第7話 05
戦場に
戦場に散らばる死体に足を取られ
おそるべき集中力によって研ぎ澄まされた精神は、時間の感覚すらも遅くする。アリエルはすぐとなりを走るラファの荒い息遣いを感じ、敵の首を
障害がなくなると視界が開けて、神殿入り口の巨大な扉が見えてくる。群衆の中から飛び出した混成部隊の動きに驚いて、目を見開く守備隊の姿の姿も間直に見ることができた。すでに戦士たちの額を伝う汗すら見える位置に接近していた。
神々の奇跡を操る呪術師たちの中心には、赤く染められた革の
その女性が
しかしアリエルが短刀を投げると、彼女は祈りの
アリエルは薄布で表情が見えない呪術師の首筋から脇腹にかけて、胴体を両断するように思いっきり太刀を振り下ろした。それは皮膚を裂き肉に食い込む。しかし途中で骨に引っ掛かったのか刃が止まる。けれど青年は冷静だった。女性の腹部を蹴り、その反動で刃を引き抜くと、返す刀で彼女の首を
頭部を失った
一、二、三――。
周囲の呪術師を次々と斬り殺していく守人たちが神殿内に駆けこんでくる。
五、六、七、八。
黒い残像を
十一、十二、十三、十四。
十五まで数えると、反対側の扉に手を掛けていたラファに向かって青年は叫ぶ。
「すぐに扉を閉じろ!」と。
ぐずぐずしていたら守備隊も神殿内に
アリエルは深呼吸すると、
「すぐに周囲の安全確認をしてくれ。外につながる扉、窓、なんでもいい、見つけたら厳重に閉鎖するんだ。何者も神殿内に通してはならない」
それから視線を走らせながら声を上げる。
「ラファ!」
「はいっ!」
少年はしっかりした声で
「リリと一緒に部隊を指揮してくれ。敵の侵入があれば、それをすべて叩け」
少年が不安そうな表情をみせると、アリエルは彼を安心させようとして
「大丈夫だ。砦で
少年がうなずくのを確認したあと、ノノに小声で
「生き残ったのは何名だ」
『守人は問題なくついてこられましたが、首長の戦士たちは……残念です』
「そうか……」
兄弟たちに追いつけなくて、神殿前の乱戦に巻き込まれてしまったのだろう。生きている可能性は低い。青年は
「いつか、神々の
深い溜息をついたあと、すぐに気持ちを切り替える。
「ノノは俺と一緒に来てくれ。目的の〈遺物〉はこの遺跡の
彼女は小さく
ぼんやりとした
高い半球状の天井を支えるように
そこには祭壇があり、そのすぐ後方には神を
アリエルは祭壇に飛び乗ると、少しばかり高くなった視線で周囲を見回した。不謹慎なのかもしれないが仕方がない、すでに存在しない神に気を使っている余裕なんてない。
一箇所だけ不自然に外の光が届かず、暗がりになっている空間を見つけると、青年はその場所に向かって真っ直ぐ歩いた。何度か木製の座席を乗り越えながら、なんとか目的の場所にたどり着く。
そこで青年はしゃがみ込むと、無用の長物になった
「ノノ」青年はフサフサの体毛に包まれた豹人を
彼女は数名の戦士たちとやってくると、周囲の床を調べ始めた。
『どこかに地下に続く扉を開くための仕掛けがあるはずです。……ですが、それをゆっくり探している時間はありません』
彼女はじっと地面を見つめて、それから自信満々に鳴いた。『私に考えがあります』
アリエルが顔をしかめると、彼女は戦士たちを連れて
兄妹たちが
おそらくだが、兄弟たちに苦労をかけずとも破壊できる床だったのかもしれない。青年は足元で砕け散っていた薄い床材を足で払い、落下の衝撃でバラバラになった神像を確認する。彫像の頭部は胴から離れ、恨めしそうな視線を投げかけている。青年は視線を上げると、満足そうに互いの健闘を
それからやけに
しばらく黙って歩いていると、無数の
一緒に地下にやっていきていたノノは、狭い通路に片耳の守人を残すと、黒曜石の柱が並ぶ異質な空間を見つめている青年のとなりに立つ。
『あれは……死体でしょうか?』
ふたりの視線は地面に横たわる十数人の神官たちに向けられていた。彼らが着ている真っ白な祭服と肩に掛けられていた黄金色で縁取られた青い
「それが何か分かるか?」
青年の言葉に彼女はゴロゴロと喉を鳴らす。
『この甘ったるい腐臭は、〈魔女たちの血液〉に似ています。……強力な毒です。戦場で追い詰められている以上、自死を選ぶことも考えられますが、さすがに集団自殺となると状況は分かりかねます』
「たしかに、絶望の果てに自殺したようには見えないな……」
神官たちの
『それは、邪神を崇拝する異教徒たちの聖典ですね』
部族の聖地に似つかわしくないモノだったが、ノノの言葉にうなずいたあと、青年は足先に感じた異物に視線を向ける。不自然に祭壇の真下に打ちつけられ太い鎖を見つける。やわらかな青紫色の淡い光を帯びた不思議な鎖だ。それは地面を
アリエルが淡い光を帯びた奇妙な鎖を眺めていると、ノノは手に持っていた容器を床に投げ捨てた。するとグラスの割れる音と共に奥の部屋から女性の小さな悲鳴が聞こえた。アリエルがノノに視線を合わせると、彼女はうなずいて静かに刀を抜く。
ノノの動作を横目に見ながら、青年は音を立てないように素早く動いて部屋の入り口に近づく。扉はなく粗末な布で仕切られた部屋だった。
そこには十人ほどの女性が、部屋の
ゆったりした薄桃色の小袖を身につけている女性たちは、神殿の管理を任されている巫女なのかもしれない。清潔に保たれた空間に、質素な調度品や寝具が並んでいるのが確認できた。この部屋が彼女たちの生活の場なのかもしれない。
青年は足元の鎖が彼女たちの中心に続いているのを確認すると、鎖の先に向かってゆっくり歩き出す。と、彼女たちのひとりが――くすんだ金髪の持ち主が一歩前に踏み出し、
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