28-2 黄金の都 2
翌日。
黄金の都マハー・パルディアの名前の由来となった帝の住まい、黄金の宮殿へと案内されたアラドたち。
これまでの旅装とは違い、しっかりと正装で整えたアラドたちは、傍から見れば昨日、部屋でグダグダとしていた人物と同じとは思うまい。
「こちらへどうぞ」
昨日とは違う従者に案内されたのは、建物の中にあるものとしては巨大すぎやしないか、と思ってしまうほどの大扉。これまた黄金で作られており、相応の重さが見た目からも窺えたのだが、その扉の前を見張っていた兵士たちがたった二人でそれを開けて見せた。
アラドとグンケルは、なかなかの剛力、と感心しながら見ていたものの、ワッソンが見れば魔術による仕掛けが施されているのは一目瞭然であった。
大扉をくぐると、そこは黄金宮殿の謁見の間であった。
謁見の間は思っていたより何倍も広く、アガールスの辺境領主が構える城ぐらいならばすっぽり入ってしまいそうだな、と思うぐらいの空間を持っていた。
巨大な柱が何本も立ち並び、部屋の隅には大きな植物が植えられ、また壁からは小さな
また奥にある玉座は階段の先、かなり高くなった場所に据えられているようで、ここからではいまいちよく見ることが出来なかった。
部屋の中央に伸びるカーペットを踏み進み、両脇に並ぶ兵士を横目に見ながら、三人は階段の前まで進んできた。
ややもすると階段の麓にいた文官が声を張り上げる。
「紅蓮帝のおなぁりぃ!!」
その声を聴くや否や、カーペットの両脇に立ち並んでいた兵士が一斉に敬礼を始める。
靴を鳴らす音が綺麗に揃い、訓練が行き届いているのがわかった。
ほぼ同時にグンケルとワッソンは膝をついて頭を垂れる。
敵国とはいえ、相手は帝。アラドの臣下である二人にとっては、どう考えても敬うべき存在である。
だが、逆にアラドは直立不動のままだ。
何せアガールスの筆頭領主とは、アガールスを代表するトップの人間。
であればルヤーピヤーシャのトップである帝とは同等なのだ。
階上からの登場には目をつむるとしても、必要以上にへりくだる必要はない。
そして、帝が現れる。
壇上の扉が開き、カツカツと靴音高らかに、その人物がやってきた。
燃えるような赤い髪を長く揺らし、ゆったりとした服を優雅になびかせ。
一挙手一投足が余裕を持ち、時の流れすらゆっくりになったような錯覚すら覚える。
何も
最上の余裕というものが人間の形を取ったとしたら、彼のようになるのだろう、と思った。
その男は玉座の前に立ち、アラドたちを見下ろした後、ゆっくりと座った。
「お前たちがアガールスから来たという馬鹿どもか」
第一声がそれであった。
これほどわかりやすい罵倒などありはしようか。
怒りが先走り、立ち上がりそうになるグンケルを、アラドが片手で制した。
「馬鹿とはご挨拶だな、紅蓮帝」
「馬鹿は馬鹿だろう。我に謁見するために、アガールスの筆頭領主がやってくるというのだ。我らはつい先日まで、戦でやりあっていた人間同士だぞ? 正気の沙汰とは思えまい」
「それは本国で耳が痛くなるほど聞いたさ」
「ふふ、アガールスにも少しは賢い人間がいるのだな」
なるほど、ルヤーピヤーシャの体現のような人間であった。
紅蓮帝は多くのルヤーピヤーシャ人と同じく、アガールス人を見下しているのである。
実際、紅蓮帝は神人。そのスペックだけ比較すれば、アガールス人とは格段に差がつくであろう。
だが、普通の感覚ならばそんな発言をする場ではない。
アラドはアガールスの筆頭領主。そんな人間を開口一番に侮辱したなら、それはもう宣戦布告にも等しい行為だ。
抑戦令を発布した人間とは思えない所業である。
「俺を挑発しても何にもならないぞ、紅蓮帝。今日は本当に、アンタと話をしに来ただけだ」
「ふん、挑発ととらえる程度の感性は持ち合わせているのだな。よかろう、ならばまずはお前の身を
不遜な態度を崩さない紅蓮帝に対し、アラドも
紅蓮帝の要求に対し、アラドは周りを確認した後、帯びていた剣を手に取る。
鞘ごと掲げて、ゆっくりとその刀身を抜く。
「……なるほど」
「
「刀身に刻まれた術式、その剣に宿す魔力。本物のようだな」
アラドが持っていたのは、旅の途中で帯びていた剣とはまた別のモノ。
アガールスから大切に持ってきていた荷物の中の一つ、筆頭領主の証とも言える宝剣であった。
銘をウィリスリア。白剣と冠をいただく通り、真っ白な刀身は、白磁のように美しい。
その名はルヤーピヤーシャにも届いており、白剣はアガールスでも重要な場にしかお披露目されない、特別な儀礼剣である。それがアラドの身の証として、充分すぎる効果を持つことも当然理解していた。
「伝説の武器、
「帝のお眼鏡にかなったのなら恐悦至極。……それで、話は聞いてもらえるのかね?」
「良かろう、貴様をアガールス筆頭領主、アラドラド・クレイリウスと認める。今後の発言は貴様がアガールスを背負ったものとして受け取る。良いな?」
紅蓮帝の目が
アラドに圧をかけているつもりなのだろう。
これ以降、不用意な発言は国交に係わる。
今までのふざけた態度も、ここまでは見逃してやるが、今後はそうはいかんぞ、と。
「いやー、助かる。白剣だけじゃ足りないとか言われたら、どうしようかと思った」
しかし、アラドはその態度を改めなかった。
「……聞こえなかったか、アラドラド・クレイリウス。貴様を筆頭領主として扱うと言ったのだが……」
「聞こえたよ。これで話を進められる、ってことだろ」
「事の重大さを理解する脳は持っていないのか? 貴様はこの紅蓮帝を前にして、そのような振る舞いで良いと思っているのか?」
「いけないとでも?」
ピリ、と謁見の間が張り詰める。
カーペットの横に並ぶ兵士が、槍を握る手に力を込めたように感じた。
不敬を働けばすぐに打ち首に出来る。紅蓮帝はそう言っているのだ。
そしてアラドの態度は、帝に対する態度ではない。
しかし、アラドの方も改めるつもりはない。
「先ほど、アンタが確認した通り、俺も国を背負ってここに来ている。国の連中の尊厳を守るためにも、アンタに必要以上にへりくだるつもりはない。国の誇りを背負うというのは、そういうことだろう」
「貴様はこの紅蓮帝に、何かを
「勘違いするなよ、紅蓮帝。俺は話をしに来ただけだ、と言った。お願いをしに来たつもりは一切ない」
両者一切退かず。
張り詰めた空気の中に気まずい沈黙が訪れる。
それは誰かが一つ、深呼吸をするだけの短い間である。
だが、グンケルとワッソンにとっては、とてつもなく長い時間に感じられた。
沈黙を割ったのは、吹き出したかのような小さな笑い。
「ふ、はははは! 今代の筆頭領主は馬鹿だ馬鹿だと聞いていたが、これほどまでとは」
たまらず笑い声を上げたのは、紅蓮帝であった。
「貴様、我がそのつもりなら、すぐにも戦が始まるところだぞ。わかっているのか」
「まさか紅蓮帝ともあろう人が、自ら布いた抑戦令を、その場の勢いで
「初対面である我を、貴様が値踏みしたと?」
「言葉通りに受け取ってくれ。これは信頼だよ」
アラドは腹芸が得意ではない。
ゆえに、その言葉に含みがあることは少ない。
今の言葉も、本当に額面通り、紅蓮帝が抑戦令を反故にするはずがない、という信頼を元に行動したよ、という以上に意味を持たないのだ。
アラドの目の前にいた文官が、呆れたように彼を見ていたのを、グンケルもワッソンも見逃さなかったが、気持ちはわかる。
「くく、なるほど。太刀雄とはよく言ったものだ」
紅蓮帝はひとしきり笑った後、呼吸を落ち着けてひじ掛けをポンと叩く。
「良かろう。アラドラド・クレイリウス。その『話』とやら、聞かせてみよ」
どうやら会談の状況は整ったようだ。
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