余話4-2 かなたの事情 2

 紅蠍の現メンバーは六名。

 リーダーであるハルパライア。

 副官であるメイリール。

 後見人であるアンザーク。

 調薬師のシャスガキフ。

 倭州からの助っ人外国人の凛周りんしゅう

 そしてかお無しフォジェ。

 それ以外にメンバーはおらず、他に紅蠍を名乗る人間がいれば、それは彼らの威を借る狐どころかドブネズミである。

「えー、本日の議題はアラドラド・クレイリウス暗殺について、だ」

 ハルパライアがテーブルを叩く。

 そこに置かれてあったのはアラドの似顔絵。とてもよく似ており、パッと見で本人だとわかる。絵描きの技術の高さが見て取れた。

「依頼主も気を揉んでいます。これ以上、時間をかけるのはよろしくないでしょうね」

 テーブルの端っこに座っている倭州人の女性、凛周が静かに口をはさんだ。

 彼女は紅蠍のメンバーで最も新顔であり、最も強力な助っ人である。

 凛周は魔術師であり、その技術はワッソンを軽々と捻るほど。そんじょそこいらの魔術師では太刀打ちできないほどの実力を持ち合わせている。

 魔術師が所属していなかった紅蠍にとって、ありがたい助っ人である。

 また、現在の紅蠍を強力にフォローアップしている後ろ盾との仲介役でもあった。

「標的とは二度、至近距離まで接触していますが、そのどちらでも暗殺に失敗しています。これ以上の失敗は紅蠍の名声にも響き、依頼人にも大きな失望を抱かれるでしょう」

「今回の依頼人も貴族だろう? ならば奴らの期待など、いくら裏切っても良いと思うがな」

 凛周の話に唾棄だきするほどの感情を抱いているのは、フードを目深にかぶった女性、メイリール。

 彼女はアガールスの貴族の娘であったが、幼いころに顔に大きな傷を負った事で、政略結婚に利用できなくなったため、親に捨てられた過去を持つ。

 ゆえにアガールス、ルヤーピヤーシャ問わず、貴族階級の人間を深く恨んでいる。

「まぁ、そういうなよ、メイリール。俺たちだって金をもらわなきゃ生きていけない。金払いの良い貴族ってのは、利用するだけするべきだ」

「……わかっている。それに、もうすぐこの一連の依頼ともおさらばだしな。それぐらい我慢するさ」

 たしなめるハルパライアに、メイリールは素直に口をつぐんだ。

 一連の依頼、というのはルヤーピヤーシャで連続発生している暗殺事件の事である。

 最初の一件、ベルフヒハムの依頼を除き、以降の依頼は全て、同一人物がクライアントであり、その人物が言うには今回の件が最後の仕事であるらしい。

 そうでなくとも紅蠍はこれから、ルヤーピヤーシャを離れる予定である。

「国を離れるのにも金がいる。貴族の金をたっぷり頂けば、俺たちは難なく国を離れられる。その辺の話はシャスガキフが段取りをつけてくれてるんだったな?」

「ああ、問題ないぜぃ。昔馴染みがしっかり送り届けてくれる」

 調薬師のシャスガキフは趣味であらゆる毒を調合している。

 もともとはルヤーピヤーシャの北部、流刑地とされているラスマルスクの人間であったが、その境である七神しちじんつらねを潜り抜けてルヤーピヤーシャへ入ってきた経歴を持つ。

 彼の作る毒は無味無臭であり、食品や飲料に紛れさせても味もにおいも変質させない。

 そのうえで人間を死に至らしめるのには少量で済むという、毒殺を目的としている人間には垂涎すいぜんの品を作り出せるのだった。

 グンケルが毒に倒れたのも、彼の作った毒によるものだ。

「それより、オイラはオイラの毒で死ななかったアイツが許せねぇ。どうあってもアイツを毒殺したくて仕方ねぇ!!」

「仕事に誇りを持つのは結構だがな。一度失敗した手段を使うのは控えるべきだ」

 いきり立つシャスガキフをなだめたのは紅蠍の後見人であるアンザーク。

 深いシワが刻まれた顔面からは人生経験と年齢が感じられる。

 実際、この場に集まった人間では最年長と言って良いだろう。

「アンザーク殿のいう通りです。標的がなにがしかの策を以って毒を無効化したのは事実。そのカラクリがわからない以上、毒に頼るのは上策とは言えません」

「じゃあどうするンだよ!?」

 凛周の言葉を受け、シャスガキフがなおさら激昂げっこうして立ち上がった。

 顔を真っ赤にする彼を前に、落ち着いた声でメイリールが割って入る。

「やはり真っ向勝負か」

搦手からめてに信用が置けない以上、そうせざるを得ません」

「そうじゃなきゃ、別の手法が取れたのか?」

「標的がいる黄金の宮殿は紅蓮帝の住処ですから。彼ほどの魔術師がいなければ、遠隔魔術で呪い殺すのも不可能ではありませんでした」

 紅蓮帝は神人であり、その魔力出力と魔術素養はアスラティカ全土で見ても最高レベルのものである。

 彼の近くで敵性魔術が発動したなら最悪、こちらの居所を割り当てられ、一網打尽にされるだろう。

 今のような状況でなければ、呪殺も手段の一つだったのだが、シャスガキフが増長して独断先行し、アラドに毒を盛ったのが事態悪化の始まりであった。

 ここ最近、ルヤーピヤーシャ貴族の毒殺は連戦連勝。シャスガキフも自分の作る毒に対してさらなる自信を持っただろう。

 だが、結果はグンケルすら毒殺に失敗する大失態である。

 汚名返上のために躍起やっきになるシャスガキフの気持ちはわかるが、彼には少し大人しくしてもらう方が無難だ。

「起きてしまったことをとやかく言っても仕方ありません。今後の建設的な話をしましょう」

「しかし、真っ向勝負にするなら、こないだ偶然出会った時にやれば良かっただろ」

「あの時はベルフヒハムが近くにいた。奴は蓮姫からの依頼で生かしておく必要がある」

 メイリールに反論され、ハルパライアは『あー、そうか』と唸った。

 アラドたちとハルパライアたちがスラムで偶然出会ったあの時、あの状況であればアラド暗殺を強行することは可能であった。

 だが、同時に近くまでベルフヒハムがやってきたことを、別所で周囲監視を行っていたメイリールが察知していたのである。

 紅蠍のメンバーは全員がテレパシーを使えるよう、凛周から魔術を施されており、逐次ちくじ連絡を取ることが可能なのだが、あの時メイリールには、表通りを歩いているベルフヒハムが見えていたのだ。

 あの時点で事を構えた場合、アラドほどの手練れであれば、瞬殺とはいかなかっただろう。そうなった場合、騒ぎを聞きつけたベルフヒハムが事態に介入してくる可能性は大いにあった。

「ベルフヒハムを何に利用するのかは知らないが、蓮姫は我々の後ろ盾だ。その意向に反することは出来まい」

「ベルフヒハムは俺たちが裏切ったと思って、血眼になって追いかけてきてるしなぁ。話し合いで解決ってのは無理だろうなぁ」

 紅蠍の後ろ盾とは蓮姫の事であった。

 彼女の依頼もあって、最初の暗殺、ベルフヒハムが治めている地方の貴族暗殺が行われた。

 蓮姫はどうやら、その地方をベルフヒハムの管轄にしたかったらしい。

 にもかかわらず、ベルフヒハムまで手にかけてしまっては蓮姫の意向に逆らうことになる。

「それなのですが……」

 話に関連し、凛周が小さく手を挙げる。

「今朝の事になるのですが、蓮姫様と連絡が取れまして。その時に確認したところ、ベルフヒハムはすでに用済みだそうです。殺しても構わないとか」

「はぁ!? せっかく俺たちが協力してやって、地方貴族に就かせてやったのに!?」

「ええ、すでに彼を利用した策は成ったそうです」

「なんだよぉ、じゃあもっと早く教えてくれれば、あの時、アラドラドも殺せたじゃんか」

「すみません、もう少し蓮姫様との連絡が取れれば良いのですが……」

 どうやら凛周でも蓮姫と連絡を取るのは難しいらしい。

 そもそも蓮姫はどこにいるかもわからず、正体も不明である。

 そんな人間が大っぴらに動くことは難しいため、連絡を取るのにも難儀するのだろう。

「……凛周も言ったように、過ぎたことを言っても仕方ねぇさ。今後の事を話そう」

「まぁ、そりゃそうだな」

 アンザークに宥められ、ブー垂れていたハルパライアも黙った。

「アラドラドと直接やりあうにしろ、宮殿に引きこもられたらこちらからは手出ししにくい。何か策はあるのか、凛周」

「情報はフォジェ殿が掴んでいるとのこと。お聞かせ願えますか?」

 話を振られ、頭全体に包帯をグルグル巻きにした人物が立ち上がる。

「……依頼主から情報提供があった」

 その声は男性とも女性ともつかないものであった。

 まるで喉を潰されたかのような、およそ人間のものではないような声音。

 それに気が付いて、フォジェは喉のあたりをさすった。

「情報によれば、もうすぐ標的は来客を迎えるため、宮殿の外へ出るらしい」

 喉をさすった後のフォジェの声は、中性的なものであった。

 聞き方によれば男性とも女性とも取れる声。

 それが彼の特色とも言える。

 フォジェは貌無しと呼ばれているが、その実、老若男女を問わずどんな人間にもなれる変装の名人であった。

 完璧に変装したフォジェが人ごみに紛れれば、最早そこから見つけ出すのは不可能とまで言われており、彼の――あるいは彼女の――詳細な人物像を知る者はいない。

「来客? アラドラドはアガールスの領主だろ? ルヤーピヤーシャで客人を迎えるってのはどういうことだ?」

「詳しい事情は関係ない。重要なのは標的が外へ出るという好機だ」

「……迎え入れる客人については話を聞きたいところだな」

 メイリールの意見を受け、フォジェは懐から似顔絵を取り出す。

 そこに描かれていたのは総魔権僧のリュハラッシ。

「どういう用件かはわからんが、総魔権僧がマハー・パルディアに来るらしい。だが総魔権僧はあくまで帝の客人。標的の客はその連れだそうだ」

「神火宗の人間か?」

「いや、どうやら倭州の人間だそうだ。名は鎮波姫」

「……鎮波姫!?」

 その名に反応したのは、倭州人である凛周。

 彼女も倭州出身であるため、鎮波姫の名前を知らないわけがない。

「鎮波姫は長い間、征流殿から出ていないと聞いていましたが……」

「本人かどうかはわからんそうだ。ただ、総魔権僧の連れは鎮波姫を名乗っているらしい」

「本当であれば、聞き逃せませんね」

 深く考え込むように凛周がうつむく。

 凛周は倭州人でありながら魔術を会得している稀有な人物である。

 だからこそ、鎮波姫が使っていた征流の力が、変則的な魔術であることにも気付いていた。

「総魔権僧に加え、鎮波姫までやってくるとなると、相手の魔術総合力は私の手に余るかもしれません」

「確かに。アラドラドの連れてたヘボ魔術師だけならともかく、神槍領域から総魔権僧まで来るとなると話は違ってくるな」

 ワッソンは凛周一人で圧倒出来た。

 だがそこに助っ人として総魔権僧が出てくると、話はガラッと変わるだろう。

 何せアスラティカで最強の魔術師の肩書きである。

 そんな人物に加えて征流の力を操る、底の知れない魔術師が加われば勝率は未知数となるだろう。

 慎重を期すべき場面で、不確定要素が満載なのはやめてほしい。

「そこで、こちらからも手を打つ」

 心配そうな面持ちのメンバーに向け、フォジェが力強い提案を持ちかける。

「依頼主に働きかけて、総魔権僧と鎮波姫を分断する。標的であるアラドラドは鎮波姫の方へと向かうだろう。その間に、我々が標的を暗殺する」

「分断なんてできるもんなのか?」

「実はもう、話を通してある。ここまでは間違いなく確定事項だ。あとは実行部隊がしくじらないことを祈るばかりだな」

 実行部隊とはハルパライアを筆頭に、メイリールとアンザークが請け負う事になっており、そのほかのメンバーはバックアップとなる。

 今回、毒の調達はしない方向なのでシャスガキフはフォジェと共に退路の確保、凛周は相手の魔術師を無力化し、更に実働部隊のバフ要員となるだろう。

「……ここが正念場だな。この仕事を成功させれば、俺たちは胸を張ってルヤーピヤーシャを出ることが出来る」

「逆に、紅蓮帝のお膝元で失敗すれば、おそらく即処刑されるでしょう。ここで捕まることは我々の破滅を意味します」

「ふっ、私たちが失敗することなどありえない。ここまでいくつもの難局を乗り越えてきたのだ。今回も上手くいく」

「だが気を抜くなよ。相手もかなりの手練れ。一つの油断が命取りになる」

「オイラの出る幕がねぇんじゃ、やる気も起きねぇよォ」

「……退路は任せておけ。貌無しの名に懸けて、確実な逃げ道を確保してやる」

 全員が顔を見合わせ、用意されていた盃を手に取る。

 これは紅蠍が仕事前に通例にしている儀式のようなものであった。

「じゃあ、勝利を祈願して!」

 全員が盃を打ち合わせ、地下空間に金属のぶつかる高い音が響いた。

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