25ー1 展望 1
25 展望
「さて、ここまでの話で、私と破幻の関係については説明出来たと思います。ここからは今後の話をいたしましょう」
お茶の休憩を終えた後、リュハラッシは改めて話をつづける。
「蓮姫が神火宗に対して行動を起こしたということは、敵陣営に何かしらの変化があったということです。そしてそれはアガールス、ルヤーピヤーシャ、倭州、ラスマルスク……世界各地で起きた事件に関係している」
「世界各地で何かが起きているんですか?」
「ええ、アガールス出身であるミーナ修士やルクスくん、倭州出身である鎮波姫様や永常殿は、その土地で起きた事件について詳しいでしょう」
そう言われてお互いに顔を見合わせる。そしてすぐに思い当たる節があった。
アガールスで起きた事件というのは、謎の瘴気発生と魔物の大量発生の事。
倭州での事件とは金象の蜂起の事。
だが、それはちょっと納得がいかない、と永常が立ち上がる。
「ま、待ってください。倭州で起きた金象の蜂起は、裏で蓮姫が動いていたという証言もありました。それはわかります。ですが、アガールスの方は人為的に起こせる事件を逸脱しているでしょう」
「永常殿のいう通り、アガールスで起きた事件というのは、人間が起こすのには大規模すぎる。いくら蓮姫が強力な魔術師であったとしても、大量の瘴気を発生させ、拡散と凝縮を操り、魔物の大挙を実現させるなど、普通は不可能です」
「ならば……」
「そこには当然、種も仕掛けも存在している、ということです」
永常の反論を封じつつ、リュハラッシは一冊の本を取り出す。
その中のとあるページを開き、全員に見えるように置いた。
「これは神火宗でも禁書とされるものです。ここでお見せしているのは、他言無用でお願いします」
「だ、大丈夫なんですか、見ちゃっても……?」
「本当はまずいですが、あなた方には協力していただかなければなりませんからね」
そういって笑うリュハラッシは、どこか子供がいたずらをするような軽々しさが感じられる。
本当に大層な地位に座っている人間なのか、と疑いたくなるくらいだ。
そんな視線に気付いていながら無視しつつ、リュハラッシは話をつづける。
「ここに書かれているのは、かつて魔王と呼ばれた存在が封じられた場所です」
「魔王……!」
その言葉を聞いて、ルクスは少し緊張を走らせる。
彼の中の存在も、少し動揺したような気がした。
「書物によれば、魔王は魂と肉体を分離され、誰にも知られないような場所へ封印されたとあります。その場所というのが、アガールスの西方の孤島と、倭州」
「えっ! そんな!」
その言葉には倭州出身の二人はもちろん、ミーナも驚きであった。
何せ、魔王は神代にまで遡らなければ存在せず、倭州はつい最近発見されたはずなのである。
それではつじつまが合わない、とミーナは首を振る。
「あ、ありえませんよ! 倭州とアスラティカの交流が始まったのは数年前からです! 魔王が倭州に封じられているなんて……」
「神火宗の研究者も、そう考えていました。実際、書物には『遥か東の海』としか記述されていません。だからこそ、アスラティカの東方の海を探索し、海魔に襲われながらも魔王の封印された場所を探し続けていたのです。しかしそれは徒労に終わった。アスラティカの東方の海にそれらしい島などなかったのです。強いて言えば、東の海に浮いている陸地は倭州のみ」
「それは……」
「そもそも、魔王が存在したのは神代。魔王を封印するのに神の力を借りたのだとすれば、人間が倭州の存在を認識せず、神が独断で倭州に封印したというのも考えられる。その場合、アスラティカと倭州の交流が近年までなかったことにも説明が付きます」
「龍戴様は、人間のみで封印したようにおっしゃっていた気がしますが……」
「龍戴様にも立場がありますからね。下位の僧侶であるミーナ修士や部外者であるルクスくんに、全て真実を伝える事は難しかったのかもしれません」
そう言われて、ルクスの目が捉えていた『色』を思い出す。
龍戴はあの時、何かしらの嘘をついていた。そういう『色』をしていたのである。
その嘘の中に、魔王の件も含まれていたということか。
「ともかく、書物が真実であるとすれば、遥か東と遥か西に分けて、魔王の魂と肉体が封印されました。その魔王は魔物を生み出し、操る力を持っていたとされます。おそらくそれは瘴気の発生に繋がる術なのでしょう」
「で、ですが、魔王が封印されたのは数千年も前の話です! 魂も肉体も朽ち果てているはずでは!?」
「普通に考えればそうです。ですがおそらく、それを確認したものは一人としていません」
詭弁のようなリュハラッシの言葉に、しかし誰も反論できなかった。
魔王の封印された土地というのはこれまで広く知られていなかった。おそらく、アガールス西岸の漁村の住民であっても、孤島に魔王が封印されているのを知ることはなかっただろう。
だとすれば、孤島へ渡り、魔王の魂や肉体が今どうなっているのか、というのを確認することもなかっただろうし、それらが朽ちているかどうかは闇の中だ。
それに加えてアガールスで起きた原因不明の瘴気の発生。未曽有の事件で原因がわからないとなれば、人知を超えた存在の関与も考えられる。
「……つまり、アガールスの東の海に封印されていた魔王を復活させれば、その影響で瘴気が発生し、魔物が生み出される可能性がある、ということですね?」
「本当にルクスくんは賢い」
それはリュハラッシの言外による肯定であった。
「蓮姫は何らかの方法により、魔王が封印されている場所を突き止めた。そして魔王の封印を解くことで瘴気の大量発生を引き起こし、アガールスを混乱に陥れたのです」
「あ、そうか。蓮姫が『現代の千年魔女』を自称しているのってもしかして……」
「魔王復活を企んでいるからかもしれません」
過去に魔王を操っていたとされる千年魔女。
蓮姫が千年魔女を自称するのには、意味があったということだ。
これまでのいくらかの断片的な情報が、少しずつ繋がっていく。
同時に、ミーナの記憶がフラッシュバックする。
「そうだ、あの時、ボゥアードはルクスくんを『魔王の器』と言っていた。つまりそれって、ルクスくんを魔王にしようとした、ってことよね?」
「そのボゥアードという人物が蓮姫に与していたとなれば、瘴気の発生にも関わっていたでしょう。魔王が封印されていた場所や時期についても詳しかったに違いありません」
「でも、何故か失敗した。……そして経過を観察するとも言っていました。つまり、ボゥアードはまだ諦めていない。二の矢、三の矢があるということでは?」
「もしかしたらそれが、遥か東の封印を解くこと、なのかもしれません」
アガールスの封印が解かれたことにより、ルクスの中には魔王を自称する謎の声が宿った。
今度、東の封印が解かれた時には、どうなるかはわからない。
もしかしたら、本当に魔王に身体を乗っ取られ、ルクスが魔王として現代によみがえってしまうかもしれない。
「ルクスくんに竜眼を施したのは、魔王の身代わりとして身体を使うためだったのね……」
「竜眼は施した後でなければ適合するか否か、判別がつきにくい魔術です。ほとんどの被術者は適合せずに魔物化したり、そのまま死亡してしまったりする。ボゥアードとやらはおそらく、アガールスで多くの人間に竜眼を施していたでしょう。魔王の器となりうる人間の発見率を上げるために」
「……そんな中で、竜眼を宿したまま、十年も生き残ったのがルクスくんだった。だからルクスくんを魔王の器にしようとしたんだわ」
神火宗の長い歴史の中でも、竜眼に適合したのはルクスが第二例である。
ボゥアードはルクスを見つけた時、狂喜したであろう。
そして、ルクスが竜眼に適合したのを確認したことで、魔王復活の計画が動き出したのだ。
「次に蓮姫が狙うのは東の封印の解除。その封印がもし倭州にあるのだとすれば、倭州で起きた内乱にも何か意図があるのでしょうか?」
「倭州が混乱すれば、暗躍するのも楽になるでしょう。もしくは蓮姫陣営も封印の詳しい場所はわかっていないのかもしれません。それを安全に、効率的に探索するため、自分たちの手駒とした人間に倭州を支配させる手を取ろうとしたのかも」
金象は確かに、蓮姫の存在を知っており、その
倭州の実権を蓮姫に握らせ、魔王復活をスムーズに進行するための策だった可能性は大いに考えられる。
一連の話を聞いて、スケールの大きさにミーナはため息をついた。
「アガールスでの瘴気発生と倭州の内乱……こんなに離れた土地で起こった事件なのに、無関係ではなかったんですね」
アガールスと倭州は、ほとんど交流はしていなかった。
間にルヤーピヤーシャと大海原が挟まっている関係上、直接の交流というのは難しかったのである。
にもかかわらず、その二つの土地では共通する敵を持った事件が起きていた。
その途方もない事件に驚きつつ、蓮姫のスケールの大きさに
だが、驚き慄いているばかりではいられない。
「これから我々がするべきことは二つ」
気を取り直すように、心持ち大きな声でリュハラッシが話を元に戻す。
「早急に倭州の内乱を治め、鎮波姫様が健在であることを示し、蓮姫とそれに与するものの動きを封じ込める」
それは鎮波姫たちにとって、現状での最大目標であると言っても良い。
彼女らの目的は自分たちを騙し、白臣を殺した金象、そしてそれを裏で操っている蓮姫に対する復讐である。
そのついでに倭州が平定できるのであれば、それも成し遂げて見せよう。
「そして、魔王の封印が倭州にあるとすれば、それを押さえて何人も近づけないようにすることです」
仮に蓮姫の目論見を事前に止められたとしても、今後、蓮姫と同じような人間が現れないとも限らない。
そうなった時にまた魔王復活なんて事を思いつかないよう、封印は厳重にしておいて損はあるまい。
「このどちらか一方、欲を言えば両方を達成できれば、蓮姫の野望は潰えるでしょう」
「しかし、どうすれば……?」
「問題はそれです。実現するための手段」
言葉にしてしまえば、目標は簡単なものであった。
だが、それを実現させるためにはいくつもの問題が存在している。
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