36ー1 倭州へ 1

36 倭州へ


「アラド様!」

「おぉ、鎮波姫、永常! 二人ともよく来てくれた」

 紅蠍壊滅の翌日、黄金の宮殿に用意されていたアラドの部屋に、鎮波姫と永常が来ていた。

 久々の再会ということで喜色満面の鎮波姫に対し、永常の方は仏頂面だ。

 鎮波姫がキャッキャしているのが気に食わないのだろう。

「さぁ、入ってくれ。茶の準備は出来てるんだ。ルヤーピヤーシャのモノも味わいがあっていいぞ」

「は、はい。失礼いたします」

「永常も、遠慮なく座ってくれ」

「……どうも」

 まるで普通の婦女子のようにはしゃぐ鎮波姫の横で、永常のテンションはガンガン下がっていく。

 永常が鎮波姫を想っているのは、身分違いの秘する恋ではあるが、それにしたって意中の女性が別の男性を相手に浮ついているのを見て、テンションを下げるなというのは無理な話であった。

「あら、リュハラッシ殿もいらっしゃったのですね」

「ええ、お邪魔させていただいております」

 鎮波姫が部屋の中に入ると、そこには先客であったリュハラッシの姿もあった。

 彼はすでにソファに座っており、淹れてもらったお茶を飲んでいた。

「じゃあ、役者も揃ったし、どうして鎮波姫がここにやって来たのか、聞かせてもらおうか」

 今回、みんながアラドの部屋に集まったのは、この議題を解決するためである。

 とは言っても、鎮波姫たちがマハー・パルディアにやって来た理由というのは簡単で、あやふやなものであったのだが。

「私たちがここへ来たのは、神槍領域での事件で不興を買い、リュハラッシ殿の占いで出たからです」

「……んん? なんか良くわからんが……」

 鎮波姫の簡潔な説明は、事情を知る人間からすれば確かにその通りなのだが、そうでなければちんぷんかんぷんだ。

「えっと、神将領域で事件がありまして――」

 そこからはある程度噛み砕いて、神槍領域で起こった事件に関する説明が行われた。

 エイサンとユキーネィの事、そしてその裏に潜む蓮姫の事である。

 結果として鎮波姫たちが睨まれ、居心地が悪くなったのでこちらへやって来た事まで、ざっと説明されて、アラドはなるほど、と頷く。

「まぁ、なんとなくわかった。……んで、占いとも言っていたか? 総魔権僧殿は占い師でもあるのか?」

「ええ、占術には少し自信があります。そして、今後、蓮姫に対抗するために必要な手段が、このマハー・パルディアにある、と出たのですよ」

「蓮姫に対抗する……? 詳しく聞かせてもらおうか」

 未だに正体が知れず、目的もあやふやでありながら、事件のいたるところで名前を聞く人物、蓮姫。

 リュハラッシは彼女の目的の推論と、それを挫くための方策を持って、ここにやってきた。

「では順を追ってお話いたしましょう」

 リュハラッシが静かに話し始めるのに、アラドは耳を傾けた。


****


 リュハラッシが話したことは、彼が神槍領域で鎮波姫たちに話したモノと一緒である。

 蓮姫がアガールスで起きた瘴気発生に関わっているであろうこと。

 その手先としてボゥアード、もとい淵儀という倭州の人間が暗躍していたこと。

 アガールス西方にある孤島には魔王が封印されていることと、蓮姫一派の誰かがそれを解放したこと。

 もう一つの封印は倭州にあるであろうという推論と、蓮姫はその解放も狙っているであろうということ。

 蓮姫の目論見を挫くために急いで倭州へ向かわなければならないことと、そのための手段がマハー・パルディアにあると占いで出たということ。

「……なるほど、それで三人がここへ来たというわけか」

 一通り話を聞き終わり、アラドは一口お茶を飲んだ。

 リュハラッシの語り口はスムーズでとても聞きやすく、話の内容はスッと入ってきた。

「私の占いで出た倭州への渡航手段は、まさかアラドラド卿が手に入れるモノだとは、流石に見えませんでしたが」

「俺もそれを見越していたわけでもないしな」

 アラドが紅蓮帝から受け取る褒美というのが、その渡航手段となった。

 紅蠍を壊滅させた功労者に対する褒美として、アラドは倭州へ船を出すことを紅蓮帝に約束させていたのである。

 これによって鎮波姫が倭州へ渡ることは確実となった。

「それに付け加えて、なのですが。鎮波姫様たちだけではなく、ルクスくんもこれに同行させるよう、紅蓮帝にお願いできないでしょうか」

「ルクスくんか……紅蓮帝は今更細かい事に文句をつけないだろうが、俺としては反対したいところだ」

「それはどうしてです?」

「どうしてって……あの子はタダの一般人で、アガールスの国民だ。厄介事に巻き込むのは避けるべきだろう」

「これは驚きです。アラドラド卿ともあろうお方が、ルクスくんの本質を見抜いておられぬとは……それとも、これは私に対する試し、ということですか?」

「あー、変な勘ぐりのところすまないが、俺は言葉通り以上の意味を含めるのは苦手だ」

「ならば、ご自身の目でお確かめになることです。彼はすでに一端いっぱしの男です。侮るなかれ、ですよ」

 リュハラッシにそこまで言われ、アラドは少し考え込む。

 ルクスは守るべき国民である。だが、リュハラッシの言うように男としての彼を過小評価するのは侮辱に相当するだろう。

 どう判断するかは、実際にルクスと会い、話してみてから決めよう。

「ルクスくんの件は保留としよう。俺が実際に会うまではわからん」

「よしなに。私の占いでは、ルクスくんも倭州での活動に必要な人物です」

「……竜眼とやらか。さっき説明されたが、それほどすごいものなのか?」

「ええ、数千、数万に一人の逸材であると言えましょう。そして、彼失くしては倭州で蓮姫に先んずるのは難しいとも」

「……総魔権僧殿がそこまで言うなら善処しよう」

 他でもない神槍領域の総魔権僧であるリュハラッシがここまで言うのである。

 きっとアラドにはわからない何かあるのだろう。

「だがルクスくんを連れて行くとなると、本格的に俺もついていかなきゃな」

「……は!?」

 アラドの突飛な言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたのはワッソンとグンケルであった。

「な、何を言っているんですか、アラド様! あなたはアガールスに帰るんですよ!」

「そうだぜ、アラド。俺だってクレイリアに帰ることになってるんだぞ。大体、フィムフィリス殿が許すわけもない」

「そう、それだよ」

 グンケルに言われ、アラドが指をさす。

「フィムがなんていうのかが問題だ」

「わかりきってるだろうが。絶対認めてくれない」

「そうだよなぁ。どうやって丸め込んだものか……」

「そもそも丸め込まないでください! アラド様は筆頭領主なんですよ! アガールスに帰るべきなんです!」

「とはいえ、守るべき国民が倭州へ向かうというのに、俺だけのうのうとクレイリアに帰るのは無責任が過ぎるだろう」

「ルクスくんが倭州へ渡るのは彼の意思でしょう! アラド様が責任を感じる必要はありません! なんなら別の護衛をつけても良いでしょう!」

「そうだぞ、俺も帰るんだからお前も大人しく帰れ」

「グンケル! あなたは少し黙っていてください!」

 喧々囂々けんけんごうごうとなるアガールスの面々を前に、リュハラッシは呆気に取られ、鎮波姫は苦笑し、永常は呆れた顔を浮かべた。

「あ、いや、待てよ……良い事思いついた!」

「やめろ、思いつくな」

「ホントにやめてください! フィムフィリス様に怒られるのは我々なんですよ!」

「大丈夫だ、俺も怒られる」

「「何も大丈夫じゃない!」」

 そんなアガールスコントはしばらく続いた。


****


『君は何を言っているんだ』

「だから、倭州へ向かう船を借りるには、俺が乗るしかないんだよ」

 通信機から聞こえてきたのはフィムの声であった。

 ルヤーピヤーシャとアガールスの間には妨害魔力の幕が降りており、両国間での通信機の使用は出来ないようになっているのだが、実は今、フィムはルヤーピヤーシャに来ているのである。

 というのも、グンケルが毒にやられた報告を受け、彼をクレイリア領に連れ戻すために国境を越え、ルヤーピヤーシャの方まで来ているそうな。

 今回もジョット・ヨッツを使い、ルヤーピヤーシャ南部半島の港町に滞在し、そこでグンケル達と合流するのを待っているらしい。

 だが、そこでアラドからの連絡を受け、今まさに寝耳に水をかけられているというわけだ。

『船を出すのに、君が乗らなきゃいけない理由がどこにあるっていうんだ。全く合理的じゃない。もしかして、何か嘘をついているんじゃないのか?』

「馬鹿野郎、そんなわけないだろう。ちゃんと紅蓮帝の判がされた書面もあるんだぞ」

 実際に紅蓮帝に頼み込み、しっかりと書面を作ってもらった。

 そこにはしっかりと『鉄甲船を出すにあたり、これをクレイリア領主アラドラド・クレイリウスに貸し与えるものであり、彼の者が乗船することを条件とする』と明記されてある。

 当初、紅蓮帝は特に条件をつけるつもりはなかったのだが、アラドの思い付きによって文が付け加えられたのである。

「だから、フィムにはグンケルとワッソンを連れ帰ってもらう。俺は倭州に向かう。そうするしかないんだ。俺も断腸の思いだったんだが、鎮波姫を倭州へ帰すためには仕方ないよな」

『……話は一応、わかった。とにかくグンケルはこちらで引き受けるから、すぐに移送するように』

「了解。んじゃ、通信終了」

 通信機をオフにし、アラドはなんとも清々しい顔で振り返る。

 待っていたグンケルとワッソンは呆れて言葉も出なかった。

「これで、俺が倭州に行くことが決定し、フィムの小言も封殺できた、というわけだ。どうだ、俺の知将ぶりは」

「知将……と呼べるもんかね?」

「あとで痛い目を見ないと良いですけど……」

 一抹の不安を抱えながら、事態は進行していく。


****


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