20ー2 偽りの外套 2

 龍戴はルクスに近づくと、やおら手を掲げ、自然とルクスの額に向けた。

「頭部を中心に、術式が組まれているね」

「そ、そうらしいんです。ルクスくんの額に、三つ目の瞳が浮き上がるんですよ」

 ミーナの言葉を受け、龍戴は少し目を見開いた。

「三つ目の瞳……! 本当かね、ルクスくん」

「はい。そうです」

「見せてもらえるかね?」

 そう言われ、ルクスは慎重に、第三の瞳を開けた。

 額に縦筋が浮き上がり、それが左右に分かれると、奥からギョロリと大きな瞳が姿を現した。

 それと同時、隠されていた魔力が一気に放出され、部屋の中をまばゆい光が埋めつくす。

「こ、これは! 可視化されるほどの魔力……! 間違いない!」

「何かご存知なのですか?」

「あ、ああ。もう大丈夫だ、瞳を閉じてくれ」

 このままでは落ち着いて会話もままならない。

 ルクスはゆっくりと額の瞳を閉じ、魔力の光もゆっくりと消えた。

 一通り鑑定が終わったようで、龍戴は近くの椅子に腰を下ろした。

「なるほど、この時代にこんなものにお目にかかれるとは……」

「ど、どうだったんですか?」

 期待に満ちた目で、ミーナが尋ねる。

 龍戴は一つため息をつくと、静かに口を開いた。

「竜眼と呼ばれるものだ。遥か太古に開発された、禁術だよ」

「禁術……!」

 読んで字のごとく、禁じられた術。

 神火宗の歴史の中で、数多の魔術が開発されてきたが、その中でも特別効果が危険なものや人道に反するものなど、歴代の神火宗の高僧たちが『ふさわしくない』と判断したものは、禁術として封印され、その後の研究開発を中止させられる。

 竜眼と呼ばれる術は、その中でも最古のモノであった。

「その竜眼っていうのは、どういうモノなんですか?」

「端的に言えば、魔力の発生源のようなものだ。それも飛び切り強力な、ね」

「魔力の発生源……体内にあると言われる、魔力炉まりょくろのようなものですか?」

 人体には――いや、人間のみに限らず、すべての魔力を持つモノの中には、魔力を発生させる『魔力炉』と呼ばれる器官が存在している。

 それは常に魔力を発生させ続けており、またその発生量によって神火に適合するか否かが決定されると言われている。

「確かに魔力炉と似たようなものだが、魔力炉は一つの個体に一つしか存在せず、また魔力の発生量も個体差はあれど、一生を徹して一定だ。竜眼はそこにさらに強力な魔力炉を追加させる術であり、ルクスくんの額に現れたものが、それだ」

「確かに、ルクスくんの持つ強力な魔力は、この目が現れてから発生しました……」

「だろうね。……しかし、これは危険な術だ」

「身体に影響があるんですか!?」

「ルクスくんがこれまで、正常に生きているのが不思議なくらいだよ」

 龍戴の言葉に、背筋が凍る。

 彼の言葉には嘘偽りがないように思える。とすれば、致死率、もしくはそれに準拠した何かが高いことを暗に示しているのだ。

「僕は……死ぬんですか?」

「いや、一概にそうは言えない。奇跡的な確率を突破していたのであれば、君は今後も、その強力な魔力を抱えたまま生き続けることができるだろう。……そして、今、君が生きているということは、おそらくその確率を突破しているということだ」

「……つまり?」

「竜眼は現状、君の生死に直ちに影響するものではない。すぐに死んでしまったり、体調を崩したりすることはないだろう」

 顕世権僧のお墨付きをもらい、ルクスとミーナは顔を合わせて安堵のため息をついた。

 そして、安心を覚えると、次には興味と疑問が首をもたげる。

「もし、その確率を突破できなかった場合、どうなるんですか?」

「古い書物では施術された人間のほとんどは、その姿を異形へと変貌させた。……魔物になったのだよ」

「人間が、魔物に!? そんなことがあるんですか!?」

「私もこの目で見たわけではないがね。しかし、書物が嘘をついたことは一度もない」

 魔物とは瘴気の中から発生するもの。

 アガールス西部を襲った大量の瘴気から現れた魔物たちは、その瘴気の中から生まれてきていた。

 大陸に存在している暗黒郷と呼ばれる地域に住む魔物も、同様に瘴気から生まれ、そして今も瘴気で満たされている暗黒郷に住みついているとされている。

 だからこそ、アスラティカの常識では、魔物は瘴気からしか発生しないと考えられていたのだ。

 だが、神火宗の禁術には人為的に魔物を生み出してしまう術が存在していた。それが竜眼。

 それは人類の脅威にもなるし、悪用する人間がいればテロの可能性だってある。

 だからこそ、神火宗は竜眼を禁術とし、封印したのだろう。

「ルクスくんは今後も気を付けてほしい。禁術であるがゆえに、現在に至るまで、竜眼を発生させる術を受けた人間の報告例は少ない。もしかしたら君が魔物に変化してしまう可能性もなくはないんだ」

「で、でも、これまで生きているって事は、安定しているということでは?」

「……書物には一つの例が記されていた。それは竜眼に適合して魔物に変貌せず、生き残った唯一の例なのだが、その人物がどうなったかわかるかね?」

「えっと……」

 尋ねられ、ミーナは首をひねる。

 ルクスも、黙って龍戴の言葉を待った。

「その強すぎる魔力はよからぬことに利用され、後の世にその人物は『魔王』と呼ばれるようになった」

「ま、魔王……!」

 その言葉を聞いて、ルクスは顔をこわばらせる。

 頭の中で小さな笑い声が聞こえた気がした。

 ルクスの頭の中に住む『声』は、自分を魔王と称したのである。

(お前のことなのか?)

『この世に魔王は二人といないだろうさ』

 それは婉曲ながら肯定。

 ルクスの頭の中の声と、龍戴が言った魔王は、おそらく同一人物。

 だがそうなると当然、疑問がわく。

「魔王は……どうなったのですか?」

「魔王が現れたのは神代の頃だ。正確な文献はあまり残っていないが……魔王は千年魔女によって生み出され、利用され、アスラティカを混沌の渦に叩き落としたのだという。しかし、我々の祖、古の神火宗や当時の有力者によってその肉体と魂を分離され、誰も近づかない場所に手厚く封印されたと言われている」

「封印……死んでいないんですか?」

「はは、心配ないさ。この話も神代の頃のものだと言っただろう。数千年も昔から今現在まで生き残っているはずがない。封印された先で朽ちただろう」

 魔王は朽ちた。

 であるとすれば、ルクスの頭の中に住みついた魔王は、その偽物なのだろうか?

 それとも、何らかの方法で生き残った残りカスなのだろうか?

(どうなんだ?)

『くくっ、さてね』

 ルクスの問いに、魔王ははぐらかすように笑う。

 どうやら答えを教えてはくれないらしい。

 ただ、ルクスの中に存在しているのが、龍戴の話している本当の魔王であるのならば、楽観はできないだろう。

 何せ、長期にわたる幻聴でないとすれば、ルクスの頭の中に魔王は存在しているのだから。

『どうする、ルクス? 私の事を、この龍戴という男に告げるか?』

(それは……)

 魔王の問いかけに、ルクスは返答を濁す。

 龍戴が竜眼をどうにかしてくれるのであれば、情報は多い方がいいだろう。もし、竜眼の解呪や対処に魔王の存在が影響するのならば、それを教えておいた方がいいはずなのだ。

 だが、ルクスはすぐに判断ができない。

『くく、貴様にも見えていような、この男の色が』

(……)

 返答することが出来ない。

 ルクスの竜眼は、相手の感情をある程度、色として見ることが出来る。

 その色が、雄弁に語っているのだ。

 龍戴は何か『嘘』をついている、と。

(……この人は神火宗の顕世権僧。一番偉い人だ。色々なしがらみがあり、僕たちに嘘をつかなくてはならない事情というのもあるだろう。だから今、僕にはこの人が嘘をついている色が見えている……)

『だが、見えているからこそ、手放しで信用はできない』

 ルクスの考えを継いで、魔王の言葉が補足する。

 龍戴が何について嘘をついているかまではわからない。

 だが、こちらに真を見せていないということは、それだけで信用に傷をつけるものだ。

 あちらが手の内をすべて見せないのであれば、こちらもある程度情報を伏せるべきだろうか。

 それとも、こちらがすべての手の内を明かせば、あちらも迎合してくれるだろうか。

『その判断がつくまでは、こちらもあの男を信用するわけにはいかんな?』

 小さく笑うような魔王の声が、ルクスの気持ちを逆撫でる。

 だが、ルクスの気持ちは魔王の言う通りであった。

(ここは、お前のことは伏せておく。ミーナさんにだってまだ詳しくは教えていないんだ。お前の事を打ち明けるなら、先にミーナさんに教えておくべきだ。龍戴様がどれだけ偉かろうと、順序は守る)

『もっと素直に、この男が信用に足らん、と言ってしまえばいいのになぁ』

 からかうような口ぶりの魔王を無視して、ルクスは黙る。

 魔王のことは伏せつつ、龍戴からは出来るだけ情報を得なければならない。

 その龍戴を見れば、少し難しそうな顔をしていた。

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