力を使い、復活し続ける骸骨兵を完全に無力化していた。
アリエルが骸骨兵に関して知っていることは、すべて砦の書庫で見た書物に記載されていたものだった。そこには骸骨兵が強力な呪いによって仮初の生命を得ていると書かれていたが、〈浄化〉が有効だとは記されていなかった。
あるいは、書庫に埋もれたまま発見されていない書物に記録されていたのかもしれないが、アリエルは手に入る情報だけを鵜呑みにして、思考停止してしまっていた。だから簡単なことに気がつけなかったのだ。〈浄化〉で幽鬼を撃退できるように、骸骨兵の瘴気を祓うことで復活することを妨げることができた。
彼女はくるりと棒を振り回し、接近する骸骨兵を次々と粉砕していく。歪な生命を与えられた超自然的な敵との戦闘は激しさを増し、かれらの攻撃はますます熾烈になっていた。
もともと〈浄化〉は高度な呪術で、誰も彼もが扱えるモノではなかった。しかし普段から当然のように〈浄化〉を使う
実際のところ、青年が使っていた高品質な〈浄化の護符〉も、ノノとリリが作製したものだった。あまりにも高度な呪術が簡単に入手できてしまうため、それがどれほど貴重なモノなのか見落としていたのだろう。
市場でもこれほど効果が高い護符はなかなか入手できない。それを知りつつも、彼は〈浄化〉の力を当たり前のように使ってきた。それが今、彼女の戦いぶりを目の当たりにして、自身の認識の甘さに気づかされたのかもしれない。
そうこうしているうちに、霧の向こうから次々と骸骨兵が姿をあらわす。シェンメイは手の中で持ち手を滑らせるようにして突きを繰り出し、強力な一撃で骸骨兵の胸骨を砕き、敵を吹き飛ばしていく。しかし、攻撃のさいに一瞬だけ大きな隙が生じてしまう。目の前の骸骨兵を突いている間に、別の個体が横手から斬りかかってくるのだ。
彼女はすぐさま反応すると、錆びた剣を跳ね上げ、左脚を軸にしてくるりと回転しながら骸骨兵の横腹に棒を叩きつけた。青白い呪力が
シェンメイは敵に囲まれながらも、その類まれな身体能力で有利に戦えていたが、どうしても攻撃の隙ができてしまう。動きが鈍れば、敵に一気に攻められるかもしれない。アリエルはその危険を察し、彼女を支援するためにさらに攻撃を強めた。
迫りくる骸骨の群れを見たアリエルは準備していた呪力を解放し、足元の
骸骨兵に向けていた腕を横に振ると同時に〈射出〉の呪術を発動させた。百を優に超える礫は空気を切り裂きながら凄まじい速度で飛び、嵐のように骸骨兵たちの身体をバラバラにしていく。
その光景を目にしたシェンメイはギョっとした表情を浮かべた。アリエルの膨大な呪力に驚いたのだろう。が、いつまでも感心していられない。
砕け散った骸骨兵の骨は寄り集まり、すぐに復活しようとしていた。アリエルは〈浄化の護符〉を手に取ると、呪力を注ぎ込む。護符は輝きを増し、その光が付近一帯に漂う瘴気を浄化していく。
戦場は一瞬にして静寂に包まれた。骸骨兵たちは完全に消滅し、彼らの脅威は完全に取り除かれた。彼女は息を切らしながらも、困惑した表情でアリエルを見つめていた。その力が自分自身に向けられなかったことに安堵していたのかもしれない。
骸骨兵の姿は見られなくなったものの、徐々に瘴気を含んだ霧が戻り、どこか遠くから呻き声が聞こえてくるようになる。
「すぐにここから動いたほうがいい」彼女は低い声でつぶやく。
ふたりは深い霧の中に足を踏み入れる。霧が濃くなればなるほど視界は狭まり、微かな物音だけが頼りになっていく。
シェンメイが足を止めたときだった。霧の向こうから屍食鬼が猛然と駆けてくるのが見えた。アリエルは地面に手をつけると、四足歩行で接近する屍食鬼たちの身体を貫くように、〈土槍〉で無数の杭を形成する。地面から伸びる鋭い杭に貫かれた屍食鬼たちは悲鳴をあげながら、それでも杭から逃れようと暴れる。
だがシェンメイはその隙を見逃さなかった。身動きが取れなくなった屍食鬼に接近すると、次々と頭部を叩き潰していく。呪力を帯びた棒が屍食鬼の頭蓋を貫くと、呪力が内側から爆発するように広がり、屍食鬼の身体を内部から焼き尽くしていく。
ここでも彼女は呪術を巧みに使い、屍食鬼たちを的確に攻撃していく。だが屍食鬼たちは途切れることなく次から次に姿を見せる。敵の数は圧倒的で、戦闘による疲労がじわじわと蓄積していく。アリエルは呼吸を整えながら冷静に敵の攻撃に対処していたが、このままでは幽鬼の相手をすることになるかもしれない。
「後ろ!」
彼女の声が聞こえて振り返ると、屍食鬼が跳び掛かってくるのが見えた。青年は瞬時に反応し、その攻撃を躱しつつ、振り向きざまに斧を振り下ろした。重い刃は屍食鬼の首を切断し、頭部が宙を舞った。
「ついてきて!」
シャンメイは屍食鬼の追跡をかわすように、深い霧のなかに足を踏み入れる。
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