38-2 死神の占い 2
時をさかのぼることややしばらく。
「はぁ……どうしてこんなことに」
「はっはっは、起こっちまったもんを悔いても仕方ないぞ、フィム!」
町にあった露店にて、軽食をつまんでいたアラドたちは、テーブルを見つけてそこに腰を落ち着けていた。
うなだれているのはフィム。そして豪快に肉串を食べているのはアラドだ。
「美味いな、これ。何の肉だ?」
「仔羊の肉です。倭州西部では羊の家畜が多く、食肉も羊肉であることが多いですね。他にも羊の乳を使った加工品も多く出回っています」
「へぇ。羊の乳の加工品はともかく、羊肉ってアガールスではあんまり食べないよな」
アラドの隣に座って説明をしているのは鎮波姫。
彼女の隣には当然のように永常が座っている。
会話を聞いていたルクスも、アガールスの事を思い浮かべながら宙を見上げた。
「羊肉はクセが強くて、好き嫌いが激しいって聞きました。家畜にしている羊を子供の内に食肉にすることもなかったようですし」
「私もあんまり食べたことないなぁ」
アラドの言葉を聞いて返事をするルクスとミーナも、近くに座っている。
全員が全員、それぞれに適当な軽食を手に持ち、小腹を満たしているようであったのだが、ただ一人、フィムだけはそんな気分になれないようであった。
「いつまで落ち込んでるんだよ、フィム。海魔の襲撃も、それによって起こった推進炉の不調も、どうしようもない事態だろうが」
「そりゃわかってるよ。ついでに言えば、アスラティカに帰るのに一か月もの時間がかかる事だって不可抗力であるってこともね」
「じゃあ、気を取り直して、肉串でも食え。な?」
「……楽観的な君が羨ましいね」
アラドから肉串を受け取りつつ、フィムもそれにかぶりついた。
周りを見回せば、小さなお祭り騒ぎの様であった。
実際、虎深にとって鉄甲船の来航はお祭りにしても良いくらいのビッグイベントである。
鉄甲船からもたらされるアスラティカの交易品を目的に商人が集まり、その商人から金を落としてもらおうと地元の店が臨時の屋台を出す。
人が集まればそれだけで周りの人間が興味を惹かれ、また町にやってくる。そこに当然のように
多数の人間が集まるということは、たったそれだけで商機でもあったのだ。
結果として、虎深では鉄甲船が来るたびに、このようなプチお祭り騒ぎが催されるのである。
定期便がある度にこれなのだから、それだけ実益もあるのだろう。利益があるのならばそれを止める理由はない。
しかもそれは物の売買だけではなく、様々な業種にも恩恵がある。
通りを見れば大道芸人が芸を見せていたり、神火宗らしき人間が布教に勤しんでいる様子も見られる。砥ぎ師や鍛冶師が武具を直していたり、伝道師が各地で起こった事件を歌うように喧伝してたり、見物しているだけでも飽きない。
きっと隠れたところでは良からぬことを考えている輩が潜んでいるのだろうが……それはアラドたちには関係のない事だ。
だが、表で起きている悪事というのは目についてしまうものだ。
「ごるぁ! てめっこらっ、ってんのか、っめーッ!!」
「っあっつってんだ、っけこぁーッ!!」
「す、すみません、すみません……」
一行が食事をしているすぐ近くの通りから、男たちの威勢の良い声と、必死に謝る女性の声が聞こえてくる。
そちらを窺うと、奇妙な恰好をした女性が男性三名に絡まれているようであった。
「っめーがっらないできってっからよォ! っちは金払って、ってやってんのによォ!!」
「っれがなにィ? もうすぐったいめ見るだァ?」
「すみません、すみません……」
いまいち状況は掴めないが、あのままではまともに話し合いをする事も出来まい。
「フィム」
「わかってるよ。首を突っ込むんだろ」
「止めないのか?」
「私もあんな声を聴きながら食事はしたくないからね」
肉串をついばみながら、フィムは眉間にしわを寄せていた。
確かに、聞こえてくる男性の声は品性に欠けており、食事中に聞くようなものではない。
「お供しますよ、アラドラド卿。倭州の恥は倭州人で
「永常! 助かる! 俺はまだ倭州語に疎いから、通訳もしてくれよな!」
「あ、いや……彼らの言語は少し特殊でして……」
アラドに続いて、永常も立ち上がる。
出会った当初こそ、なんだかギクシャクしていた二人だが、何度か訓練と称して剣を合わせているうちになんとなく打ち解けたようで、今では永常が変に突っかかることはなくなった。
今回もアラドの提案に協力する姿勢を見せてくれている。
それは倭州の恥を雪ぐ、という理由もあるのだろうが、単純にアラドの手伝いをしたいという気持ちもあるのだろう。
「っんだってめ、っごく見っか、こるぁ!!」
「きゃあ!」
男性の一人が女性の腕をつかんだ。
このままでは荒事に発展してしまうかもしれない。
祭りの雰囲気に水を差すのも無粋であろう。
「ちょっと待った」
アラドが男性と女性の間に割り込み、手刀でもって男性の手を離す。
同時に後ろに回り込んでいた永常が男性の首をつかんで女性との距離を取らせる。
「せっかくの祭りだぜ? 白けるような事をするんじゃねぇ」
「っんだ、っめこらぁッ!!」
「どこチュウだぼけェ!!」
「悪いが流暢な倭州語はまだ聞き取れないんだ。もっとゆっくりと、丁寧な言葉で頼む」
「っざけてんじゃねっぞ、ごるぁ!!」
ヒートアップした別の男性は、そのままアラドに掴みかかってくる。
だが、それに易々と捕まるわけもなく、アラドはその手を払い、後ろ手に極める。
「がぁっ!」
「っだぁ、てめ、っこら!」
「おっと」
男性の仲間が助けに入ろうとするものの、アラドが腕を極めていた男性の背中を蹴り飛ばし、向かってきていた男性にぶつける。
足のもつれた男性は半ば体当たりのような形でぶつかり、二人とも地面を転がった。
「っけんじゃねっぞ、こら!」
「お前の相手は私だ」
永常に首根っこを掴まれていた男性が助けに入ろうとするが、永常が後ろに控えているのを忘れているのだろうか。
永常は男性の膝裏を蹴り、膝カックンの要領で相手の体勢を崩した後、丁度蹴りやすい位置に降りてきた後頭部を回し蹴りで蹴り飛ばした。
男性は全く防御する事も出来ず、蹴り飛ばされた勢いのまま顔面を地面にぶつけて失神した。
「さて、まだやるかね?」
「ぐっ……」
「ってめ、俺らが誰か、っかってんだろうなァ!?」
「……永常、なんて?」
「おそらく、俺たちが誰か、わかってるんだろうな、と言っているのだと」
そうは言われても、アラドは倭州へ来るのは初めてである。
当然、彼らと面識はないし、どこかに名札があるわけでもない。
目印らしいものと言えば……
「みんな、服の一部に同じような模様が描いてあるな」
「あれは氷と言う字です」
男性三名は、背中や胸元に氷という文字の刺繍された服を着ているようであった。
それが彼らのチームのトレードマークということだろうか。
「何かの印か……。永常、わかるか?」
「いえ……文字を旗印としている集団や軍隊はいくつか知っていますが、氷というのは……」
永常の記憶にも特にない。
であれば、大した有名人でもないのだろう。
「すまんが、知らん。名乗りぐらいなら聞いてやらんでもないぞ」
「っるせぇ! っぼえてろよ、てめっら!」
名乗りの機会をあげたのだが、男性たちはそれに従わないようで、気絶した一人を抱えてそそくさとその場を去っていった。
一瞬静かになった一帯に、ちらほらと拍手が湧く。
「おぉ! アスラティカの人が騒ぎを落ち着けたぞ!」
「絡まれてる女の子を助けたんだ!」
「倭州男児もおるぞ! まだまだ倭州男児にも気骨があるわい!」
周りから賞賛の言葉と拍手を受けつつ、アラドと永常の二人は適当に会釈をしながら仲間の待つテーブルへと戻った。
「いやー、爽快爽快。やはり人助けというのは良いな!」
「お疲れ様です、アラド様。永常も、よくやりました」
「もったいないお言葉です」
鎮波姫から飲み物を受け取りつつ、二人は椅子に座る。
「お二人とも、これは奢りだ。食べてくんな!」
「あ、ありがとうございます」
屋台から適当な食べ物が差し入れられ、人助けを労われる。
なんとも清々しい気持ちであった。
しかし……
「これも奢りだ!」
「こっちも受け取っとくれ!」
「俺からも奢るぞ!!」
などと無制限に受け取っていると、テーブルの上が食べ物や飲み物の山になってしまっていた。
「
「アラドが断ればいいんだ」
「馬鹿野郎、人のご厚意を無下にできるか」
「だったら文句を言わず、ちゃんと食べる事だな」
「ぐっ……」
一応、アラドも人並み以上に食べる方ではあるのだが、それにしたって人間一人が食べられる量を遥かに超える食べ物の山である。
責任の分担ということで永常と二分したとしても、それでもまだ多い。
「なぁ、ルクスくん。君も育ち盛りだろう。遠慮せずに食べても良いぞ」
「え? あ、はい」
ルクスに愛想笑いで受け答えされ、アラドは大人げなさを実感した。
そこへもう一人の人影が近づいてくる。
「あ、あのぉ」
「すまん、奢りならもう間に合ってるぞ」
「そ、そうですか? 占いなんですけども」
「……占い? 倭州にはそんな食べ物もあるのか?」
「いえ、食べ物ではなく、あなた方を占って差し上げよう、と」
奇妙なことを抜かす人物だ、と思って一行が声をかけてきた人影を確認すると、それは先ほど、男性に絡まれていた女性本人であった。
奇妙な服を纏い、手には薄めの木札を持ち、小脇に木の箱を抱えていた。
「君はさっきの。災難だったな」
「い、いえ。ありがとうございます。助けていただいたお礼に、占いをさせていただけないでしょうか。私のとりえはそれぐらいなもので」
「まぁ、食い物でなければ構わないぞ。永常も、良いよな?」
「ええ、もちろん。……しかし、それで占いをするのですか?」
永常が指さしたのは女性の持っていた木札と木箱。
倭州にもいくつか占いの手法というのがあるが、木札と木箱で占うような流派は初めて聞く。
「お恥ずかしながら、どこの流派にも属さない占術でして。……あ、でも一応、良く当たると評判なんですよ!」
「確かに、さっきの悪漢どもの占いは当たったようですね」
永常でもヒアリングに苦戦するほどの訛りで喋っていた男性たちだったが、その言葉端を汲み取るに、どうやら女性から言い渡された占い結果に納得できずに突っかかっていたようだ。
「確か、もうすぐ痛い目を見る、でしたか」
「そ、そうです! まさかこんなに早く訪れるとは思いませんでしたけど……」
占いというのは酷く曖昧なものだ。占った本人にも結果がいつごろ訪れるのか、というのがわからないことも多い。
この女性の占術でも、時期は正確に判断できないのだろう。
「まぁ、減るもんでもないし、占ってもらおうぜ」
「はい。よろしくお願いします」
というわけで、女性の占いが始まる。
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