27ー2 流浪の姫 2

「で、でも倭州から飛んできた、ってことは、神火宗で修行をする前から魔術が使えてたってことですよね?」

「そうですね。淵義が神槍領域を訪れた時には、すでに魔術に対する知識をある程度得ているようでした。おそらくそれは、光塵によって植え付けられた知識なのでしょう。倭州人である彼が神火宗へ入る以前に魔術の知識を得るのは難しいでしょうからね」

「神火に適合しない限り、魔術は使用出来ないはずでは?」

「わかりません。光塵が人間にどこまで影響するのか、というのは、本当に神のみぞ知るという領域の話ですから。実際、神火に適合せずとも魔術を使えている人間は、この場に一人いるわけですし」

 そう言われて、全員がルクスを見る。

 彼は確かに、神火に適合していないはずだ。

 それが唐突に竜眼を植え付けられ、大量の魔力を抱えるようになった結果、いつの間にか魔術が使えるようになっている。

「そう言えばルクスくん、どうやって魔術を使っているの?」

「どうやって、と言われると困りますけど……」

 それはルクスにとっても少し謎であった。

 確かに、魔王に教授してもらった部分はある。

 魔術の基本知識などは魔王から教えられたモノであったのだが、そこに術式の設計や構築の方法などは含まれていなかった。

 術式の構築が出来るようになったのは、本当に『気が付いたら出来ていた』という他になかった。

「竜眼にもそんな効果があるんじゃないでしょうか?」

「ふむ……神火宗の文献にも竜眼については詳しい効果が記されていませんでしたし、そういうこともあるのでしょうか」

 リュハラッシが唸りながら、ルクスをしみじみと眺める。

 神火宗の禁術がまとめられた書物には、確かに竜眼の事が書かれてある。

 だが、いくつかの特徴的な効果が記されているだけで、それをしっかりと確かめる事も出来ず、もしかしたら隠された効果があったのかもしれない。

「神話の時代に遺された魔術……もしかしたら竜眼には神に近い力が施されているのかもしれませんね」

「神火に匹敵するような?」

「ええ。竜眼が開発されたのは遠い古の事ですから。神代では神人の血も濃く、彼らは神に近い力を持っていたとまで言われています。神人が竜眼を開発していたとしたら、竜眼は神から受ける祝福と同等の力を持っていてもおかしくはありません」

 神代とは今から数千年も昔の時代である。

 その時代には現世に神が実在しており、人間と交わって神人を作り出した。

 神の血の濃い神人は、現在の神人よりも遥かに強い力を持っていたと言われる。

 彼らが半神であるとすれば、その強大な力で祝福を授ければ、『神火に適合する』という先天的な特徴を、後天的に与えられたのかもしれない。

 ……まぁ、全て推論であるのだが。

 確かめるためには竜眼に適合する人間を複数用意しなければならないのだが、竜眼は禁術に指定されているうえ、適合者は数千人に一人とも言われる。確証が得られるまでにアスラティカから人間が居なくなる可能性すらあるだろう。

「……話を本題に戻しますが、竜眼が神火と同等の祝福を授けるのであれば、光塵も元々は神器の破片ですから、そう言った力があっても不思議はありません」

 リュハラッシが言ったように、そもそも光塵とは神がもたらした神器の破片である。

 人知を超えた存在から与えられたものが、どういう効果を持っているのか。それを正確に把握するのは難しいだろう。

 しかも光塵に関する研究は安全面の問題から禁止されている。推し量ることすら難しい状況なのであった。

 だからこそ、リュハラッシが立てた推論も『ありえないとは言い切れない』のである。

 事実、魔術適性が開花する事例は報告されている。となれば、魔術の知識が急に降って湧いてしまう、ということも無きにしも非ず。

「もしくは、今だから推察出来る事ですが、蓮姫が倭州に潜伏していたとすれば、彼女が手助けをしたのかもしれません」

「蓮姫は魔術に長けていたのでしょうか?」

「彼女が千年魔女を自称しているのであれば、おそらくは大権僧を凌ぐほどの魔術の知識と才能を持ち合わせているでしょう。まぁ、自称が大言壮語であれば助かるのですがね」

 これまで蓮姫という謎の人物が暗躍している話は何度となく聞いてきた。

 だが、その正体に関してはほとんどわかっていない。

 どんな人物なのか、年齢は、そもそも性別は本当に女性なのか、という基本的な所すらわかっていないのである。

 魔術が使えるのか否か、というのも、彼女が千年魔女を自称しているから使えるのだろう、という憶測にすぎない。

 だが、もし彼女が本当に千年魔女に匹敵するほどの魔術の才能を持ち合わせていたのならば、淵儀に魔術の知識と技術を授けるぐらいの事は出来ただろうし、彼女が転移の魔術を使った可能性もある。

「……まぁ、淵儀がどうやってアスラティカへ渡って来たのか、というのは答えが出ませんし、それほど重要でもありません」

 考え込んでしまった一行を見ながら、リュハラッシが一つ咳ばらいを挟んで脱線した話題を元に戻す。

「当時から顕世権僧であった龍戴も、淵義には不気味に思うところがあったそうです。何せ当時は倭州の存在すら眉唾だった時期ですからね。どこから来たかもわからない、言葉もまともに通じない相手を……しかし受け入れることとしました」

「それは、どうして?」

「おそらくは、そこに新たな神火の可能性を見出したのかもしれません。神の頭環事件の直後は神火宗も慌ただしかったですからね。そして事実、淵義は倭州の人間であり、現在の神火宗は倭州に新たな神火を期待しています」

 神の頭環事件から神火宗は新たな神火を探すため、倭州にすり寄ろうとしていたのは何度も確認したことである。

 事件の直後、神火が途絶えてしまうかもしれないという不安の中、どこから現れたかも知れない男を見て、龍戴は新天地を期待したのだろう。

 そこには新たな神火が存在するかもしれない、と。

「しかし、それは神火宗にとって大きな汚点を残すこととなりました」

「……どう、なったのですか?」

「淵義は瞬く間に権僧の位を得るほどに成長し、実力だけならば大権僧と比肩するほどになりました。そして、位を頂くのとほぼ同時期に大書庫にある禁書庫へ押し入り、いくつかの禁書、写本を盗み出して神槍領域から姿を消したのです。持ち出された本の中には、禁術や魔王に関する書物も含まれていました」

 それを聞いて、ルクスは自分の額を撫でる。

 ボゥアードがルクスにかけた術、竜眼は、神火宗で禁術に指定されたモノである。

 そして、その竜眼に適合した唯一の前例が魔王であった。

 ルクスの様子を横目に見つつ、リュハラッシは静かに言葉を続ける。

「淵義ならば竜眼を操るほどの魔力、技術、知識を揃えているでしょう。何せ修行をする前から長距離の転移魔術、もしくは飛行魔術を扱えた可能性もあるわけですから」

「で、ではボゥアードの正体は……」

「淵義である可能性が高いと見ています」

 高い魔術の才能と技術、魔王に対する知識、抑戦令をモノともしない精神。淵義はそれら全てを持ち合わせていた。

 そしてボゥアードという権僧は神火宗に記録されておらず、おそらく偽名であろうという事は推察されている。

 さらに言えば淵義が神槍領域から去ったのも十数年前だと言う。そこからアガールスへ渡り、竜眼の実験台に使う人間を見繕ったとしたなら、ルクスに竜眼が施された時期とも合致する。

 条件に合致する人間は多くないとなれば、ボゥアードが淵義である可能性は限りなく高い。

 そして、それこそが今回、神火宗が倭州に対して敵対姿勢を取る原因の一つになっている。

「淵義は神槍領域内でも稀代の大悪党として扱われています。ヤツのゆかりの土地となれば、敵視するのに充分な理由となります」

 蓮姫が倭州人である可能性、鎮波姫と永常の件、そして淵義。

 複数の要素が重なって、今回の決断に至ったのである。

 説明を受けて、ルクスも閉口するしかなかった。

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