余話4ー1 かなたの事情 1

余話4 かなたの事情


 マハー・パルディアのスラム街。

 表通りに比べてメンテナンスの行き届いていないこの一角は、路地を形成する建物の壁もひび割れ、地面に至っては石畳がはがされて土が露出しているところもある。

 元々は丈夫な石で作られた建物や道ではあるのだが、当然劣化は発生する。風雨にさらされた壁や床などはある程度の期間で劣化し、取り替える必要があったりするのだが、朽ちた建物は適当に補修されたのみで基本的には放置される。

 そういった廃墟のような建物に、表では住みづらい人間が入り込み、そこをねぐらとする。

 あるいは表で仕事を見つけられず、住居を維持できなくなった人間が逃げ込んでくる。

 またあるいは、集まってきた人間を食い物にするため、悪い考えを持った人間が住みつく。

 そうやって後ろ暗い人間ばかりが集まり、今日のマハー・パルディアのスラム街を作り上げていった。

 歴代の帝もこの問題に対していくつかの政策を打ち出したのだが、どれも根本的な解決に至らず、一時的にスラム街の人口が減ったとしても、また同じ風景に戻ってしまう。

 根っこにあるのはルヤーピヤーシャ国内に蔓延している貧富の差であったが、富の再分配などはなされることはなく、富める者は富み、貧しい者は貧しいままだ。

 それはルヤーピヤーシャが神人と呼ばれる特権階級の人間を擁していることに起因している。

 彼らは自分たちが特別であることが当然であると思っており、それ以外の人種を見下している。

 神人の中でも神の血が濃いか薄いかで家の格付けがあり、格上の人間は格下の人間を顎で使うのが常識で、神人ですらない国民はそもそもが労働階級の下級国民として見ているのだ。

 格上の人間はその特権を手放そうとはせず、その特権が格下の人間ありきであることを理解している。格差の維持には格上と格下が存在しなければならないのだ。

 そのため、国内の貧富の差は問題であるとしながら、積極的に解決しようとしていないのであった。

 そんな状況であれば、スラム街が存在し続けるのも無理もない話である。

 これはマハー・パルディアだけの問題ではなく、ルヤーピヤーシャ国内にある大きな都市全てに言えることで、都市にはそれぞれにスラム街を抱えるような事態となっている。

 だが、スラム街が犯罪者の巣窟になっている事は何も、悪い事ばかりではない。

 そう思っている人間も少なからず存在している。


****


「よぉ、ハルパライア」

「ん?」

 スラム街の道を歩く一人の男が、壁際でたむろしていたガラの悪い連中に声をかけられる。

 声をかけられた男はマントのフードを取り、声をかけてきた連中に近付いた。

「どうした、美味い話でもあるか?」

「おめぇンとこより美味しい話を抱えてるヤツなんか、ここにゃいねぇよ。それより、こないだの礼が言いたかったんだ」

「こないだ? ……ああ、アガールスのヤツらの事か」

 先日、アガールスから来たと言われている男が二人、不用心にスラム街に入ってきた。

 ガラの悪い連中はその二人を取り囲み、身ぐるみはいでしまおうと思ったのだが、返り討ちにあってしまったのだ。

 それを助けたのがハルパライアと呼ばれたマントの男である。

「今度おごらせろよ。表から良い酒が入ったって、アダマリウスの店で聞いたぜ」

「はは、いらねーよ。俺とお前の仲だろ。ダチが困ってたら助ける。それが俺の流儀だ」

 ガラの悪い男とハルパライアが拳をぶつけ、カラッと笑う。

 悪人がひしめくスラム街には全く似つかわしくない、青空のような笑顔であった。

「じゃあ、俺はちょっと会議があるからよ」

「おぅおぅ、忙しいね、有名人」

「馬鹿野郎。名が通ったら困るんだよ。俺たちゃ陰に潜み、標的を討つ……仕事人だからな」

「かかか! 変に恰好つけんじゃねぇよ! ハルパライアらしくねぇ!」

「うっせ! じゃあな!」

 適当に軽口を交わしつつ、ハルパライアはスラム街の奥へと駆けていく。

 その道中でも別のガラの悪い連中や、やつれたおばさん、何の心配も抱いていなさそうな子供たちなどから、ハルパライアは声を掛けられ、挨拶を交わしていく。

 それはハルパライアがスラム街の有名人であることを示していると共に、彼らがハルパライアを憎からず思っている証拠であった。

「ハルパライア! メイリール姐さんが探してたぞ」

「今から行くんだよ!」

「ハルパライア! こないだは荷物持ち、手伝ってくれてありがとうね」

「それぐらいお安い御用だよ」

「ハル~、あそぼ~」

「また今度な!」

 賑やかな道を抜け、狭い路地に入り、入り組んだ曲がり角を曲がり続け、スラム街の奥の奥まで走り抜ける。

 すると、そこにあったのは背の低い建物。

 平屋で作られており、一見しても何の変哲もない普通の建物である。

 奇妙なのはこれだけ奥まった場所にある古びた建物であるにもかかわらず、ドアが備え付けられていることであろう。

 スラム街にある他の建物のほとんどには垂れ幕がかかっている事が多い。これはドアをつけられるほどの資金がないからである。基本的に涼しい、ともすれば寒いと感じる気候のルヤーピヤーシャでは厳しい事である。

 だが、この建物にはドアどころか窓にも雨戸がしっかり備え付けられており、細部を観察すれば普通の家ではないことが窺えた。

 ハルパライアはドアをノックし、返事がないうちにその家へ入った。

 内部は暗く、静かなものであった。

 現在はまだ日が高いのだが、周りの建物の日陰となり、窓からも日差しが入ってこないうえ、室内にある照明は全く使用されていない。

 燭台などはいくつか見受けられるが、蜘蛛の巣が張ってあるほどに放置されている。

 だが、そんな薄暗がりでもハルパライアは迷うこともなく、室内の奥まった場所へ一直線に向かう。

 そして、壁に張り付くように置かれていた棚の前に立ち、手をかざす。

!」

 決められた文句を呟くと、ハルパライアの手が光り、魔力が吸収される。

 棚に刻まれた魔法陣がうっすらと輝き、棚は全く重さを感じさせずに横にスライドした。

 奥から現れたのは、鉄製のドアである。

 それは貧民街には全く場違いであるほどの存在感であった。棚に隠されていなければ、空き巣に持っていかれてもおかしくはないだろう。

 ハルパライアはその鉄ドアを開け、さらに奥へと進んだ。

 鉄のドアが閉まると同時に、部屋の中では棚が静かに元の位置へと戻った。


 驚いたことに、家の地下には大きな空間が広がっていた。

 もともとは自然に出来上がった空間で、ここを流れている地下水によって削られたものの様であり、現在は壁が崩れないようあらゆるところが補強されている。

 地上にあった家よりも大きな空間の中心には小川のような地下水、補強のための鉄骨が壁や梁に並び、奥の壁にドアがあるところを見ると、その先に部屋が作り出されているのも見て取れた。

 壁には松明が灯され、地下であるというのに地上の部屋よりも明るく見える。また一方の壁にはカウンターが作られており、バーのように酒が飲めるようになっていた。

 メインとなるこの空間には階段があり、地上と繋がっているのだが、そこから足音を立てて下ってくる人影が一つ。

「遅いぞ、ハルパライア」

「すまんすまん、ちょっとあいさつ回りしてた」

 降りてきたハルパライアを最初に迎えたのは、目深にフードを被った人物。声音からすると女性のようである。

「エケシェリの店が開いたっていうからさ。ちょっと顔を出しておかねぇと」

「縁を作るのは大事だが、私たちの会議はおざなりにしてほしくないものだな」

「うっせぇな。ちゃんとこうやって来てるだろうが。バックレても良かったんだぞ」

「そうなっては困りますね」

 ハルパライアと女性の口論に、もう一人の女性が割って入った。

 部屋の奥、バーカウンターに腰かけている女性は、見かけから察するに倭州人である。

 だが、流暢りゅうちょうなアスラティカ公用語を話している所を見ると、かなり高い教養を持ち合わせているようであった。

「これから始めるのは、我々の今後についてとても大事な会議です。一応の棟梁とうりょうであるあなたがいなくては困ります」

「そうだぞ、ハルパライア。自覚を持て」

 バーカウンターの奥にいた屈強そうな男にも追い打ちをかけられ、ハルパライアは辟易した感情を隠さずに表情に出していた。

「全員揃ったようだなぁ。じゃあ、始めようぜぃ」

 更にドアの奥から怪しげな男が二人現れ、彼の言うようにメンバーが全員揃った。

「では、棟梁」

「あー……んじゃ、紅蠍会議を行う。全員、席に着け」

 ハルパライアの号令で、全員が中央付近にあったテーブルへと着く。

 ここに集まった六人こそが、ルヤーピヤーシャでも話題の紅蠍フルメンバーであった。


****

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る