27ー3 流浪の姫 3

「そしてもう一つ、残念なお知らせをしなければなりません」

 重くなった雰囲気に、更に追撃を加えるかのようにリュハラッシが話をつづける。

「顕世権僧龍戴の名の元に、鎮波姫氏、馳側永常氏の両名を、即刻神槍領域から追放します」

 リュハラッシから告げられた衝撃的な沙汰。

 しかし、ここまでの前振りがあれば予想できるものではあったし、神火宗としての考え方も理解できなくはない。

 反論することも出来なかった一行は、沈痛な面持ちで黙るしかなかった。

「しかし、神火宗としてもただ放り出すわけではありません」

 そこへ、フォローするかのようにリュハラッシの言葉が続けられる。

「神火宗もアガールスとの関係を悪化させたくありませんから、アラドラド卿の客人であるお二人を、何の口実もなしに追放する事はしないようです」

「と、言いますと?」

「これからお二人には、表向きには今回の件を帝に報告するという形で、帝都へ向かっていただきます。また、今後神火宗は倭州に対して強硬姿勢を取る、という話もついでに帝に通してもらおう、と。そして、そのお供に私が付き添います」

「リュハラッシ殿が……?」

 神火宗としては、今回の件の報告などする必要はない。何せ領域内で起こり領域内で収束した事件なのだから、ルヤーピヤーシャが国として関与する隙間などない。

 アガールスの事件と違い、大きな軍が移動したわけでもなく、即日解決したため、積極的に秘匿したならルヤーピヤーシャが今回の件を知ることすらないだろう。

 しかし、この件を機に倭州と敵対するとなると話は変わってくる。

 表立ってドンパチする気はないが、それでも倭州――いや蓮姫一派とでも言い換えようか――がこれ以上手を出してくるようならば相応の構えをとる必要がある。

 その際、抑戦令を振りかざしてルヤーピヤーシャの勢力が邪魔をしてくるようであれば、神火宗はルヤーピヤーシャとも完璧に敵対することになるだろう。

 今回は、事件を報告することで現在の帝である紅蓮帝のはらを探る目的もある。

 先帝である雷覇帝は神火宗とは決別し、完全に縁を断った。

 しかし親がそうだったとしても、子である紅蓮帝がどういう対応をするかはまだ定かでない。

 紅蓮帝がまだ神火宗と交友を保ち続けたいと考えるならば、神火宗が倭州と敵対することにもある程度目こぼしをしてくれるだろう。そうでなければ何かしらの圧をかけてくる可能性もある。

 事件の報告を受けて紅蓮帝がどういう反応を示すか、それを確認したうえで、神火宗も今後の動き方を決めよう、という事である。

 しかし、その報告をするのに鎮波姫と永常、そして総魔権僧であるリュハラッシを向かわせるというのは、どういうパーティメイクなのだろうか。

 謂れのない命令を受け、鎮波姫は目を伏せる。

「私たちは神火宗の遣いになるつもりはありません」

「ええ、もちろん。遣いの仕事は私がすべて受け持ちます。ただ、鎮波姫様たちが神槍領域にいても窮屈な思いをするだけなのは事実。無理に居残れば蓮姫の間者として疑いをかけられてもおかしくありません」

 その言葉を受けて、永常がテーブルを強か叩いた。

「何をバカな! 我々が蓮姫の間者だと!? 私も姫様も、やつらに殺されかけたのだぞ!」

「それをお芝居だと見る連中もいるというのは先ほど確認した通りです。今回、帝都へ向かわせるという沙汰も、私からお二人に領域を出ていくよう圧をかけさせ、無理に居残るようならば疑いを深めるつもりでしょう。……ここは大人しく領域を去った方が得かと」

 確かに、このまま神槍領域に居座ったとしても得は少ない。

 鎮波姫としてはアラドが帰ってくるまでの止まり木くらいにしか考えていなかったため、神槍領域で何かをしようとしていたわけでもなく、神火宗から睨まれて居辛くなるようならさっさと出て行った方が精神衛生上にもよろしいだろう。

「永常、領域を出ましょう。ここに居座っても百害あって一利なしです」

「……姫様がそうおっしゃられるのであれば……」

「しかし、リュハラッシ殿はよろしいのですか? 総魔権僧というのは大層な肩書のはず。そんな立場の人間が、私たちと供に帝都へ向かうなどと……」

「龍戴もある程度、確証の持てる情報がほしいのでしょう。何せ、今回は神火宗内部から離反者が出ましたから、木っ端の僧侶をつけるわけにもいかないのです。それに私としては神火宗よりも鎮波姫様の方が大事です。いつか蓮姫を打倒するために、あなたはなくてはならない存在ですので」

 エイサンとユキーネィの件では、権僧という位の僧侶が離反し、神槍領域に混乱がもたらされた。

 権僧というのは神火宗全体では偉くもなく、下っ端とも言えない中間の位置ではあるのだが、ちょっとやそっとでなれるものでもない。

 厳しい修行とある程度の功績があって、それを認められて初めて就ける位なのだ。

 そんな人間が神火宗を裏切ったとなれば、権僧以下の人間はもちろん、大権僧でも確実に信用が置けると断言できる人間でなければ、大事な仕事を任せることは出来ないだろう。

 そこにリュハラッシが手を挙げて自薦するのならば、じゃあ君で、となったのかもしれない。

「それに私の占いでは希望の兆しが帝都にて現れるとありました。その正体を確かめるのもまた一興でしょう」

「そういえば、そんな話をされていましたね」

 蓮姫の目論見を挫くのに倭州へ行かなければならない。リュハラッシの占いではその助け船となる何かが帝都に現れると出ていた。

 詳細まではわかっていないが、占いの成否を確かめるのにも良い機会である。

「リュハラッシ様、それならば僕も行きます!」

 話がまとまろうとしているところに、待ったの声をかける存在が。

 手を挙げていたのはルクスである。

「僕はアラド様に仲間の無事を託されました。ここで鎮波姫さんたちを見送るわけにはいきません!」

「ルクスくん……いいえ、君は連れていけません」

「どうしてですか!?」

 首を振るリュハラッシに対し、ルクスは食い下がる。

「僕が足手まといになるからですか!? 僕の中に眠る魔力や竜眼は、きっと旅のお役に立ちます!」

「ええ、君の力添えがあれば、それは実に心強いでしょう。ですが、君を連れていけない理由は二つあります」

 確かにルクスの魔力や竜眼の力は、あれば何かと便利だ。

 魔術の才能も開花しつつあるルクスは、単純に戦力にもなるだろう。

 だがそれでも連れていけない、とリュハラッシは頑として断る。

「まず一つ、君を連れて行けば必然、ミーナさんも連れていく事になります。頭数が増えればその分、旅の荷物がかさみ、足並みも重くなります。旅費も多くなるでしょう。君にそのお金を工面するあてがありますか?」

 言われてルクスは口ごもる。

 これまでの旅でも、ルクスは金銭面に関して他人に頼ってばかりであった。

 旅のはじめはミーナの路銀、アラドが合流してからはアガールスの公的なお金だ。

 そこにルクス個人の財布から出した金などありはしない。そもそも、ルクスの財布など存在していないのだが。

 そこを突かれると、確かに痛い。

「僕に稼げることでしたら、なんでもします」

「では君は私に、少年に働かせ、金を稼がせ、自分は悠々と旅をする悪徳僧侶の名をかぶせたいというわけですか?」

「そういうわけでは!」

「世間はそう見るかもしれません。それを防ぐためには、最初から私の、もしくは神火宗のお金で旅費を捻出する必要があるでしょう」

 ルクスが仕事をして金を稼ぐ、というのは無理な話ではないだろう。

 アガールスでは魔術を使ったお金稼ぎは失敗した経験のあるルクスだが、ここは天険の地ルヤーピヤーシャ。魔術を使った稼ぎ口は、神火宗のローブを羽織ってなくてもいくらでも存在しているだろう。

 だが、そんなルクスを従えたリュハラッシたちは、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。

 少年一人だけに旅費を稼がせて、僧侶は何もせずに悠々と旅を続ける、などと吹聴されれば神火宗のネガティブキャンペーンである。

 また、ルクスとともに路銀を稼ぐために仕事をする、なんて無駄も省きたい。

 リュハラッシは別にお金に困っているわけではない。ルクスを連れていくことで必要のないプロセスを踏み、無駄な時間を費やすことは全く持ってナンセンスである。

「そして第二に、君には神槍領域で魔術を学んでほしいのです」

「魔術を……?」

「君の魔術は今、発展途上にあります。どこでその技術や知識を得たのかはわかりませんが、今ある技術と知識をさらに磨くことが出来れば、それは今よりも大きな力となるでしょう。私を超える力となるかもしれません」

「そ、そんな、総魔権僧様を超えるだなんて……」

「いいえ、これは世辞やおためごかしなどではなく、私の率直な感想です。君の中に眠る才能は、総魔権僧をも超える素質を秘めている」

 ルクスの目は、リュハラッシに『嘘』の色を見ていない。

 つまり、彼は本心からそう言っている。

 それを確認して、ルクスは改めて自分の額を撫でた。

「で、でもこの力は竜眼によって植え付けられたものです。僕が本来持っていたものではありません」

「人は誰しも、そういう他者によってもたらされた力で戦い、生き抜いていくものです。私も、鎮波姫様も、永常殿も、ミーナさんも。武術の心得、魔術の知識、全て誰かから与えられたものです。竜眼は確かに望みはしなかった力ではありましょうが、今や君の力の一部と言えます。それを有意義に使うことを、ためらってはいけません」

 竜眼はボゥアード――淵義によって植え付けられ、そして開眼させられた力である。

 ルクスはそれを望んでたわけではないし、竜眼がなければ普通の生活を続けられていたかもしれない。

 しかし現実はそうならなかった。竜眼は植え付けられ、その力と共にこれまで旅をこなしてきた。

 頭の中に響く魔王の声、魔王から教えられた知識と技術、それらは確かにルクスの血となり肉となっている。

 竜眼があったおかげで切り抜けられた場面も多くあった。

 ならばすでに、それはルクスの力だ。

 リュハラッシの言うように、これを疎んで遠ざけるよりも、もっと有意義に使える方法を学び、実践する方が今をより良く出来るだろう。

「ルクスくん、神槍領域は神火宗の総本山。魔術に関する知識は大書庫から好きなだけ得られるでしょうし、魔術の師となりうる魔術師も多く存在しています。ここで君が得られるものは私たちの旅に同行して得られるものよりも確実に多く、実益につながるものです」

「しかし……僕は……」

「そして君が得た力は、きっとアラドラド卿や鎮波姫様……いいえ、アスラティカの未来をより良い方向へと導く力となります。これは私の占いなどではなく、誰にも見える明らかな未来図なのです」

 かつて、竜眼に適合した魔王は、世界を混沌に叩き落し、やがて封印されるに至った。

 だが、その力を世界の発展に使えたならばどうだろうか?

 強大な魔力、膨大な知識、卓越した技術、それらを人の役に立てることが出来れば、きっと未来は違った姿を見せてくれるはずである。

 ルクスには、その可能性が眠っているのだ。

「……わかりました。僕は、神槍領域に残ります」

「あなたの賢明な判断に感謝を」

「ただし、」

 リュハラッシの言うことは理解した。納得もした。

 だが、譲れないこともある。

「鎮波姫さんと永常さんにもしものことがあれば、その時は千年魔女が現れずとも、魔王が神火宗を焼く、ということは覚えておいてください」

「肝に銘じておきましょう」


****


 こうしてルクスとミーナは神槍領域に残り、鎮波姫と永常はリュハラッシと共にルヤーピヤーシャの帝都へと向かうこととなった。

 そのころ、アラドが先に向かっていた帝都にて、大きな騒動が始まろうとしていたことも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る