29ー1 問答の行方 1

29 問答の行方


「なるほど、」

 アラドの話をあらかた聞いて終わり、紅蓮帝はふむと唸る。

「つまりお前たちアガールスは、領土内でゴタゴタはあったけれど、それはルヤーピヤーシャへ侵攻するための準備などではなく、事件は穏便に解決された、と。それだけのために筆頭領主を派遣したというのだな」

 改めて確認してみればおかしな話だ。

 自国内での事件を穏便に解決した。貴国への攻撃意思はない。

 たったそれだけを伝えるために、国のトップが元敵国へと渡り、危険を冒した。

「そんなもの、別の誰かを特使として派遣するなり、通信機とやらで伝えるなりすれば良かった話だ。どうして貴様自身がここへやってくる?」

「通信機の機能は国境を越えられない。これは国境に敷かれた妨害魔力によるものだ。そのため、通信機は使えない。そして俺自身がここへやってきたのは、俺が国では役に立たないからだよ」

「筆頭領主が役に立たん、と?」

「平時は特にな。俺は戦馬鹿だから、戦以外の事にはとんと向かないんだ」

 それはアラドの副官であるフィムも認める所である。

 アラドの頭は悪くない。だが、その機転の良さは荒事ばかりに向けられている。

 また裏表のない実直な性格は政には向かず、クレイリアの政務官はいつも冷や冷やしているとかなんとか。

 逆に戦であれば状況に応じた戦術を用い、あらゆる戦況を凌いできた名将となる。

 アガールスとルヤーピヤーシャの国境付近では、クレイリア軍の強さは語り草になるぐらいである。その知名度にアラドの貢献度はかなり関わってきていた。

 また、今回のような外交にも案外向くようで、素直な性格は相手の神経を逆なでる可能性はあるが、ハマれば適役とも言えよう。

 紅蓮帝相手の場合は、功を奏したようだ。

「まぁ、納得できなくはないな」

 この短時間でアラドの人となりの一端を理解したらしい紅蓮帝。

 アラドの言葉に偽りはなさそうだと判断したのだろう。

 だが、紅蓮帝の傍に控えていた初老の男性の目は鋭かった。

「……ジャルマンドゥ、何か言いたげだな」

「帝のご判断に異論など挟むつもりはありません」

「良い、申してみろ」

 紅蓮帝の許しを得て、ジャルマンドゥと呼ばれた男性は一歩前に出る。

「アラドラド殿、階上よりの言葉をお許しいただきたい」

「いちいち降りてくるのも面倒だろう。そこからでいい」

 アラドは一応、紅蓮帝が認めた人間である。帝の臣下であるジャルマンドゥも敬意を払うべきである、という前置きであった。

 だが、アラドはそれを面倒くさいと一刀両断する。

 紅蓮帝は小さく口元をゆがめたが、ジャルマンドゥの目には一層鋭さが宿る。

「話に聞いた事件とやら、アガールスの諸領主が軍を動かすほどに大規模なものであったと聞いております。それを穏便に解決したというのはどういうことでしょうか」

「どうもこうも、拡大解釈が過ぎたという話だ。ルヤーピヤーシャはラスマルスクを領土に持っているからわからないかもしれないが、俺たちアガールスの民は魔物なんてものに触れたことはない。それが突如発生してみろ。大騒ぎになるだろ」

 アガールスで発生した魔物事件。

 あれが本当に小規模なものだったとしても、アガールスはてんやわやの大事件として扱っただろう。

 何せアガールスで魔物を確認するのは、神代から今までの間で初めての出来事である。

 話には聞いていたが実際目の当たりにするのは初めてとなる異形を見て、大騒ぎするなという方が無理だろう。

 仮にアガールス西部の極小さな範囲で、極少数が確認されたのだとしても、魔物の残党がいるかもしれない、と軍を挙げての大捜索になった可能性はある。

 原因究明や再発防止のために魔術師が大量に動員されるのも想像に難くあるまい。

「今回は比較的小規模な事件に収まったが、詳しい原因はまだ不明だ。今後、再発する可能性は充分にある。軍を動員して解決に当たるのは当然ではないか?」

「魔物の発生原因は、アガールスの西岸にある孤島から噴出した瘴気が原因と伺いましたが、それを噴出させたのが馬軍領域の僧侶である可能性は?」

「彼らとてアガールスの一員だ。自国内で大事件を発生させる理由がどこにある?」

「例えば、魔物を操る術を発見したとか、もしくはその術を確立するための過程で起きた事件の可能性などは?」

「魔物を操る、なんてことが出来るのか?」

「書物によれば、古に語られる魔王や千年魔女には可能であったと」

「仮にそんな術を開発できるのだとすれば、神槍領域の総魔権僧の方が可能性が高いだろう」

 何せ、馬軍領域を預かる大権僧ブルデイムはバリバリの武僧である。

 先代も先々代も武僧が治めている馬軍領域では、魔術の研究はあまり盛んではない。

 フィムやベルディリーなどの有能魔術師が重宝されるのはその辺が理由である。

 そんな馬軍領域よりは、魔術の総本山である神槍領域、そして取り分け魔術の才能と実力を持ち合わせている総魔権僧の方が魔術開発力は高いと言えるだろう。

 もし魔物を操るような術法があるのだとすれば、それを発見するのは神槍領域の方が先のはずだ。

 そういえば、新たな魔術という話題で思い出したことがあった。

「それで思い出したが、俺たちがここに来るまでに奇妙な現象に出くわした」

「光塵ですかな」

 事件のあらましは先に宮殿に戻っていた従者などから聞き及んでいたのだろう。

 ジャルマンドゥにも紅蓮帝にも、光塵の件は耳に入っていた。

「俺たちの被害は最小限で済んだが、もしあれで大怪我なんかしたら、どう責任を取るつもりだったんだ?」

「ルヤーピヤーシャでは光塵を自然災害と位置づけております。いくら魔術の開発が進んだ現在とはいえ、天災を回避するような大規模魔術は相当な難易度」

 ベルディリーが使った嵐を呼ぶ魔術は三重詠唱による超高等魔術である。

 彼女は一人であの魔術を運用したが、それも用いた魔法陣や特注の杖、大型の魔力結晶などによる事前準備があってこそである。

 急に発生した光塵へ対応するのは、ほぼ不可能に近いだろう。

「加えて光塵の被害は長い間報告されておりません。すでに決着したものと思っておりました。貴殿らには申し訳ありませんが、仕方なかった、と割り切っていただくほかありません」

「紅蓮帝も同じ意見か?」

「当然だ。我がその場にいれば即座に解決してやったろうがな」

 自信満々な態度は崩さないが、紅蓮帝であっても『その件はこちらに非はない』というスタンスらしい。

「あれはルヤーピヤーシャが独自に開発した魔術、というわけではないんだな?」

「我が貴様らを手にかけようと思ったのならば、もっと上手くやる」

「……そうか、ならいい」

 光塵の件をダシに、倭州へ渡航する手段を引き出してやろうと思ったのだが、それは上手くいかないようだ。

 確かに、これが光塵ではなく、例えば急な土砂崩れに巻き込まれて仲間が一人死んだ、と言われても、お悔みは申し上げても責任までは取れないか。

「話の腰を折ってすまなかった。ジャルマンドゥ殿から他に何か質問は?」

「……いえ、分不相応に口をはさんでしまった事、お詫びいたします」

 アラドに一度、深く礼をした後、ジャルマンドゥは帝に向き直って膝をつき、こうべを垂れる。

「紅蓮帝、アガールスとの境にてバルザール将軍が血気に逸っていると聞いております。アラドラド殿の話す通り、アガールスは今も健在。抑戦令の堅守のためにも戦端が開かれる前にかの将を抑えておくべきかと」

「バルザールが我が令に背くとでも?」

「バルザール将軍ほどの忠臣であっても、わずかなきっかけでほころびが生じる可能性があります。前線の兵には御しきれぬ心境というのもございましょう。その心をなぐさむためにも、どうか」

「……よかろう。人選は貴様に任せる。バルザールを慰問いもんし、抑戦令の堅守を申し渡せ」

「ありがとうございます」

 紅蓮帝の許しを受け、ジャルマンドゥはもう一度頭を下げた後に退場していった。

 早速仕事に取り掛かるということだろう。

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