24ー1 もう一人の賢者 1

24 もう一人の賢者


「捕獲した天駆てんぐは魔術研究棟へ。丁寧に扱ってくださいね。貴重な魔物ですから」

 事態が収束したのちに現れた男、総魔権僧リュハラッシの指示で、てきぱきと事後処理が行われていく。

 想練の森で起こった一連の出来事の検証が行われ、捕らえられた天駆は魔術の鎖でぐるぐる巻きにされながらも、神槍領域の魔術師が集う魔術研究棟へ運ばれていく。

 それらすべて、集まっていた魔術師や武僧によって行われ、何の滞りもなく解決されていくのだから、日々の訓練のたまものというやつなのだろう。

「さて」

 指示を出し終えたリュハラッシは、一所に集められたルクス、ミーナ、鎮波姫、永常の四人へ向き直った。

「あなたたちには色々とお話を聞かせてもらいましょう」

 今回の事件の中心にいた人物である鎮波姫と永常への事情聴取は間違いなく必要で、客人であるルクスとミーナも『どうしてここにいるのか』という話を聞かねばなるまい。

 龍戴から話が通っているのだとすれば、リュハラッシもルクスとミーナがここにいるのはおかしいと思うだろう。結局、ミーナが危惧していた『怒られるかもしれない』というのは現実になってしまうということになる。

「ここではなんですから、一度社務所の方へ参りますか。そちらの方が落ち着いて――」

「あの」

 リュハラッシの言葉をさえぎり、鎮波姫が一歩、前に出ていた。

「……何か?」

「あなたは、破幻はげん様ではありませんか?」

 鎮波姫の問いを受け、リュハラッシは細い目を、わずかばかり見開いた。

 破幻というのはルクスとミーナも聞いたことのある名前であった。

 確か、鎮波姫と永常が倭州から逃げ延び、流れ着いた先であるルヤーピヤーシャで、二人の支援を申し出て、実際にアガールスまでの行く道を強力に手助けしてくれた人物である。

 鎮波姫も永常も、その人相には覚えがあった。

 リュハラッシは破幻と瓜二つなのである。

「破幻様ほどに魔術に長けた方であれば、神火宗の総魔権僧になっていてもおかしくはありません……。あなたは偽名を使い、神火宗に所属していたのですか?」

「破幻の事をご存知とは……なるほど、ではあなたが鎮波姫さまなのですね」

 ある種、確信をもって尋ねた鎮波姫であったが、リュハラッシの返答は婉曲えんきょくながら否定であった。

「あなたは、破幻様ではないのですか? しかし、そのお顔は……」

「ええ、困惑するのも無理はないでしょう。しかし、そのお話を含め、あまり人のいない場所のほうが都合がいい。場所を移しましょう」

 確かに、破幻は自分の存在が表立つことを嫌っていたようである。それは蓮姫という仇敵に対する警戒のためであった。

 神槍領域にも蓮姫の間者がいる、というのはエイサンの件を見ても明らかだ。

 だとすれば、確かにここは人が多すぎる。

 リュハラッシに連れられ、一行は社務所へと戻ることとなった。


****


 社務所の一室に通された一行。

 リュハラッシは近くにいた僧侶に念入りに人払いを命じた後、静かに扉を閉めて向き直った。

「さて、では何からお話ししましょうか」

「あの……」

 話をする体勢になったリュハラッシに対し、まず手を挙げたのはミーナだった。

「いまいち状況が掴めていないんですが、総魔権僧様と破幻という方は、それほど似てらっしゃるんですか?」

「ええ、本当に瓜二つと言って過言ではありません」

 ミーナの疑問には鎮波姫が答える。

 この中で破幻とリュハラッシ、どちらにも会っているのは鎮波姫と永常のみ。

 ルクスとミーナは二人から話を聞いただけである。

「他人の空似である、というわけではないんですね?」

「これほど似ている人間がいるのだとしたら、自然の神秘というのは私たちの想像を遥かに超えるのでしょう。血縁であると言われた方がすぐに納得できます」

「確か破幻さんという方も、もともとはルヤーピヤーシャの出身だと言っていたそうですね。だとしたら、本当に血縁なのでは?」

 ミーナが推論を立てつつ首をかしげるのに、リュハラッシは首を振る。

「血縁者というのは間違いです。ただ、私と破幻の容貌ようぼう酷似こくじしているのには、当然理由があります。その説明をするための前置きとして、魔物の知識について確認しておきましょう」

「魔物、ですか?」

 一見、全く関係のなさそうな話題を出されて、永常は怪訝けげんな顔を隠さなかった。

 そんな永常を気にせず、リュハラッシは話をつづける。

「皆さんは魔物が何で構成されているのか、どうやって生まれるのかはご存知ですか?」

「魔物は瘴気の濃い場所から生まれ、その身体のほとんどは瘴気を由来とする魔力で出来ている、と聞きました」

「その通り」

 ミーナの返答にリュハラッシが頷く。

 神火宗でも教えている通りの回答であり、アスラティカの常識でいえばその通りである。

 ただ、エイサンが魔物化したように例外はあるようだが、そこはこの際、横に置いておこう。

「瘴気は通常の空気よりも強い魔力を多く含み、強力な魔力は稀に淀み、そしてその中から結晶として魔物が肉体を得て動き出します。このため、アスラティカでは瘴気の中から魔物が生まれるとされています」

「それと総魔権僧殿の件と何か関係が?」

 話を急ぐ永常に、リュハラッシは笑みを向ける。

「強く関係しているのですよ、これが。重要なのは魔物――ひいては自主的に思考し、行動をする生物に近い存在が、魔力さえあれば生成できてしまう、というところです」

「つまり、リュハラッシ様は、誰かが強力な魔力で作り出した、人造人間?」

「ルクスくんと言いましたか。さとい少年だ。その通りです」

 ルクスの推論は的を射て、リュハラッシは素直に認める。

 サラリとした問答であったが、とんでもない話である。

「え、え……って事はですよ? 魔力さえあれば、どんな人間でも作り出せちゃうって事ですか!? そんなの、人道に反しますよ!」

「ミーナ修士の言う通り、これは道徳を犯す行為でしょう。痛みを伴わぬ生命の創造は、安易な人口増加を招き、世界の均衡を大きく崩すことになる。神にしか許されぬ所業でしょうな」

 もし、魔力を消費するだけで人間が作り出せるのならば、今頃、魔術師はどうにか魔力を捻出し、多くの人造人間を作り出していただろう。

 それを使って何をするのかは、可能性は多岐にわたる。

 例えば頭数を揃えることが出来れば、簡単に私兵を揃えることが出来る。

 個人の持つ強力な軍隊は、国の安定を揺るがすことに繋がる。

 もしくは他国とのパワーバランスに強く影響するだろうし、そこに魔術がかかわるとなれば神火宗の発言権はとんでもなく強力になるだろう。

 例えば人道的でない魔術実験への利用もある。

 竜眼を施され、魔物に変貌してしまったエイサンなどは、人道的ではない魔術実験の例として適当なものだ。

 ほかにも様々な危険とされる魔術の実験に消費されるのは簡単に想像できるだろう。魔術がどの程度人間に影響するのか、というのを知るのは、魔術運用に際して重要な物差しになる。

 例えば労働力の強化。

 人間が増えれば、それだけ出来ることは増える。頭数が必要な労働に対し、魔術で作られた人間を大量に動員すれば、人員不足になることは永久になくなるだろう。

 ただそれは労働力の維持に対するコストの激増というリスクも孕んでいる。上手く運用できれば事業は躍進するし、失敗したなら食糧不足などの問題を増加させる。

 そして何に利用するにしても、作り出された人間の命は軽んじられ、明らかな差別も発生する。

 様々なメリットとデメリットを有する人造人間。

 そのバランスを保つのには人知を超えた感覚が必要となるだろう。それこそ神と呼ばれる存在のような。

 そして現実、そのような事態は起こっていない。

「私を生み出した魔術は、それほど簡単なものではないのです。ゆえに、この魔術が普及することはなかった」

「人道以外にも何か問題が?」

「そもそも、必要とする魔力量が膨大すぎます。人造人間を作り出すのに数十年単位で魔力を練り上げるか、概算して魔術師三人を完全に再起不能にするほど魔力を抽出しなければなりません。一人を作り出すのに、三人を廃人にしていては計算が合いませんし、数十年を魔力の練成に当てるのならば、ふさわしい人間の育成の方が自然です」

「何か代用……例えば、数十人単位で頭数を揃え、複数詠唱を行うとか、魔力をちょっとずつ募るという方法ではいけないのですか?」

「良い質問です。後者の例からお答えしましょう。魔力の貸与、という形ならばそれほど難易度は高くありませんが、その際には移譲摩擦という現象が発生し、魔力を渡す側の技量が高くなければまともに魔力の貸与が出来ません」

 移譲摩擦というのは、魔力を受け渡す際に発生するロスの事である。

 魔力は空気中に拡散する性質を持ち、魔術として発動したとしても、発動した瞬間から術式として編まれた魔力は拡散し続ける。

 それが実質的な射程距離と繋がっているため、強固な術式で編みこまれた魔術は長射程を持ち、逆に雑な術式であれば短射程となる。

 術式として編まれた魔力ですら拡散を回避出来ないのに、相手に純粋な魔力を受け渡すとなると更に拡散の度合は激しくなる。

 これを上手く渡せるか否かというのは、単に渡す側の技量に因るのだ。

 技量の高い魔術師であれば魔力の拡散を最大限防ぎつつ、相手に魔力を移譲することが可能となる。

「貸与の上手い魔術師の頭数を揃えるのも難しいですし、仮に揃えられたとしても魔術師は魔力の貸与を嫌がりますからね。現実的とは呼べないでしょう」

「嫌がるのですか? それはどうして?」

「自らの持つ魔力の多寡たかというのは、魔術師としての格に直結します。生物の持つ魔力炉と呼ばれる魔力の発生器官は、一生をとおして発生量は一定ですから、その発生量が多ければ多いほど、強力かつ複雑な魔術の成立が出来ます」

 魔術の発動には当然魔力を必要とする。

 発動させる魔術が強力なものであれば術式は長大かつ複雑となる。そこに必要となる魔力も比例して大きくなるわけだ。

 そして魔術師としての上下関係を位置づけるのは、どれだけ複数の魔術を扱えるか、どれだけ強力な術式を組めるか、ということにかかっている。

 複数の魔術を扱うのは術式を組む技術と、魔術の知識に関係しているため、後天的に訓練することが可能である。

 だが、どれだけ勉強し、修行し、複雑で強力な魔術の術式を編み出せたとして、それを実現させるのは魔力。

 魔力炉の魔力発生量が少なければ、どれだけ強い術式を編み出しても絵にかいた餅というわけだ。一応、魔力の練成という方法で、一時的に発生量を増やすことは出来るが、それもやはり一時的なものであり、練成には長い時間を要する。

 結果、魔術師としての技量がどれだけ低くとも、魔力発生量が多い方が偉く、少ない方が低く見られがちになる。

「あ、でも私、聞いたことがあります。魔力結晶というものがあって、それを使えば足りない魔力を補える、と」

「おぉ、ミーナ修士は賢いですね」

 手を挙げて意見を述べるミーナに、リュハラッシは手放しで褒めた。

 だが、それも現実的ではない事を、ミーナはまだ理解できていない。

「ミーナ修士が言うように、魔力結晶というものがあれば、魔術師本人が本来は持ちえない大きな魔力を使う事も出来ます。しかし、ミーナ修士、魔力結晶というものがどうやって出来上がるかはご存知ですか?」

「え? えっと……」

「あれは地中に閉じ込められた空気、そしてそこに含まれる魔力が圧縮されて偶然出来上がる代物です。いわば宝石の一種と呼んでもよい。相応に値が張るのです」

 アスラティカでも宝飾品というものは高価で流通している。

 綺麗な宝石はただそれだけで価値を生み、さらにそれが珍しい品物であればさらに値段が釣りあがる。

 その中でも実用性をあわせもつ魔力結晶というものは、特別高価であった。

 この魔力結晶、実はベルエナでベルディリーが天候操作の魔術を使用する時に消費していたのだが、あれはとっておきたいとっておきだったのだ。

「じゃあ、やっぱり魔力は生まれ持ったものを使うしかないんですね……」

「身の丈に合わないモノを扱おうとするには、相応に対価が必要になるということです」

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