38-3 死神の占い 3
「では、あなたから」
女性はアラドを指し、目の前に木箱を置き、中に全ての木札を入れた。
「この箱の中から三枚、札を取り出してください」
「おう」
指示に従い、アラドは箱の中から木札を三枚取り出し、テーブルに置いた。
よく見ると、木札には絵や数字が描かれているようである。
「今、あなたが取り出した木札は、あなたが歩んできたこれまでの道を示しています。一枚目は愚者の正位置、二枚目は塔の正位置、三枚目は運命の環の逆位置ですね」
「……んん? よくわからんが……絵面に意味があるのか」
「ええ、絵柄と置かれた時の上下の位置が重要になります。そうですね、今回の場合は……あなたは類稀なる才能を持って生まれ、突然の不幸によって大きく人生が変化しましたね」
女性の言葉を聞いて、アラドはフィムと顔を合わせる。
アラドは確かに良くわからないスキルを生まれ持っているし、ルヤーピヤーシャとの戦で親兄弟を失っている。そしてそれはアラドの人生にとって、大きな転換点でもあった。
「すごいな。まるで見てきたみたいだ」
「えへへ……ですが、その運命の岐路はきっと、悲しい出来事だけではなく、あなたにとって良い転機とも呼べるものだったはずです」
「ああ。確かにな」
親兄弟の死は確かに悲しむべきものであった。だが、それによってアラドはクレイリアの領主となり、様々なことを経験し、今この倭州の地に立っている。
きっと単なる三男坊ではこんな経験は出来なかっただろう。
「では、もう二枚、箱から取り出してください」
「おう」
言われるままに、もう一度木札を取り出し、テーブルに並べる。
「力の逆位置と、恋人の正位置ですね。これはあなたの現状を示しています。……あなたは色々な事を他人任せにして、面倒事を嫌っていますが、それでも仲間との絆や良い出会いを得ている、と出ています」
「は、はは……」
確かに面倒事をフィムをはじめとする部下に任せて来たし、鎮波姫たちとの出会いは良縁であっただろう。
「あってますか?」
「まぁ、そうだな……」
フィムに睨まれている現状、もろ手を挙げて頷くことも
「では最後に一枚、箱から引いて下さい」
「おう」
言われるままに木札を手に取り、テーブルに並べる。
そこに描かれていたのは、骸骨であった。
「あ……」
「おっと、こりゃ不吉な絵柄だ」
「す、すみません」
「いやいや、どうせ占いだ。真に受けたりはしないよ」
見るからに不吉な絵柄を見れば、おそらく占い結果もよろしくないのだと察しがつく。
しかもこれまで過去、現在と見てきたのであれば、これはきっと未来を示すもの。
これから行く先に不吉なものが待っていると言われれば、誰だって気分は良くあるまい。
だが、所詮は占いである。
アラドはこれを頭から信用する気はないし、ちょっとしたお遊び程度にしか考えていない。
縮こまってしまった女性の肩を叩き、カラッと笑って見せる。
「中途半端で終わっちまうのも収まりが悪い。きっちり最後まで占い結果を聞かせてくれ」
「は、はい……」
アラドに笑いかけられ、女性はおずおずと結果を話し始める。
「死神の正位置です。これは見ての通り、死の予兆を示しています。たぶん、そう遠くない未来に、あなたに死ぬような出来事が訪れるでしょう」
「死、か」
しっかりと明言され、アラドも流石に神妙な顔つきとなった。
アラドも一応、武人である。戦場に立てばいつ死んでもおかしくはない。
いずれ遠からず、その未来が訪れるのではないかと思ってはいたが、赤の他人からこうも明言されると意識してしまう。
「す、すみません。助けていただいたのに、こんな結果で……」
「いや、謝ることはないさ。占いというのはこの先の指標と言う見方もある。俺が気を付けていれば、この死の予兆とやらも回避できるかもしれないだろ?」
「そ、そうです! 占いは未来を選び取る判断材料なんです! ですから……!」
「ああ、わかってるよ。ありがとう。きっと俺は、君の占いで命を拾うことが出来るだろう」
自分の運命を決めるのは、いつだって自分だ。
占いはその道しるべでしかない。それを頭から信じて、その通りにしかならないと盲目的になれば、占いはきっと現実になるだろう。
だが、悪い結果をそのまま信じる必要はない。
悪い結果が出たのならば、それを跳ね除けるほどに用心すればいいのだ。
「さぁ、今度は永常の番だぞ!」
「ええ、私もですか……?」
「なんだ、占いが気にならないのか?」
「私は別に……」
などとごちゃごちゃやっていると、不意に馬の足音が聞こえてくる。
足音の方を見ると、騎兵が三騎でこちらにやって来ているところであった。
その中心にはリュハラッシの姿もある。
「ああ、アラドラド卿。ここにいましたか」
「どうしたんだ、リュハラッシ殿。太守に挨拶は済んだのか?」
「どうしたんだ、じゃありませんよ。アラドラド卿が町でもめ事を起こしているというから、飛んできたんです」
本当は『アスラティカからの客人』としか言われていなかったが、この面子でもめ事を起こすのはどうせアラドだろう、とリュハラッシも決めてかかっていたのだ。
実際、もめ事に首を突っ込んだのはアラドと永常である。
「とにかく、お話がありますので、こちらへ」
「えぇ~、今から永常の占いが……」
「占いだったら私がしてあげますから……おや?」
駄々をこねるアラドに困りながらも、リュハラッシは一行に見慣れぬ顔が一つ混ざっているのに気が付いた。
占い師の女性は身なりの良いリュハラッシを見て畏まっている様子である。
「そちらは?」
「悪漢に絡まれていたか弱い女性だ。占いが得意だそうで、助けたお礼としてやってもらってる。次は永常の番なんだ」
「ふむ……」
リュハラッシは女性を眺め、顎に手を当てて唸る。
「あ、あの……何か?」
「いや、失礼しました。何でもありません」
「なんだ、リュハラッシ殿。こういう女性が好みか?」
「茶化さないでください。……とにかく、皆さんにはすぐについて来ていただきます。申し訳ありませんが、占い師の方とはここで別れていただきましょう」
どうやらリュハラッシの方には急ぎの用事がある様子。
女性の占い結果を待つほどの余裕もないのだろうか。
「でも、せっかくお礼にって言ってくれてるんだぜ?」
「あ、いえ。お急ぎのようでしたら、私なんかの占いでお手間を取らせるのも悪いですし」
「そうか……? 永常はそれで良いのかよ?」
「そもそも、私は占ってほしいなどとは言ってませんが」
「ちぇ、面白くない。……じゃあ、今後は気をつけろよ。えっと名前は……」
「な、名乗るほどの者ではありません。では、失礼します!」
女性は道具をそそくさと片付け、人ごみの中へと消えていった。
落ち着いて挨拶をする事も出来なかったが、リュハラッシが騎兵を率いて現れたりすれば、一介の占い師などは気後れしてしまうだろうか。
逃げるように去っていくのも無理もない話だ。
「それで、リュハラッシ殿の用というのは?」
「ここでは人が多すぎますので、場所を変えます。こちらへ」
そう言われて、一行は騎兵に守られるようにしてお祭り会場を後にした。
奢られた食べ物は一応、あらかた食べ終わっていたのは僥倖であった。
****
虎深の路地裏。
人気のない場所までやって来た女性は、息を落ち着けて往来を見やる。
その顔には、さっきまでのおどおどしたような表情はない。
「アレが神火宗の総魔権僧と……生き残った鎮波姫」
女性は小さく、そして楽しそうに笑いながら路地の奥へと進んでいく。
「まさか鎮波姫が帰ってくるとは思わなかったけれど、これはこれで
手に持っていた木箱や木札を雑に地面に投げ捨てる。それはどう見ても仕事道具に対する態度ではない。
なぜなら彼女の本職は占い師などではないのだ。
「さぁ、これからが見ものだわ。倭州もアスラティカも隔てなく、この蓮姫を楽しませなさい」
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