38ー1 死神の占い 1

38 死神の占い


 虎深こしん州。倭州最西部に位置し、南北を大河に挟まれ、すぐ東には山脈を有する、守るのに適した土地である。

 長い倭州の歴史でも大きくその領土を変えていない州でもあり、太守は元々世襲制を取っていた。

 歴代の太守は恐ろしい暗愚あんぐを生み出すことはなかったものの、逆に才気あふれた良君が現れることもなく、近隣の州へ攻め入ることも、攻め入られる事もなく、穏やかに日々を過ごしている州であった。

 そう、十数年前までは。


****


 虎深州の州都、虎深こしん。港町を兼ねるこの町は、ルヤーピヤーシャの鉄甲船がやって来たことで、お祭り騒ぎのように大わらわであった。

 商館はこぞって積み荷を競売にかけ、自分の商材を手に入れるために躍起になっている。

 これには他州と縁のある商人も参加しており、アスラティカの特産品を倭州内部にまで持っていき、一財産を築く目論見があるのだろう。実際、アスラティカの品物は倭州に深く入り込むごとに値段が跳ね上がる。

 東部にあるたいなどでは珍品中の珍品として扱われ、虎深で取引される値段の十倍から二十倍ほどの値段になることもままあるのだとか。

 逆に、アスラティカの人間も倭州の品々を珍しがる。それはルヤーピヤーシャやアガールスで捌けば仕入れ値の百倍近くにまでなる事もある。

 鉄甲船の運用コストや、そもそも海を渡ることの危険性を考えれば、その倍率にも納得がいくだろう。

 アスラティカと倭州。そのどちらも、お互いの特産品を珍重し、贈り物としては最高級品として扱っていた。

 なので。

「これは……アスラティカで作られた茶器か」

「ええ、ルヤーピヤーシャで採れる良質の土を使い、職人が形作り、窯で丁寧に焼いた、最高級品です。どうか、お近づきの印にどうぞ」

 虎深にある太守の館にて、リュハラッシは太守である月命雄げつめいゆうという男と面会していた。

 挨拶を終えてすぐに、リュハラッシは月命雄に献上品を届けていたのである。

 茶器というのは倭州で使われる茶の道具である。

 アスラティカではあまり使われることはないのだが、その造形美や素朴な色合いなどが好評であり、それらを模した作品を作る工房がいくつか出来ていた。

 つまり、リュハラッシが献上したのは、倭州で使われる茶器の模造品である。

 だが、単なる模造品には収まらない質が、その茶器には存在していた。

「倭州では見られぬ造形、独特の手触り……土や窯が違うだけで、これほどまでに趣が違うものか」

「お気に召されましたか」

「ああ、興味深い品だ。贋作とは決して呼べぬ、独自性を内包している」

 どうやら月命雄は献上品を気に入ってくれたらしい。

 その反応を見て、リュハラッシは占い通り、と陰で笑む。

 事前に行っていた占いで、月命雄のこの反応は予知していた。この献上品が成功することはすでに予見済みなのだ。

「さて、本題に入りましょう、月命雄殿」

「……神火宗の重鎮がわざわざ来たのだ。何かあるとは思っていたが……」

「なに、難しい事は言いません。この州内にかくまわれていると聞いている、神火宗の仮領域に向かう許可を頂きたい」

 神火宗は前回の定期船にて、一つの手紙を預かっていた。

 それは倭州へ渡った神火宗の大権僧から届けられたもの。

 内容は倭州の情勢の変化と、それに際して倭州に移った神火宗の立場が怪しくなったこと、さらにはアスラティカに帰る許可などの嘆願たんがんであった。

「倭州で起きた大きな内乱、それによる神火宗の迫害の事は聞いています。そして、月命雄殿が我らの同朋を匿ってくださった、ということも」

「ふむ……では、リュハラッシ殿は我が州に移り住んだ神火宗の者たちを連れ帰るためにここへやって来た、と?」

「それは彼らの意思によります。彼らがどうしても全員でアスラティカに戻りたいというのであれば、次の鉄甲船で帰ることもやぶさかではありません。私の仕事は、彼らの意思の確認でもあります」

 半分は嘘だ。

 リュハラッシの本当の目的は鎮波姫の身の安全と、倭州にあると思われる魔王の封印された地を探し出し、淵儀よりも先に抑えることにある。

 そのついでとして、総魔権僧である龍戴が宣言した『倭州との対立』を、倭州に住んでいる神火宗の連中に伝える役目を担っている。もし、それを伝えたところで倭州の僧侶たちが帰還を望めば、彼らを連れて帰るのは構わない。

 ただし、現在はルヤーピヤーシャから鉄甲船が来るまで足止めを喰らっているので、最低でも一か月は動くことはできないだろうが。

「我々の信徒を連れて帰るのに、何か問題でも?」

「……いえ、それも仕方ありますまい。倭州は常に戦にまみれている土地。虎深州はいくばくか安全とは言え、いつまでも倭州に残っていれば、アスラティカの人間が戦火に見舞われる可能性もありますからな」

「では、許可は頂けるんですね?」

「ええ、明日、案内の者をつけさせます。今日のところは町の宿へお泊り下さい。私の方から話は通しておきます」

「お気遣い、感謝いたします」

 月命雄との会談は、少し引っかかるところはあったものの、難なく終えることが出来た。

 だがそこに、けたたましく足音を立てて、部屋に転がり込んでくる兵士が一人。

「た、大変です、月命雄様!」

「……どうした、騒々しい」

「町でもめ事が……!」

「もめ事の収拾がお前たち衛兵の仕事だろう」

「仰る通りでありますが、しかし……」

 兵士が駆け込んできたのは町でもめ事が起きたから。

 だが、港町でのもめ事など日常茶飯事とも言える。

 何せ倭州の男児は血気盛んなものばかりなのだ。火を見れば高ぶり、喧嘩を見れば乱入する。

 まるでリードのついていない獣のようである。

 そんな獣をしつけるのが町の衛兵の仕事の一つなのだが……今回は厄介な事が一つある。

「暴れているのはアスラティカからのお客さんと、氷衆ひしゅうでして……」

「な……!」

 それに言葉を失ったのはリュハラッシであった。


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