蠍の毒編

28ー1 黄金の都 1

28 黄金の都


 ルヤーピヤーシャは南北に長い国である。

 ラスマルスクも一応、かの国の領土であるとされており、ルヤーピヤーシャ全体で換算すると総面積はアスラティカ大陸の三分の二ともなった。

 この国は大きく三つに分けられ、その内訳はラスマルスク、中央部、半島部となる。

 半島部は南側に大きく突き出た半島を指す。アラドたちが入った港もここにあり、一次産業が盛んな地域であるとされた。

 中央部よりも農業や畜産業に適した土地であり、以北の地域よりも緑が豊富だと言えよう。

 ラスマルスクはほとんど草木も生えない土地であり、罪人が送られる流刑地である。

 土地を支配する魔力の影響で、慢性的に寒冷な気候であるルヤーピヤーシャの中央部以南よりも遥かに厳しい環境で、アスラティカで唯一、雪が降る地方でもある。

 また魔物が跋扈すると言われる人外魔境、暗黒郷が北に隣接していることもあり、稀に魔物が現れて被害が出る事もあるとかなんとか。

 魔物被害が止められなくなると中央部付近まで魔物や難民がやってきたりするのだが、ラスマルスクと中央部の境には七神しちじんつらねと呼ばれる東西に広がる山脈があり、そこに築かれた砦が最終防衛ラインとなって全てを弾き返している。

 そして、中央部は起伏の激しい土地となっている。

 数多くの山がそこかしこに存在しており、少ない平地は農作には向かない土壌である。

 そんな厳しい土地でありながら、ルヤーピヤーシャの帝都マハー・パルディアはこの中央部に存在しているのであった。


****


 ルクスたちが神槍領域へ向かっている頃、アラドたちは整備された街道をスムーズに進み、帝都を目視できる距離まで移動してきていた。

「あれが黄金の都と呼ばれるルヤーピヤーシャの帝都か」

 馬車の車窓から見える帝都マハー・パルディア。

 それは噂にたがわぬ美しい都であった。

 町を囲む外壁は白い石が高く積み上げられており、そこに曇りは一点もない。

 その奥に見える建物は規則正しく並び、放射状に伸びる街道が区画を区切り、町を作る計画の段階から綿密な設計がなされていたのを窺わせる。

 その町の中心にそびえるのが帝の住居、マハー・パルディアを象徴する黄金の宮殿であった。

 平らにならされた町から一段小高い場所に建てられており、宮殿の周りには外壁と同じように防壁がぐるりと建てられている。

 宮殿自体は屋根や外壁の一部、宮殿の周りにある塔や離れなどが黄金に彩られており、その名前の由来となっていた。

 遠目から見ても豪奢ごうしゃな町である。

 周りの荒涼とした風景とのコントラストが激烈過ぎて、ちょっとめまいを覚えてしまうぐらいであった。


 外壁に備えられた南向きの大門をくぐると、マハー・パルディアのメインストリートとなる。

 馬車が何台も横並びで通れるほどの広さの大通りは、全て平らな石畳が綺麗に敷かれており、車輪が通っても振動が少ないようにされている。

 大通りの両脇に並ぶ建物もほとんどが石造りであり、アガールスの建築とは大きく趣が違うのがわかった。

 ルヤーピヤーシャでは建築に木材を使用することが少ない。それは国内で木材を得られる場所が限られるというのが大きな原因である。

 南部の森や林から得られる木材は、アガールスでの産出量に比べれば遥かに少なく、また木というのは建材以外にも多くの使用用途が考えられる。

 代わりに石材は掃いて捨てるほど手に入ることもあり、ルヤーピヤーシャの建物というのはほとんどが石造りであった。

「石の加工技術の高さが窺えるな」

「アガールスでは見られん技術だ」

 馬車の窓から街道の様子を見ながら、アラドとグンケルが感嘆する。

 町を形作るほとんどの建築物が石造りであり、アガールスの街並みとの差異に驚いたのだ。

 建物や道だけでなく、夜間に明かりとなる魔力灯と呼ばれるモノの台座も石柱で出来ており、その石柱には細かな装飾が施されている。

 街路に立ち並ぶ石柱たちはまるでコピーされたかのように均一であり、それら一つ一つを人間が作っていると思うと、その精巧な技術にもまた驚いてしまう。

「そういえば、アガールスにもルヤーピヤーシャ産の石細工が輸入されることも多くなりましたね」

「クレイリアの屋敷にもいくつかあったな」

 ワッソンに言われてアラドが思い返してみると、献上品の中に精緻せいちな石像などがあった。

 まるで本当に人間を石化させたのではないか、と疑ってしまうほどの等身大の人物像は、最初は畏怖をもって迎えられたらしい。輸入した港では大騒ぎになったそうな。

 しかし、それらの石を使った工芸品は、今ではアガールスでも好事家こうずかの多い交易品となっている。最近では倭州での需要も高まっており、南部の輸送船に積み込まれる量も多くなったとかなんとか。

「他にも、ルヤーピヤーシャにはアガールスをゆうに超える数の鉱山があると聞いていますから、鉄工や宝飾にも強いと聞いています」

「はは、ワッソン殿は良く知っておいでだ」

 従者が否定しないところを見ると、どうやら事実らしい。

「確かに、これだけ山が多い土地なら、金銀財宝が埋まった山くらい、十や二十はありそうだな」

「はっはっは!」

「……いや、否定しないのかよ」

 ただただ笑うばかりの従者。その様子から冗談なのか否かは判断できなかった。

 そんな歓談をしつつ、アラドたちを乗せた馬車は大通り沿いにある一軒の宿の前で止まった。

「さて本日、皆様にはこの宿に泊まっていただきます。帝への謁見は明日となりまして、明朝には私たちがお迎えにあがりますので、それまでに準備しておいてください」

「わかった。ここまでの護送に感謝する。明日も頼む」

 従者と軽い挨拶を終えた後、アラドたちは宿の中へと入った。


 大通りに面した一等地にある宿だけに、部屋も特別綺麗なものであった。

 広い間取りに綺麗な調度品、ふかふかのベッドに個室の風呂まで備え付けられてある。

 アガールスでスコットジョーが用意してくれた宿も立派なものだったが、やはりルヤーピヤーシャの帝都にある一級品の宿となると、それをしのぐクオリティで客を迎えてくれるものであった。

「アラド、部屋をあらかた見回ったが、特におかしい場所はなさそうだ」

「魔術的干渉も感知できませんね。罠などはないかと」

「ああ、ありがとう。ふぃー……ようやく人心地つけるな」

 ここまでの長旅で、ほとんどの時間は馬車の中で揺られるばかりだった。

 馬車自体は上等なものであったが、それでも全力でくつろぐことが出来るような環境ではなく、多少狭苦しい気分を味わっていたのである。

 広い部屋で足を延ばしていられるというのは、ありがたい事であった。

「しかしまぁ、アラドだけならともかく、俺たちにも同じような部屋を一人ずつ取ってくれてるって話だろ? 賓客ひんきゃく扱いしてくれるとは、案外、帝も殊勝じゃないか」

「これだけ豪勢に扱っても懐は痛くないぞ、という主張かもしれません。ルヤーピヤーシャの人間の感覚は、ここに至るまでに充分実感させられましたからね」

 南部の港から帝都に至るまでの十数日、ずっと従者や護衛の騎士たちと一緒にいたわけだが、彼らは一様に同じ考え方を持っていた。

 ルヤーピヤーシャ人は優れており、アガールス人を下に見ている。

 これはもう国民全員の基本的な考え方のようで、旅の道中で立ち寄った村などでも、こちらがアガールス人でわかるや否や、村人はアラドたちに対してすら、どこか侮ったような態度を見せるのだから、いっそ笑えてしまう。

 それを考えれば、三人に一部屋ずつ、極上スイートルームを用意したのも、こちらを大事に扱ってくれているわけではなく、単純な自慢なのかもしれないな、と考えてしまうのも無理はない。

「向こうの思惑がどうあれ、俺はくつろげるならそれで良いさ」

「アラドがそう言うなら、俺も別に構いやしないけど」

「そうですね。……一休みしたなら、明日の準備を始めましょう。本番はそちらですから」

 ようやく、である。

 アラドたちがルヤーピヤーシャにまでやってきた理由。

 それが帝との謁見のため。

 ここまで長い旅をしてきたのも、明日、帝と謁見して抑戦令が有効であることを再確認させるためなのである。

 現在のアガールスは、魔物の発生事件の傷も完全に癒えておらず、正直浮足立っている。そこに攻め入られたら劣勢になるのは必至だ。

 それを未然に防ぐためにも、アラドが自ら帝と謁見し、アガールスは平常通りだと虚勢を張る一方で、帝から戦争再開はしないと言質げんちを取ることが出来ればなお良しである。

 そのために、明日は万全の状態で謁見に臨めるよう、しっかりと準備を整えておく。一分の隙も見せないように、わずかなヘマも踏まないように。

「それほど気負わなくていいと思うけどなぁ」

「アラドは矢面に立つ張本人なんだから、もう少しシャキッとしろよ」

 常にだらけるアラドをグンケルが足の先で小突く。

 その様子にワッソンも多少とは言えない程の不安を抱えつつ、今日という日はつつがなく過ぎていくのであった。


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