27ー1 流浪の姫 1
27 流浪の姫
神槍領域での事件が収束して、一晩が明けた。
エイサンが変化した天駆は無力化されたあとに魔術研究棟へと収容され、侵入者であったユキーネィも発見、拘束されて収監されたと聞く。
今回の件は身内からの裏切者が出て、強固なセキュリティを突破されるに至った。
それを重く見た龍戴をはじめとする神火宗上層部は、改めて結界の運用法を見直すとともに出入りする人間への警戒を強め、連携を強めて離反者の出現を防ぐ事にした。
また、蓮姫という存在に対し認識を改め、神火宗にとっての最大級の敵として周知していくことにし、神火宗の末端である修士や階位を持たない修行者に至るまで情報を共有すると取り決めた。
今までは正体不明かつ目的も不明瞭だった蓮姫であったが、彼女の目的が魔王復活である可能性が高いと見て、魔王について探っている不審者の情報を収集するため、各地を歩き回っている修行者にまで情報が伝達出来るようにしようと画策したのだ。
情報は夜が明ける前にアスラティカの各領域へと伝達され、そこから更に各僧侶へと渡る。
すぐに蓮姫の、そして彼女に与する人間の炙り出しを始めるという。
そして最後にもう一つ、重大な決定を下す。
****
「待ってください! 本気で言っているんですか!?」
「どうやら龍戴はそのつもりのようです」
事件の翌日、社務所の応接室へと集められたルクスたち一行であったが、そこで聞かされた話に、ルクスはたまらず椅子を蹴飛ばした。
詰め寄られたリュハラッシは、しかし眉一つ動かさない。
「リュハラッシ様も同じ考えなんですか!? 本当に倭州が神火宗に対して敵対行為をしていると、そう考えているんですか!?」
事件から一夜明け、神火宗から通達されたお触れは龍戴の名前が添えられた上で公式に発表された。
神火宗内の連携強化、結界の運用見直し、情報の伝達と蓮姫の炙り出し。
そして、倭州との関係を見直す、と。
「もともと、蓮姫という名前からして倭州の人間であると思われてきた人物です。その蓮姫と表立って敵対するとなれば、倭州に対しても強硬姿勢を取る事になりましょう」
「でも、本当に倭州の人間かどうかはわからないんですよね!? 単なる偽名かも!」
「ええ、当然その可能性はあります。しかし、それ以外にも倭州との関係を考え直す理由は複数あるんですよ」
ルクスの反論に冷静に答えるリュハラッシを見て、ルクスも一つ深呼吸を挟んで椅子に座りなおした。
その様子を見ながらリュハラッシはいつもと変わらない様子で話をつづける。
「まず第一に、今回の件があなた方が現れた途端に発生したこと。エイサンは鎮波姫様と永常殿を狙っていたようですし、お二人が事件の発端を紛れ込ませた、と邪推する人間も多い」
「二人は被害者ですよ! そのことで神火宗が詫びを入れる事はあっても、倭州が責任を被ることなんてないと思います!」
椅子に座りなおしても、なおも強気に出るルクス。
その剣幕にミーナも口をつぐんでいるが、もしかしたら彼女も同じように思っているのかもしれない。
ルクスの反論を受け、リュハラッシは首を横に振った。
「しかし結果だけ見ればお二人は五体満足で結界を出て、神槍領域は混乱に陥った。無論、私個人はお二人の証言を信用しますが、多くの僧侶はそうは考えないでしょう」
事情を良く知らない僧侶から見た今回の事件は、外部からやってきた人間がおり、その中には倭州人も含まれ、倭州人と一緒に想練の森へ入ったエイサンが、結界の中に閉じ込められて、結界が破られた時には倭州人はピンシャンしており、エイサンは異形へと姿を変えていた、となる。
結界内で起きた戦いを知らない外部の人間にとっては、鎮波姫と永常が何かしらの魔術でエイサンを魔物に変え、神槍領域を混乱に陥れようとした、と曲解出来なくもない。
ただし、一応龍戴からは鎮波姫と永常の両名には、今回の件では被害者である、との注釈もされていた。それを文面通りに受け取るか、それとも『アガールスの筆頭領主であるアラドが連れてきた客人であり、悪事を起こしたという確たる証拠のない二人へ、最低限の配慮をしただけ』と取るかは各個人の判断によるところになる。
事情を知っているルクスたちと、巻き込まれただけの善良な僧侶たちでは、認識が全く違うのであった。
「そして第二に、ルクスくんに竜眼を施したとされる僧侶、ボゥアードの正体に推察がついたことに因ります」
「ほ、本当ですか!」
今度はミーナが立ち上がった。
「ええ、龍戴が言うにはボゥアードは高い魔術適性、強い魔力、洗練された技術を持ち合わせ、魔王の存在や封印された場所を知り、抑戦令をモノともしない人物であるとされました。この人物について、神火宗は一人、心当たりがあるのです」
「そ、その人物とは……?」
「
リュハラッシの言葉を聞き、今まで大人しくしていた永常が目を丸くして鎮波姫を見た。
鎮波姫の方も、少し驚いたようにしている。
「淵義……という名で、間違いないのですか?」
「ええ、その人物は十数年前に倭州からアスラティカへ渡り、神槍領域へやってきました。彼は神火に適合し、魔術師としての才能を開花させたのです。……いえ、もしくはそれよりも以前から魔術師としては能力に目覚めていたのかも」
「どういうことですか?」
「十数年前に起こった神の頭環事件、その後に発生した光塵と呼ばれる物質についてはご存知でしょうか?」
リュハラッシに言われ、一同はお互いに顔を見合わせる。
神槍領域へやってくる途中、アルハ・ピオネと呼ばれる山の麓を通りかかった時、奇妙な事件に遭遇した。
亡霊と名付けた奇妙な魔物のような敵に襲われ、鎮波姫が危うく命を落とすところだったのだが、アラドやルクスの活躍により事なきを得た。
その事件の原因が光塵であった。
「光塵はしばらくルヤーピヤーシャ国内、とりわけアルハ・ピオネ周辺に漂っていましたが、それらは風に乗って東へと流れていきました。東にはご存知の通り、倭州があります」
「海を渡って、光塵が倭州へたどり着き、そこで何かしらの影響をもたらしたと?」
懐疑的な言葉を投げる永常であったが、しかしその脳裏に思い当たる節を見つける。
鎮波姫も同様のようで、得心の言ったような顔をしていた。
「鎮波姫様、何かご存知のようですね」
「……十年ほど前、倭州の西部で大規模な異変が起きたことがありました。当時は突発的な流行病であるとして、私が征流の力で中和し、何とか平穏を保つ事が出来ました。淵義という男は、西部にある
当時の倭州はアスラティカの存在をほぼ認識していない状況であった。
アスラティカ側も倭州の大陸を遠巻きに発見した頃合いで、お互いに交流は全くなかったはずである。
そのため、鎮波姫は光塵の存在について詳細を知ることはなく、突発的に起きた異変も病として処理し、光塵による被害を被った人間を癒して回った。
その事業は丸一年ほど必要とし、その間、鎮波姫は征流殿へ戻ることもなく、精力的に西部の州を回り、事態の収拾に当たったのだった。
「私が西部を巡業している間に淵義は姿を消し、虎深州は混乱に陥りかけましたが、淵儀の部下に有能な人物がおり、彼が即座に陣頭指揮をとって州を治めた事で事なきを得ました。それから今まで、淵義を見た者はいません」
「おそらく、その時にはすでに魔術の素養に目覚めていたのでしょう。ルヤーピヤーシャ内部でも光塵によって魔術適性が開花し、僧侶となったものもいます」
光塵に触れた人間には様々な効果が現れた。それは悪いものも良いものもごちゃまぜとなっており、最悪死に至るが、逆に十数年若返るなどという報告も存在している。
そしてその中には光塵に触れてから魔術の適性が発現し、神火宗へと入った、という人物の記録もある。
淵義はそのうちの一人だったのかもしれない。
失踪する前の淵儀を思い出しながら、鎮波姫は言葉をつづける。
「淵義の失踪は不自然な点が多くありました。それまで目立った落ち度はなく、真面目に太守を全うし、州民からも好かれる太守であった男の、突然の失踪。何か事件を疑う声もあったぐらいでしたが、州内の混乱はすぐに鎮められ、そんな声も聞こえなくなりました」
「そもそも淵義という男は、我ら守士にすら名前が届くくらいに名高い戦術家であり、彼の指揮によって運用される軍は、一人が百の兵に、百の兵が万の兵に匹敵すると心得よ、と噂される程の傑物です。ゆえに近隣の州もおいそれと手を出せず、彼の威光によって州の安泰が守られていたと言われる程なのです」
そんな人物が突然姿を消したとなれば、州内は大混乱に陥ったであろう。
部下がすぐに状況を立て直したと言うが、それも半ば奇跡的な出来事だったはずだ。そうでなければ今頃虎深州という州は、他の州に攻め滅ぼされている。
だからこそ、失踪に関してはいくつもの憶測を呼んだ。
しかし、原因は闇の中。淵義は死体すら発見されず、現在でも行方不明とされている。
「もし、淵義に光塵が影響し、気が触れて州を出奔したというのであれば……信じがたい事ではありますが、理解はできます」
鎮波姫は、自分が襲われた時のことを思い出す。
光塵によって発生した謎の亡霊。あれは常識では到底説明がつかない、謎の存在であった。
あんなものを発生させる光塵というものであれば、人一人の精神を蝕み、夜な夜な失踪させたとしても不思議ではあるまい。
鎮波姫たちの言葉を聞き、リュハラッシは話を戻す。
「淵義がどうやってアスラティカへ渡ってきたのかは、未だに判然としていません。ですが、彼は明らかにルヤーピヤーシャ人とは違った顔つきをし、倭州の言葉を話していました。間違いなく倭州の人間だったのです」
現在のアスラティカと倭州の行き来には鉄甲船が用いられている。そうでなければ巨大な海魔に船を粉々にされてしまうからだ。
だがそれも十年近く前となると、ほとんど民間での運用はされていない。軍事利用に関しても試験段階を抜けてすぐくらいだっただろう。
倭州側でも大海原を越えるような船はほとんど存在せず、そもそも対岸に大陸があることすら知らなかっただろう。
当然、淵義を発見したルヤーピヤーシャ人は相当疑問を持った。
だが、ミーナにはその方法に思い当たる節がある。
「転移魔法……その時から使えてたってことですか……!?」
「ミーナ修士、何か知っているのですか?」
「え、えっと……私がボゥアードに出会った時、去り際に転移魔術を使っていたんです。アレが使えるならもしかしたら、と」
「……考えにくいですが、可能性としてはそれぐらいしかなさそうですね」
転移魔法というのは、それ自体が超高等魔術である。
小石一個をちょっと転移させるだけでも複雑で長大な術式と、莫大な魔力を要すると言われるモノであり、それが人間一人を、大陸間という途方もない距離感で移動するために運用するとなると神業と言える所業だろう。
だが、船が使えないとなれば、飛行してきたか転移してきたか、どちらにせよ大権僧でも使えるか怪しいレベルの高等魔術を使用したと考えるのが自然だ。
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