24ー2 もう一人の賢者 2

 ミーナの横槍にも決着がついたので、リュハラッシは一つ咳ばらいを挟んで話を本筋に戻す。

「現在の神火宗では強力な魔術、複数種類の魔術を操れる魔術師が重宝される傾向がありますから、魔力炉の質は魔術師としての格に直結しているわけです。そして羽織りの刺繍で位を示しているように、神火宗では上下関係を大事にしますから、格下の魔術師に魔力を貸与することはあまりありませんね」

 逆に格下の魔術師から魔力を移譲しようとしても、格下は技量も相応に低い事が多いため、先述の移譲摩擦によってまともに魔力を得られない。

 こうして魔力の移譲という手法は現実味を失っていったわけだ。

「じゃあ先ほど挙げたように、複数人の高位の魔術師が同一の術式を発動させることは?」

「複数人で一つの魔術を使うのは、それはそれで各個人の技量と高い連携を必要としますからね。人数が増えれば比例して難易度が激増します。人間を生み出すほどの高等魔術であれば、五人も集まってしまうと現実的ではないでしょうな」

 魔術というのは一人での使用でも暴発の可能性を含む技術である。

 正しく成立させるためには、正しい作法を守る必要があり、そこには思ったより精密な技術を必要とする。

 ゆえに、魔術を扱うには神火宗での修行が必要となり、魔術師というのはアスラティカで一定の地位を得ているのである。

 神火宗ではヒラと言っているミーナですら、ルクスの故郷の村では様付けで呼ばれて尊敬されていたぐらいに、市井しせいでの魔術師というのはある程度の権力者として扱われる。

 そんな特殊技術である魔術は、難易度が高いがゆえに協力して単一の魔術を行使することに向いていない。

 たとえ二人であったとしても、その息を完璧に合わせて同じ作業をするのには、長い長い訓練が必要になるだろう。

 それが現実的ではないため、魔術を複数人で行使することは、あまりポピュラーではない。

「でも、先ほど森の中では多数の魔術師が協力して魔術を使用していたように見えましたし、神槍領域へ来る道中では、亡霊たちが同一の魔術を使用していました」

「あ、それはですね。協力しているのとはちょっと違うんですよ」

 鎮波姫が抱いた疑問には、ミーナが返答する。

「鎮波姫さんが挙げた二つの例は、どちらも『一つの魔術を複数人で組み上げた』というわけではなく、『同一の魔術を各々が使用した』だけなんです。結果として強力な単一魔術のように見えたかもしれませんが、実は一つ一つは独立しているんですよ」

 想練の森で魔術師たちが天駆に向けて発動させた魔術も、亡霊たちが鎮波姫を捕えるために使用した風の魔術も、どちらも矢の斉射のようなものである。

 同じ魔術であっても複数のモノを同時に放てば相応の結果が得られる。

 対して単一の魔術を複数人で使用するというのは、弓矢に似たモノで例えるならば巨大なバリスタを複数人で運用するようなイメージである。

 巨大バリスタで巨大な杭を打ち込めば、敵に多大なダメージを与えることは可能である。それこそ弓の斉射と同等と言えなくもないだろう。だが、それにはバリスタを運用するための技術と知識、そして高いチームワークが参加する全員に必要とされる。

 各々の弓の技術で勝負できる斉射よりも難易度が高いのは、必要とされるスキルの多さが物語っているだろう。

「つまり……あの時、破幻様が征流の力を使う時に詠唱を手伝ってくださったのは……」

「私もお話を聞いていて、ちょっと驚いてました。凄い魔術師がいるんだなぁ、と」

 鎮波姫が記憶を反芻している横で、ミーナも乾いた笑いを浮かべていた。

 倭州から逃れてきた鎮波姫がルヤーピヤーシャから脱出する際、征流の力を使う時に破幻が詠唱の手伝いをしていたが、あれは実は離れ業だったのである。

 彼は何の苦も無く成し遂げていたように見えたが、彼の力量が卓越していたからこそ出来たものであった。

 それも総魔権僧リュハラッシの元となった人間であるとすれば、納得できるだろうか。

「鎮波姫様に納得いただけたところで、もう一つ難点を挙げましょう」

 閑話休題、といった感じでリュハラッシが話を再開させる。

「人造人間を作り出すために使用された魔力は、作り出された人造人間が死亡するかそれに準じる状況にならなければ術師に還りません。その間、術者は魔力を失ったような状態になり、それを魔術師は忌避するでしょう」

 通常、魔術に使用された魔力は、世界に影響するために使用され、不活性化し、空気中に拡散、呼吸によって生物に取り込まれ、魔力炉に放り込まれ再活性化し、魔力炉が発生させる魔力となる。

 そのルーチンが完了するのに、だいたい一晩を要する。

 だが人造人間を作り出すのに使われた魔力は、そのまま人造人間の維持に回される。

 術者が持つ魔力炉が発生させた魔力は、人造人間の方へと即座に回され、その身体の維持などに使われる。

 結果、人造人間が生きている間は、魔術師は体内の魔力をごっそり無くし、まるで一般人と変わらない状態になってしまうのである。

 魔術師とは神火宗での厳しく長い修行を経て得られる称号で、人々に称賛され、重宝されるべきものだ。更に、魔術師にとって魔力の多寡は格に直結するというのも確認した通り。

 それを得た人間は、そうやすやすと魔術師の地位や特権を失いたくはあるまい。

 加えて、人造人間は三人の魔術師を廃人にするほどの魔力が必要なのである。

 三人の意思を統一し、その全員に命を投げ打たせた上、よしんば助かったとしても魔術師としては活動できない、となれば賛同する人間は皆無だ。

「そのほかにも色々と問題はありますが……理由に関してはこれ以上論わなくても充分でしょう。本題は別なのですから」

 人造人間の魔術に関しての講義はこれくらいにし、リュハラッシは話題を次に進める。

「破幻は何とか魔力を捻出し、自分の分身としての人間――つまり私を作り出しました。これには蓮姫を欺くという目的が多分に含まれています。ほとんどの魔力を失った破幻本人は、蓮姫の網に引っかかりにくくなるでしょうから」

「総魔権僧殿が破幻様に似ているのは、分身であるから、ということですか?」

「ええ、私には破幻の容姿と人格、磨かれた技術と高い魔力が受け継がれています。結果、今の破幻にはそれほど大きな力は残されていませんがね」

 そんな状態で鎮波姫のルヤーピヤーシャ脱出に助力をしてくれたとなると、本当に感謝しかない、と鎮波姫は改めて破幻に対し、頭の下がる思いだった。

「しかし、破幻殿と外見を似せる必要は、本当にあるんですか? 全くの別人として作っても問題なかったのでは?」

「永常殿の疑問ももっともです。実は、人造人間というのは難儀なもののようで、破幻と同じ程度の魔術師である人間を作るには、破幻に大きく似せなければならないようなのですよ。それこそ肉親であると疑えるくらいにね」

 人造人間の魔術は未だに不明瞭な部分が多い。

 何せ、現在でもその術を使っているのは破幻くらいであろうし、研究者など一人もいない。

 破幻が手探りで神業のような人造人間の魔術を紐解き、実用化させ、研究を続けた結果、リュハラッシが生まれた。

 そこには偶然や奇跡に近い現象も含まれていただろうし、破幻自身ですら全容を把握しきれていないのだそうな。

「そんな不完全な術で、リュハラッシ殿は大丈夫なのですか?」

「もしかしたら、私の身体は明日にでも消えてしまうかもしれません。または精神が崩壊し、全く別人格となっていたり、急に魔術が使えなくなる可能性もあるでしょう。ですが、私が生まれてこの方、そのような危険は起こりませんでした。ならば、私という存在を利用しない手はないでしょう」

「……意外と綱渡りなのですね」

「蓮姫は得体の知れぬ人物ですから。博打ばくちを打たねばならない事も多々あります」

 大敵を前に賭けに出なければならない状況というのはよくある話であろう。

 だが、破幻という男がそれほどの博打打ちだとは、実際に会った事のある鎮波姫や永常からしてみればちょっと意外だった。

 もっと確実な手段を取る人間のように見えていたが、人間というのは見かけによらない。

「それに、結果として外見を似せたことが良い面にも働きました」

「というと?」

「鎮波姫さまが私を見て破幻の事を尋ねたように、両者の顔を知っていれば我らの関係に疑問を持つはずです。それを前提にしてください」

 リュハラッシは前置きをしつつ、話をつづける。

「蓮姫は破幻を上回る程の占術があります。それは未来予知に近い術であると、私は認識しています」

 それは破幻も言っていた通りだ。

 破幻は鎮波姫が倭州を脱出し、その後にどこへ流れ着くかをビタ当てした程の占術を持ち合わせる。

 だが、そんな破幻をもってして、自分を上回ると言わしめるほどの占術を、蓮姫は持っているらしい。

 そんな高度な占術を蓮姫が体得しているのが事実であれば、それこそ未来予知と言っても過言ではあるまい。

「そんな蓮姫が破幻のことを追い切れていない。もしくは、追ってすらいない。それはおそらく私と破幻の間にある関係を把握しきれていないからでしょう」

 蓮姫にとって神火宗の総魔権僧というのは、一定の脅威度を持つ存在だろう。

 龍戴からの情報で、蓮姫は神火宗と敵対している事は半ば確定事項だ。

 そんな神火宗の重要なポストである総魔権僧は、簡単に排除できるならばそうしたいに決まっている。

 そして、総魔権僧であるリュハラッシは、破幻が魔術で作り出した人造人間。

 魔術は通常、術者が死ねばその現象を維持していられない。今はほとんど一般人である破幻を殺すことで、リュハラッシは簡単に排除することが出来る。

 総魔権僧と正面から戦うよりも、魔力を失った破幻を殺す方が遥かに楽である。

 ならばそれをしない手はない。

「時期を見計らっているだけでは? 決定的な機で破幻殿が殺されれば、総魔権僧を急に失った神火宗に、強烈な打撃を与えられる。それを待っているだけなのかも」

「であるとすれば、破幻の周りには、その動向を探るために蓮姫の手勢が監視についているでしょう。ですが、破幻からそういった報告は来ていません」

 永常の推論にリュハラッシが反論を返す。

 タイミングというのは流動的で、一定ではない。機を窺っていざその時を迎えた瞬間、すぐに破幻を殺せなければ意味がない。

 であればすぐに実行に移せるよう、破幻の周りには蓮姫の手下がいてもおかしくはないはず。

 だが現在、そんな様子はないらしい。

 その言葉に、鎮波姫が小さく首を傾げた。

「破幻様とは、いつでも連絡が取れるのですか?」

「ええ、そういう術式が、私が作られる時に埋め込まれています。詳細な情報のやり取りは難しいですが、破幻に危機があれば、すぐにわかります」

 タイミングを見計らっている、という可能性は否定できないが、破幻の周りに蓮姫の手勢がいるとすれば、破幻から何かしらの合図があるはずである。

 それすらもないとなれば、蓮姫は破幻に対し、特に何も手を打っていないということとなる。

「これは楽観ではなく、現実的な推論として、蓮姫は私と破幻の関係には気付いていないでしょう。破幻の存在は、鎮波姫様を助けた時に気付かれたと思って間違いありません。しかし、それは『どこぞの木っ端魔術師が鎮波姫を助けた』程度にしか捉えられていないと考えられます。なぜならば、破幻はまだ生きているから。その証拠が私が未だ存在している事です」

「破幻様に何かあれば、あなたも消える、ということですね?」

「その通り。私は所詮、破幻に作り出された存在です。術者がいなくなれば、術を維持する事が出来ずに、まもなく崩壊するでしょう」

「あなたがそうなっていないということは、破幻様は今もご健在でいらっしゃるし、蓮姫は破幻様のことを軽んじている。取るに足らない存在だと思っている、ということ」

 破幻の周りに監視用の手下すらおいていないとなれば、路傍の石程度にしか扱われていないのだろう。

 鎮波姫たちを助けた後すぐに破幻がすぐに潜伏を再開したのは、正解だったということだ。

「あ、あのすみません」

 話の途中であったが、ミーナがおずおずと手を挙げる。

「ちょっと休憩しませんか? なんか、頭の中がごちゃごちゃしてしまって……」

「そうですね。一度休憩を入れましょう。お茶を用意します」

 頭痛すら覚えそうなミーナの顔を見て、リュハラッシは苦笑しつつ、部屋に備えてあったお茶のセットで人数分のお茶を用意してくれた。

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