余話3-2 数字の魔術 2
この札遊びの本来のルールでは、一から十三までの数字を四組、そして切り札と呼ばれるカードを含めた全五十三枚のカードを使うことになる。
基本的には初心者用ルールで嗜んだ通り、手札五枚、伏せ札三枚で行われるが、カードプールが四倍に増え、一戦ごとに使われた札も全て混ぜて山札を作る事により、カウンティングがほぼ不可能となる。
これだけでも相当運による要素が大きくなるのだが、更にルールは複雑化する。
「一から十三までのカードが四組あるため、場札や手札に同数の数字が来る事もある。場札の場合は単純に合計値が多い方の勝ちというわかりやすい考え方は変わらんが、手札の場合はちょっと違う。例えば場札に三枚出した後、自分の手札には五が二枚あったとしよう」
「その場合、手札勝負になるとどうなる?」
「最後に残った三枚目の伏せ札をめくる。持っていた手札が奇数同士なら伏せ札も奇数、偶数同士なら伏せ札も偶数の際に、差し引きを比べずに勝利出来る。つまり例に挙げたように、手札に五が二枚あったなら、伏せ札が奇数であれば勝利となる。逆に、その賭けに外れたらその時点で負けだな」
もしもプレイヤー全てがペアを手札に握っており、全てが奇数、偶数で同じだった場合、数字が低い方が勝利となる。それも同じだった場合は没収試合だ。
「そしてもう一つの追加ルール、切り札。これは山札には一枚しか存在せず、場札にすることが出来ないが、手札勝負となった場合に必ず勝利することが出来る。手札勝負になった際の強さは上から順に、切り札を含む手札、同じ数字の手札で伏せ札が奇数か偶数で合致した場合、差し引きが小さい方、となるな」
「切り札が手札に来た場合、手札勝負には強くなるが、場札に出せる選択肢が狭まり、不利にもなり得るということか」
場札による勝負はシンプルなままだが、手札による勝負はかなり難しくなった。
モノをいうのは手札の扱いということか。
「他にも遊び方には地域差があって、アガールス内では行く先々で特殊な遊び方があったりするんだが、それは省いても良いだろう。とりあえず、クレイリアでの遊び方でやろう」
「それでは貴様に分があるのではないか?」
「変に複雑化してもわかりにくくなるだけだって。慣れてきたら新しく追加しよう」
ちなみに別のローカルルールで言えば、ペアやトリオと呼ばれ、場札に同じ数が揃った場合に最終的な合計値を二倍、三倍に出来るものや、階段と呼ばれる連番を場札に置くことで場札勝負での特殊勝利を得るものだったり、色々であった。
「さぁ、ここからが本番だぜ、紅蓮帝。勝負の続きと行こうか」
「……ふん、望むところだ」
公務のことはどこへやら。
熱くなってきた紅蓮帝は、すでに勝負の事しか頭になかった。
****
ルールを新しくしてから十戦。
「我が……二勝八敗だと……」
「ふふふ、口ほどにもないな、紅蓮帝!」
カード枚数と共に不確定要素が増えた状況であったが、わかりやすいほどに紅蓮帝の負け越しであった。
試行回数が少ないにしても、この確率の偏り方は納得しがたいものであった。
「おかしい。我がこれほど負けるなどと……」
「やはり経験の差かなぁ。俺の方が一日の長がありますからぁ?」
確かにアラドの方が経験値がある。
もともとアガールスで生まれたゲームであるうえ、ルールはクレイリアのローカルルールである。アドバンテージはアラドに傾いているのは否定しがたい事実。
だが、それにしてもである。
運が強く出るゲームである以上、どれほど経験値があったとしても勝率は五分に近いはず。
それが二:八で偏るというのは、何かおかしい。
「我が何かを見落としているのか……? 運以外に何か……」
考え込む紅蓮帝を見て、アラドはニヤニヤと笑う。
それを壁際で眺めているワッソンも冷や冷やした気持ちであった。
この勝負の結果、当然裏がある。
先ほどから、カードのシャッフルから配布まで、全てアラドが行っているのである。
そこにイカサマをはさむ隙などいくらでもあるのだ。
シャッフル時に山札の積み込み、配布時に自分に強い札、相手に弱い札を配布する事、なんでもござれである。
紅蓮帝が手札や場札にばかり集中しているお蔭でやりたい放題なのであった。
(くくく、このゲームはイカサマを含むところまでが遊びだぜ……! それに気付けないのならば、そこからアンタの負けなのさ!)
(アラド様、クレイリアでは相当負けが込んでるからなぁ……)
日頃の負けの鬱憤を晴らすかのように、アラドが紅蓮帝を食い物にしているのであった。
わかりやすい初心者狩りである。
正直、ワッソンの心境では臣下として恥ずかしい事この上なかった。
「アラドラド、もう十戦回そう。次こそ我が勝ち越す」
「良いぜぇ。何度やっても俺の勝ちだろうがなぁ……!」
最早悪役の表情となっているアラドに、ワッソンはもう顔を伏せるしかなかった。
その時、部屋のドアが叩かれる。
「失礼いたします」
「おや。ジャルマンドゥ殿」
ワッソンがドアを開けると、そこにいたのはジャルマンドゥ。
少し焦りが見える様子で、落ち着かないように部屋の中を窺っていたのだが、目当ての人物を見つけて安堵のため息をついた。
「紅蓮帝、探しましたぞ! 公務の時間を過ぎております!」
「む……そうか。もうそんな時間か」
時計の類のない部屋では、ゲームに夢中になって時間を忘れてしまったのだろう。
最初、公務に忙しい、と言っていた紅蓮帝は、公務を失念していたのだ。
「いつまで経ってもお戻りになられないので、どうなされたのかと思いました」
「いや、すまんな。つい夢中になってしまった。……アラドラド、勝負は預けておく。次は我が勝つからな」
「はっはっは、いつでもかかってきなさい」
「次にやる時は、札を配る役をそこのワッソン……いや、ジャルマンドゥに任せよう」
「え、なんで?」
「用心だよ。では、失礼する」
おそらく、イカサマに気付いているわけではないだろうが、何かに感づいているらしい様子の紅蓮帝。
アラドは自分がイカサマを仕込む機会を失い、ワッソンに協力を求める道も断たれた。
「ど、どうしよう、ワッソン」
「知りませんよ」
紅蓮帝が部屋を出て行ったあと、目に見えて動揺するアラドに対し、ワッソンは本当に心の底からげんなりした。
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