36-2 倭州へ 2

 一か月ほど後。

 ルヤーピヤーシャ所有の鉄甲船の準備が出来たということで、アラドたちは南部半島東岸にある港町へとやってきていた。

 主に倭州との貿易に使われているこの港町も、鉄甲船の運用に際して作られたもので、街並みがかなり新しく、道も建物もマハー・パルディアとはまた違った洗練さを感じさせた。

 また、倭州から入ってくる新しい技術や文化の入口ということもあり、異国情緒のある建物が並ぶ倭州街と呼ばれる地区も作られており、貿易にやってくる倭州人のいこいにも一役買っているようであった。

「綺麗な街だが、少し活気が少ないように感じるな。西岸はもう少し、商人の元気が良かったように思えるが」

「倭州からの船が少なくなっているのでしょう。原因はして知るべし、でしょうな」

 アラドの疑問に、一緒についてきたリュハラッシが答える。

 どうやら彼も、神火宗に戻るのではなく、倭州へついてくるのだとか。

「……改めて聞くけど、アンタは領域に戻らなくていいのか?」

「ええ、龍戴への報告も済ませていますし、倭州にあるかもしれない新たな神火の捜索と銘打てば、彼らも止めることはないでしょう」

 神火宗は倭州に新たな神火を求めている。そのため、倭州の西岸では神火宗の宗教侵略が進んでいる。

 だが、淵儀が敵対行動を取っていることを知り、神火宗側の対応は変化するらしい。

 倭州に対しては『倭州人による敵対行為』を咎めるとして、魔術などの技術流入を厳しく制限し、為政者いせいしゃにも抗議をするのだとか。

 今回、リュハラッシが倭州にわたるのは、その抗議の意を伝えるためでもあるらしいのだが、本人はあまり気にしている様子もない。

 彼の関心は鎮波姫の無事と、蓮姫の動向にのみ向いている。

「倭州には蓮姫の息がかかった連中が多く活動しているでしょう。それに、もしかしたら蓮姫本人も。蓮姫は強力な魔術師でもあるはずです。彼女に対抗するには総魔権僧である私の力は役に立つかと」

「それはまぁ、確かに」

「ならば仲良く致しましょう。アラドラド卿とも良い関係が築ければ、と思っております」

 改めて差し出されるリュハラッシの手。

 アラドは少し悩んだあと、その手を握る。

「あ、アラド様!」

「ん?」

 そんなところに聞き覚えのある声が転がってくる。

 町の通りを走ってこちらにやって来たのはルクスとミーナであった。

「お久しぶりです!」

「おぉ、ルクスくん。それにミーナ修士も……って、おや」

 久しぶりに出会った二人は、見るとおそろいのローブを着ているようであった。

 それは神火宗の魔術師に渡されるもので、特別な刺繍が施されている。

 もともと神火宗の魔術師であったミーナはわかるが、新しくそのローブに袖を通していたルクスには、アラドも少し驚いた。

「ルクスくん、正式に魔術師になったのか!」

「はい! 見事、修士になりました。それに、ミーナさんは練士れんしに」

「ミーナ練士! 格上げされたんだな、おめでとう」

「えへへ、ありがとうございます」

 照れくさそうに頭をかくミーナ。

 優秀な魔術師となったルクスを見つけてきた功績と、培ってきた魔術の技術が認められ、ミーナは階級を一つ昇格されたのである。

 その階級は刺繍の模様によってすぐにわかるようになっており、また、どうやらわかりにくいのだが、男女によってそのデザインに小さな差異があるらしい。

「しかし、こんなに早くルクスくんが正式に僧侶になるとはな。そう簡単に僧侶にはなれないもんなんだろ? なんでも最初は小坊主としての修業期間が長いとか」

「そうなんですよ。私の時は厳しい修行を耐え抜いたのに、ルクスくんは顕世権僧様の鶴の一声でパッと、ですよ! 不公平ですよねぇ!」

 どうやらルクスの扱いには不満たらたららしいミーナ。

 ルクスが魔術師として認められたのは嬉しい反面、やはり厳しい修業期間を乗り越えた身としては、それを経験しなかったルクスの処遇に思うところがあるのかもしれない。

「まぁ、ミーナ練士の不満はともかく、これで倭州に渡る予定の面子が揃ったな」

 この場に集まった顔ぶれを見回し、アラドが頷く。

 アラド、鎮波姫、永常、リュハラッシ、ルクス、ミーナ。これでフルメンバーのはずである。

「じゃあ、鉄甲船の準備も出来ているっていうし、早速倭州へ向けて――」

「ちょっと待った」

 アラドが号令をかけようとした時、それにストップをかける声が降ってくる。

 その場に現れたのはアラドの良く知る人物であった。

「お、お前、フィム!? どうしてここに!? お前はグンケルたちを移送するためにアガールスに戻ったはずだろ!?」

「二人は他の人間に任せた。彼らを送り届けるだけなら、私じゃなくても充分に務まるからね」

「そ、そりゃそうだろうけど……」

「君をこれ以上一人にしておけない。そのうえ、倭州にまで行くだと……? どうせ鎮波姫たちを送り届けたらすぐに帰ってくる、なんてことにするつもりはないんだろう。わかっているんだ、君の考えることは」

「ぐっ……」

 フィムの言う通りである。

 アラドがフィムに説明したのは、紅蓮帝が鉄甲船を動かすのに、アラドが乗船するのが条件だ、という事のみ。

 ということは、アラドが乗った鉄甲船が倭州へ渡り、鎮波姫たちだけを降ろして、アラドはそのまま帰ってきたらいいだけの話だ。

 フィムが監視していなければ、アラドは鎮波姫たちについていくだろう。

「私が見ている限り、君は倭州で鉄甲船から下船させない」

「馬鹿野郎、フィム! 俺が鎮波姫と交わした約束を忘れたのか」

「倭州に送り届ける、だろう」

「違う! ちゃんと家まで送り届ける、だ!」

 嘘である。

 本当は倭州に送り届けるとしか言っていない。

「見え透いた嘘をつくんじゃない。もし仮に君の言うことが正しかったとしても、そこまでしてやる義理はないだろう」

「お前は鎮波姫と関係も浅いからな。義理というものは発生しないだろう。だが、俺は旅を共にし、苦楽を分かち合ったのだ。義理で言うならそれだけで充分だろう!」

「では君が生まれ育った二十年余りの時間を共にしたクレイリアの領民はどうでもよいと?」

「そ、そうは言ってないだろ……」

 舌戦では全くかなわない様子のアラド。

 フィムの方も全く引くことを知らず、これ以上アラドに自由な行動をさせまい、という強い意志が感じられた。

 困窮こんきゅうしたアラドに、鎮波姫が近付く。

「ありがとうございます、アラド様。お気持ちだけありがたく頂戴いたします」

「鎮波姫……」

「しかし、倭州は今も乱世。いくらアラド様の腕が立つとはいえ、万が一ということもございます。そんな場所へ、立場のあるお方を連れて行くことはできません」

 鎮波姫の言う通り、倭州は今も内乱の最中である。

 何十年も、何百年も、倭州は時の権力者を移り変わらせ、終わることのない戦を続けている。

 それは抑戦令が発布される前のアスラティカのと似た光景であったが、アスラティカと違うのは二国の争いではなく、多数の国家が入り乱れた群雄割拠の戦国時代であることだ。

 複数の州が等しく倭州の覇を競い、戦に明け暮れている。

 つまり、前線がそこかしこに存在しているわけで、安全な地域というのはものすごく少ないのである。

 そんな場所にアラドを連れて行くなんて、鎮波姫にも出来なかった。

「フィムフィリス殿のご心配はもっともです。どうか、私のためにも国へお帰り下さい。そして、いつか倭州が平定し、アラド様を迎え入れられる準備が整ったなら、その時には是非観光にでもいらしてくださいな」

「……わかった。そこまで言うならそうしよう」

 フィムだけでなく鎮波姫にまで説得されては、アラドに返す言葉もなかった。

 そんなわけで、アラドとフィムは鉄甲船に乗船はするが、そのまま倭州からとんぼ返りすることになった。

 これはリュハラッシとしてはちょっと痛手である。

「……アラドラド卿が同行してくだされば、道中の鎮波姫の安全も買えるかと思いましたが……まぁ、仕方がありませんか」

 他所には他所の事情がある。

 そもそも、最初の計画ではアラドがついてくる事なんて組み込まれていなかったのだ。それが初期案に戻っただけの話。

「リュハラッシ殿、鎮波姫の事、頼んだぞ」

「ええ、お任せください。我が身に代えてもお守りします」

 アラドから鎮波姫を託され、リュハラッシは力強くうなずく。

「さて、それじゃあそろそろ船に乗るか。……これも、今となっては俺が乗る意味も薄れちまったな……」

「何か言ったか?」

「あ、いや」

 目に見えてうなだれるアラドに、フィムの鋭い視線が刺さる。

 本当にとんぼ返りをするのであれば、紅蓮帝に頼んで『アラドが乗ること』を条件に付けくわえさせるなんて事も徒労とろうに終わってしまった事になる。

 ため息交じりに船の方へと向かうアラドと、それに従う鎮波姫やフィムたち。

 その最後尾につきつつ、リュハラッシは近くにいたルクスに耳打ちする。

「ルクスくん、あなたの仕事は別にあります。それをお忘れにならないように」

「大丈夫です、リュハラッシ様。もう、僕の村のような悲劇は繰り返させない」

 ルクスの脳裏に浮かぶ、久しぶりに開けた視界と、その惨状。

 蓮姫の一味がまた魔王の封印を解けば、今度は倭州でアレが起こる。

 それだけは阻止しなくてはならない。

 そして、魔王の封印された土地にはおそらくボゥアード――淵儀もいるだろう。

「僕に竜眼を施した理由を、しっかり聞き出さなくては」

 それぞれの思いを胸に、船は倭州へ向けて漕ぎだす。

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