35-2 メインキャラというラスボス 2

「そ、そんな……バカな……」

 表通りで起こった事を幻視し、凛周は膝から崩れ落ちた。

 スラム街で出会った時には、勝率は五分、いやそれよりも高いと思っていた。

 紅蠍の全力ならば、確実にアラドを殺せると踏んでいたのである。

 それが、総魔権僧が現れてアラドに協力しただけでこれほど狂わされるとは……。

「勘違いしてもらっては困ります。私はあなたの邪魔や部下の回復などは行いましたが、アラドラド卿への強化等の援助は行っていません」

「……なに?」

「あの二人の刺客を瞬殺したのは、アラドラド卿の独力。あなた方はそもそも、彼に遠く及ばなかったのですよ」

「あ、ありえない……」

 ハルパライアもアンザークも、ついでに言えばメイリールも、かなり手練れの戦士である。

 少し訓練した程度の兵士ならば、三人相手でも余裕で勝てる程度の実力は持ち合わせているはずだ。

 そんなハルパライアたちを、アラドは二人も瞬殺したというのか。

 魔法の援護もなしに。

「メインキャラ……」

「はい?」

「……あの男がそうだというのか。だとしたら私たちは最初から……」

 夢で振り返った過去。

 凛周の大事な人が教えてくれたその言葉、その存在。

 それがアラドなのだとしたら、彼の暗殺を引き受けてしまった時点で紅蠍の負けであった。

 今頃は依頼主も窮地に陥っているのだろう。

「……認めない」

 だが、そうであったとしても。

 それに『はい、そうですか』と納得は出来ない。

 そんな良くわからない存在に負けを認め、首を差し出すなんて、出来るわけがない。

「だって、あの人なら、抗うからッ!!」

「おや」

 勢いよく立ち上がった凛周は、隠し持っていた『それ』を、勢いよく地面にたたきつける。

 大音と閃光が辺り一帯に広がり、リュハラッシの目と耳を封じたのである。

 それは閃光弾。凛周が持つ逃げの最後の一手であった。

「……逃げられましたか」

 リュハラッシがその開いてるんだか開いてないんだかわからない薄い目を開けた時には、その場に凛周の姿はなかった。

 ため息をついた後、リュハラッシもその場をあとにする。

「これもまた、紅蓮帝の見通した結果ですか」

 独り言をこぼしたのだが、それを聞く者は誰もいなかった。


****


 メイリールが凛周との合流ポイントへ向かう途中、遠くから大きな音が聞こえた。

「閃光弾……!? 凛周が追いつめられたのか!?」

 それはリュハラッシの目と耳を奪うだけでなく、メイリールに対する合図にもなっていた。

 閃光弾が使われれば、凛周との合流は現実的ではない。

 合流を目的としていた場合、その合図を受けたなら速やかに独自での逃走に切り替えるべし。

 それが事前の打ち合わせである。

「それほどまでに、分不相応の依頼を受けたというのか、私たちは……」

 メイリールが奥歯をかみしめ、くやしさをバネに路地を走る。

 この入り組んだ路地は、土地勘のある人間でも迷ってしまうほど、迷路のようになっている。

 更に、路地の先にはスラム街に繋がっているはずだ。

 そこまで逃げ切れば、メイリールはそのまま潜伏してアジトに逃げ帰ることが出来るだろう。

「許さんぞ、アラドラド・クレイリウス……ッ! 必ず私たちがこの手で……」

「おや、奇遇だな」

 メイリールの逃げる先、路地の曲がり角からスッと人影が現れる。

 現れた人物とは――

「アラドラド・クレイリウス!?」

「逃げた先で標的とかち合ったんだ。暗殺者としては僥倖だなぁ?」

「ハルパライアとアンザークは……!?」

「お仲間は来ないぞ。そっちの魔術師が死人を操れるのなら別だが」

「死……!? 殺したのか……!?」

 メイリールの瞳に怒りの火が灯る。

 仲間を殺され、逆上するなんて、暗殺者としては未熟の証であったのだが、それでもそれを見過ごせるほど、メイリールは出来た人間ではなかったのである。

 だが、それを受けたアラドは冷ややかだった。

「殺すつもりでかかってきたんだろう? 仲間が死んだくらいでガタガタ抜かすな」

「こ、この……ッ!」

 ナイフを構え、アラドに斬りかかるメイリール。

 だが、その機先を制し、アラドの蹴りがメイリールの腹部に刺さる。

「がっ……!」

「遅ぇんだよ」

 アラドが放ったのはごく普通の、単なる前蹴りだったのだが、その威力は凡人のそれとは比べ物にならない。

 石畳を本当に踏み砕くほどの脚力によって繰り出される前蹴りは、メイリールの臓物を粉砕し、背骨を小骨のようにへし折り、その身体を向こうの壁まで吹っ飛ばすほどのものであった。

 壁に激突したメイリールは口から血を吐き出し、そのまま地面にへたり込む。

「お前らのお蔭で、俺の部下二人が死にかけた。その償いはしてもらうぞ」

「ぐ……がはっ……」

「すでに致命傷か。……ならば、苦しまないように介錯かいしゃくしてやる」

 薄れていく視界のなか、メイリールは首を何とか持ち上げる。

 見上げた狭い空に、黒い影がかかった。

(くそっ……こんな終わりなのか……)

 こんなはずではなかった。

 あの時ああしておけばよかった……。あの時最善を取っていれば……。

 後悔ばかりが胸に去来きょらいし、そして、その白刃が降りかかるのを待つしかなかった。


****


 暗殺者を返り討ちにしたアラド一行は、一度、黄金の宮殿の謁見の間へと戻ってきていた。

 そこで、紅蓮帝から今回の事態についての説明があった。

 紅蠍の依頼主がジャルマンドゥであったこと。それを炙り出すためにアラドすら策の一部に組み込み、紅蠍をおびき出し、総魔権僧をも利用して返り討ちにしたのだ。

「まさか俺まで騙されるとは思わなかったぞ」

「貴様が一番御しやすいと思ったがな。いくつか手違いもあったが」

 当初の紅蓮帝の予定では、アラドはもっと雑に扱うつもりだったのだが、勝手にスラム街に出かけた上、紅蠍とエンカウントして、更に生きて帰ってくるなどという、紅蓮帝の計算に収まらない行動を受け、急遽計画を変更、今回のような形になったのだとか。

「俺はともかく、総魔権僧殿まで巻き込むのはどうなんだ? 神火宗に文句言われたりしないのかよ?」

「それは総魔権僧次第だろう?」

「ええ、私はこの件、参加の是非は私の判断に任されていましたからね。策に乗った時点で何も言う資格はありません」

 馬車を乗り換える事、アラドに協力する事、ついでに凛周を逃がした事も、紅蓮帝から要請された全てに対し、リュハラッシはその判断を任されていた。

 どっちに転がっても紅蓮帝には善後策があったようだが、彼の策にリュハラッシが乗っかった時点で文句を言う権利はなくなっていた。

 そうなれば当然、神火宗としても抗議がしづらいのである。

「神火宗への報告も適当に濁しておきましょう」

「ふん、借りには思わんぞ」

「ご自由に。それよりも、まだ終わってないのでしょう?」

「ああ、最後の詰めが残っている」

 リュハラッシの言葉に、不服そうながら紅蓮帝が答える。

 策を全て見透かしたような言葉が気に食わなかったのだろう。

 しかし、この場には会話についていけない人間が確実に一人いる。

 リュハラッシと紅蓮帝を交互に見つつ、なんとなくわかったフリをするアラドだった。


****

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