35ー1 メインキャラというラスボス 1

35 メインキャラというラスボス


「凛周、あなたは聞いたことないだろうけど、この世にはメインキャラとしか思えない人間が存在しているのよ」

「……め、いん?」

「メインキャラ。聞きなじみのない言葉だろうけどね」

 薄ぼんやりした空間、しかしとても親しみのあるような雰囲気があるその場所で、大事な人が話しかけてくる。

 その姿はハッキリとは見えないし、その声も狭い空間で聞いているかのように反響しているのだが、それでもそれが誰だか認識できる。

 ああ、これは夢だ。

「その、めいんきゃら、というのはいったいどういう人物なのですか?」

「個人名とかではなくてね。なんというか……世界に愛されているような、何をやっても結果的に成功し、どれだけ苦労や失敗をしてもそれは成功の前振りにしかなってない人間、ってヤツ。『あー、この世界という物語は、その人間を中心に動いているわー』と感じられる」

「……そんな人間がいるんですか」

「ええ、きっと今後、あなたも出会うでしょう」

 大事な人は近寄ってきて柔和な笑みを見せてくれる。

 肩に手を置かれ、ニッコリと笑いかけてくれるだけで、心が安らぎ、暖かくなった。

「だから気を付けて、凛周。そんな人間に、あなたは敵わない」


****


「――っは!」

 急激な覚醒。

 こんなところで寝ている場合ではない、と自覚した時、凛周は建物の屋上で目を覚ました。

「ごほっ、ごほっ……喉に何か……血?」

 気が付くと凛周は大量の鼻血を出しており、それが寝ている間に喉に逆流していたのだろう。

 最悪の場合、これで窒息してしまったかもしれない。

「くっ、なんでこんな……」

「私の魔術の所為でしょうね」

「……ッ!」

 驚いて声のした方を振り返る。

 そこに立っていたのは、先ほどまで表通りにいたはずの総魔権僧リュハラッシであった。

「あなたの頭に負荷をかけて、一時的に情報処理能力を落としました。その状態で複数の魔術を使えば、脳の容量を超過し、身体が機能保全を優先して気絶します。あなたも魔術師ならばわかるでしょう?」

「ど、どうしてここが……!?」

「あの程度の潜伏で隠れ仰せられると思われたのならば、総魔権僧の名前も軽く見られたものですね」

「私の魔術を看破したと……ッ!?」

 凛周がリュハラッシとの魔術戦で行っていたのは、相手に影響するブラフの魔術、相手の魔術を妨害する解呪、そして本命となる凛周の姿や居場所を隠す潜伏魔術である。

 ブラフ魔術や解呪にも相当のリソースを割いていたが、それでも潜伏魔術の術式は長大かつ複雑なものであった。消費していた魔力もかなり多い。

 だが、リュハラッシはそれを見破り、凌駕して見せたのである。

「あなたが私に撃って来ていた攻撃魔術は囮である、というのは早々にわかりましたからね。あとはあなたの術式の練度を上回る探査術式で周囲を索敵するだけで簡単です」

「簡単、とは……」

 リュハラッシもかなりのマルチタスクをこなしていたはずである。

 凛周のブラフ魔術の対応、解呪の妨害、ワッソンの回復、そして周囲の警戒。

 これだけの魔術を同時に操り、それらを高レベルで維持するのは普通の魔術師にはまず不可能な芸当である。

 凛周の見せた複数魔術でもかなりの高難易度のはずだが、リュハラッシはさらにその上を行ったということ。

 総魔権僧というのは、伊達ではなかった。

「現在、あなたを無力化して得た休息で、使用した魔力の補充もある程度済みましたし、アラドラド卿の部下の回復も終わりました。ここからは十全の力を見せることが出来ますが……いかがしますか?」

「見逃してくださるのですか?」

「いえ、あなたが選ぶのは、降伏か、死かです」

 リュハラッシの言葉を受けて、凛周は喉を鳴らす。

 自分がどれだけ気絶していたのかはわからないが、自分の魔力回復量を鑑みるに、それほど長くない時間のはず。

 リュハラッシが『魔力の補充も済んだ』と言ったのはブラフだろう。

 短時間でそれほど魔力が回復するとは思えない。

 そして、短時間であるとすれば、状況はそれほど動いていないはず。

 表通りではハルパライアとアンザークがアラドと戦っているはずなのだ。

 それをサポートする意味でも、リュハラッシをここで抑えておくのは有利に働く。

「今、表通りの方を見ましたか?」

「……ッ!」

「あなたが気絶していた間に、状況は大きく動きましたよ。どうぞ、ご自分の目でご覧になってください。私はその間、何もしないと誓いましょう」

 リュハラッシは手を掲げ、魔術を行使する。

 それは自分の行動に制限をかける誓約。

 今の言葉を裏切れば、リュハラッシに重大な罰が下るというものだ。

 それだけ、リュハラッシは余裕だということである。

 凛周はリュハラッシを警戒しつつ、屋上の縁に近付き、眼下を覗く。

 そこに広がっているのはマハー・パルディアの表通り、西門前。

 リュハラッシが乗ってきた馬車と、その近くで待機しているワッソンとグンケル。

 そして、血だまりに伏せるマント姿の二人。

「……あ、あれはッ!」

「お仲間は、人員が入れ替わってすぐにアラドラド卿と開戦、そして即終結しました」


****


 それは瞬く間の出来事であった。

 メイリールが路地へ去り、アンザークがアラドの前に立つ。

 その後、何か言葉を交わした後――


 何が起きても対応するつもりであった。

 アンザークはこの場で、手負いのハルパライアよりも動けるのだ。

 ハルパライアを庇いつつ、老兵である自分が盾となり、メンバーを逃がすことに注力する。

 それが自分の役割だと認識していたからだ。

 だからこそ、アラドの一挙手一投足を全て見逃すつもりはなかったのである。

 だが、剣を片手に持ち替えたアラドが、視界から消える。

「……ッ!?」

 目を疑う暇もなかった。

 何が起こったのかを理解する時間もなかった。

 今度こそ踏み割られた石畳の破片が舞い上がるのを見ているしかできなかった。

「がっ……!?」

 隣で大きな音がしたのを理解して、ようやく身体が動く。

「は、ハル――」

 視線を向けた瞬間、アラドの空いた左腕によってネックハンギングツリーをかけられたハルパライアが見えた。

 そして、その時にはすでに、ハルパライアの身体にアラドの持つ白刃が深く突き刺さっているのも認識できた。

 明らかに尋常ならざる動き。

 アラドの挙動は、確実に、徐々に、鋭くなっている。

(まだ本気ではなかったということか……!? バカな、そんな人間が――)

 アンザークの思考が決着するよりも早く、アラドと目が合う。

 修羅の眼光。

 それに見据えられただけで身体が自然と後ろへ引っ張られる。

 否、恐怖で退いたのだ。

 だが、時すでに遅し。

 ハルパライアの横腹を弾けさせるように引き抜かれたアラドの剣は、赤黒い剣閃を引いて、アンザークへと襲い掛かる。


「温情はかけたぞ。突っぱねたのはお前らだ」

 二人を切り捨てた後、アラドは死体の纏っていたマントで剣の血をぬぐい、リュハラッシへ向き直る。

「申し遅れた。俺は――」

「いえ、存じ上げております。それよりも、あなたには為すべきことがあるのでは?」

「おっと、そうだった。逃げたやつを追いかけなければ……。総魔権僧殿、もう少し助力をたまわってもよろしいだろうか」

「ええ、もちろん。私はそのためにいるのです。敵の魔術師の方はお任せください。また、逃げた人物についても、私が位置を把握しております。その情報をあなたに逐次お知らせいたします」

「そりゃ助かる。土地勘もない町中で逃げられたら、捕まえるのに苦労するところだった」

 リュハラッシは凛周の魔術戦に対応しながら、周囲の探査魔術も使っていた。

 それによって逃げたメイリールの位置は完璧に押さえている。

 また、リュハラッシはテレパシーの術も使えるため、通信機も必要ない。

 アラドの頭に直接メイリールの位置情報と、周囲の地図情報を送り続ければ、簡単に相手を追跡することが可能であった。

「ワッソンのこと、頼んだぜ」

「そちらに至っては、すでに処置はほぼほぼ済んでおります。ご安心ください、命に別状はありませんよ」

 実はワッソンを傷つけた短刀にはシャスガキフ特製の毒が塗られてあったのだが、それすらもリュハラッシは簡単に解毒していた。

 紅蓮帝お抱えの医療術師が数日かけて解毒したものを、この短時間で、だ。

 それだけで総魔権僧の技術の高さの証明となるだろう。

「あ、ありがとう! この恩はいずれ必ず!」

「期待しております」

 リュハラッシの見送りを受け、アラドは路地へと消えていった。


****

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