余話3ー1 数字の魔術 1

余話3 数字の魔術


「あ、そうだ、紅蓮帝。少し時間あるか?」

「なんだ、我は忙しい」

 紅蓮帝が部屋を退出する直前、アラドは彼にものすごく気さくに声をかける。

 相手は紅蓮帝。ルヤーピヤーシャの帝である。

 神人であり、アスラティカの王たらんとアガールスを、ひいては倭州すらも併吞しようという野望を抱いた人物だ。

 そんな彼にアラドが差し出したのは、カードであった。

「ちょっと遊んでかない?」


****


 ルールは至ってシンプル。

 手札五枚、共通伏せ札三枚。プレイヤーが二人なら合計十三枚のカードが必要となる。

 カードには一から十三までの数字が書かれており、その数字でもって勝敗を決する事になる。

 手札は相手に見えないように手に持ち、伏せ札はお互いが見えないよう、テーブルの上に伏せて置いておく。

 手札を配り終えたら、伏せ札を一枚オープンする。

 プレイヤーは最初、お互いに手札から二枚、カードを場札として公開する。

 この際、公平を期すためにプレイヤー全員が同時に、伏せた状態でカードを出し、合図と共にオープンする。

 お互いの場札を確認したら、プレイヤーはもう一枚のカードを手札から場札として出し、最後に伏せ札をもう一枚オープンする。

 ここで勝敗を決するわけだが、その判断方法は伏せ札で開かれたカードに書かれた数字が関わってくる。

 伏せ札に書かれた数字がどちらも偶数、もしくはどちらも奇数であれば、場札に出されたカードの数を合算し、その数字が大きい方が勝利となる。合計数が一緒であれば、それぞれの場札を見比べ、数字が一番大きい札を出した方の勝利となる。

 伏せ札が奇数と偶数であった場合、手札の二枚で勝敗を決める。この際は手札の数字が大きい方から小さい方を差し引きし、数が小さい方が勝ちとなる。

 もしこの時の数が一緒であるならば、手札の数を合算し小さい方が勝ちとなる。それでも同じだった場合は小さい方の数字がより小さかった方の勝ちとなる。

 もし仮にどうしても勝敗が決められなければ引き分け、没収試合となる。

「大体の遊び方はこんな感じだ。アガールスではちょっとした流行りになっててな。俺もたしなんでるんだが、ルヤーピヤーシャに来てからあまり出来てなくてな。一回の勝負はかなり早く終わるし、息抜きにちょっとやってみないか?」

 アガールスの領主や、ある程度の地位を持った人間であれば、みんな遊んだことのあるルールである。アガールス国内で『札遊び』と言えばこれの事を指した。

 普段は遊びで札遊びをする程度であるが、稀に賭け事として用いられることもあり、とある領では公営の賭場まであるとかないとか。

 しかし、紅蓮帝はこれに興味を示さなかった。

「下らん遊びだな。我は公務があるのだ。付き合ってられん」

「ははぁ? 遊びであっても俺に負けるのは嫌かね?」

「……なに?」

 アラドの誘いを無下にしようとした紅蓮帝の瞳に、怪しい光が灯る。

 それを見て、アラドは口角を上げた。

「確かに、この遊びに関しては俺に一日の長がある。急にやろうと言われて、無様に負けてしまっては、神人たる帝の矜持きょうじが許さんよなぁ」

「この我が、遊びであっても、貴様ごときに負けるはずがない」

「いや、でも逃げるんだろ? 公務があるんだし?」

「誰が逃げると言った。貴様……不敬罪でしょっ引くぞ」

「だったら証明して見せろよ」

 アラドがトントン、とテーブルを叩き、挑発をつづける。

 紅蓮帝の瞳には、最早隠し切れないほどの大火が灯り、どっかりと音を立ててアラドの対面に座りなおした。

「良いだろう。貴様が負ければ先ほどの発言を撤回し、床に額をこすりつけて謝り倒せ」

「ははは! 受けたぞ。俺が負けるはずがないがな」

 こうして、下らない遊びが始まる。


****


 最初の試合。

 紅蓮帝の手札は一、五、九、十一、十三の五枚。なかなかの好配牌と言えた。

(定石ならば最初の見せ札で十一と十三の二枚を出し、場札を強くするべきなのだろう)

 単純に考えれば、伏せ札がどういう組み合わせになっても強く出られるよう、場札の数は大きく、手札の数は小さくなるようにするべきである。

 だが、問題は現在の紅蓮帝の手札で残すべき数字が微妙な点だ。

(大きい数字から場札として出したとすれば、残る手札は一と五。伏せ札が偶数と奇数となって手札勝負となった際、アラドラドの手札が二と三、もしくは四だった場合には敗北が確定する。その場合、残しておきたい数字は十一と十三。その方が勝率は高い)

 紅蓮帝が定石通りに大きい数から場札を並べたなら、アラドの手札に二と三があった場合、手札勝負になれば負けが確定する。それが三と四でも二と四でも一緒だ。

 二と四の場合、差し引きは二で、紅蓮帝が十一と十三を残したとすると、こちらも差し引き二。しかし、手札の合計値が紅蓮帝の方が大きいので、この仮定では敗北となる。

 だが、アラドの手札の低い数字が二と六であったなら。

 紅蓮帝が十一と十三を残し、差し引き二で終え、勝負方法が手札となれば紅蓮帝の勝利だ。

(その場合は一と五を残しても勝利か。であれば、順当に十一と十三を場に出すべきか)

 勝負の方法が場札になるか、手札になるかは五分。

 場札勝負になった場合、高い数字から出していけば紅蓮帝に負けはない。

(ならば、考慮の余地なし!)

「手札の確認は終わったか」

「ああ、伏せ札を一枚開けるがいい」

 お互いに手札を確認し、今後の戦略を決めた後、伏せ札が一枚開けられる。

 数字は七。

「じゃあ手札から二枚、場札としておいてくれ」

 アラドに言われ、紅蓮帝は十一と十三の数字のカードを場札として伏せた。

「決まったようだな。じゃあ、お互いに札を開けよう」

 合図とともに二人は同時にカードをオープンする。

 アラドの場札は八と十二。合計は二十。

 紅蓮帝の場札合計はすでに二十四。この時点で場札での勝負の際には紅蓮帝の勝利が確実である。

(さて、ここまでは想定通り。このまま場札での勝負になれば……いや、待てよ?)

 紅蓮帝の最初の手札には、奇数ばかりが揃っていた。

 彼の手札になかった奇数札は三と七。そのうち、伏せ札に七があった。

 ということは、場札での勝負にするためには、開く伏せ札が三でなければならない。

 その確率は、紅蓮帝から見えていないカードの枚数分の一、すなわち五分の一であった。

(アラドラドの手札に三があれば、その時点で場札での勝負はなくなる! そしてヤツの手札が低い数字であればあるほど、我の勝利が遠のく! 二と三を残していた場合、負けは確実となる!)

 アラドの手札に二と三があった場合、紅蓮帝の初期手札ではどうする事も出来なかった。

 であれば、ここは場札勝負になることにかけて、強い手札を場札として出すしかない。

(ええい、ままよ!)

 そうして紅蓮帝が場札に出したカードは九。

 アラドが出したカードは十であった。

 合計値では圧倒的に紅蓮帝の方が上である。

「じゃあ、伏せ札を開くぞ」

 アラドの確認に、紅蓮帝は真剣な表情で頷く。

 伏せカード二枚のうち、三が出る可能性はあまり高くはない。

 だが、最早それに賭けるしかなかった。

「……二枚目の伏せ札は二だ」

「なっ!」

 伏せ札の開示された数字は奇数と偶数。すなわち、勝負は手札の差し引きが小さい方の勝利となる。

 だが、めくられた伏せ札は二。つまりアラドの手札には三、四、六のいずれかがあるということ。

 差し引きの最大値でも三。紅蓮帝の手札は一と五なので、どの道負けだ。

「じゃあ手札を公開しよう。俺の手札は三と六だ」

「……一と五だ」

 アラドの手札の差し引きは三、紅蓮帝は四。アラドの勝利である。

 結果論であるが、紅蓮帝が十一と十三を残していれば勝てた。

 だが、逆に場札を強くしておかなければ、場札勝負となった場合に勝てなかった。最初の二枚で十一と十三のどちらかを残していたら、アラドの場札を上回ることが出来ていない。

(いや……警戒すべきはあの伏せ札だったのだ)

 勝負の決め手となるのは伏せ札の数字である。

 紅蓮帝の初期手札に五枚もの奇数札が来たとなれば、伏せ札から奇数同士が出る可能性はほぼなくなる。

 対して、アラドの初期手札には四枚の偶数札、一枚の奇数札があった。情報アドバンテージで言えば、紅蓮帝の方が一歩先を行っていたのである。

 勝率を高めるためには、十一と十三を残しておくべきだったのだ。

(だが、ヤツが三を持っていたから手札勝負となったが、伏せ札に三が含まれている可能性もあった。最終的には運がモノをいう、ということか)

 伏せ札に奇数札が埋まっている可能性は二割ほどであったが、存在していた。

 二割というのも信頼には値しないが、絶対に起こらないとも言い切れない。

 低い可能性を信じて馬鹿正直に場札を強くするのも、戦術としては無しではないのだ。

(自分の運を信じて賭けに出るか、それとも確率を信じて負けない立ち回りをするか。これはそういう遊戯か)

 最初の一戦で本質を見抜いた紅蓮帝。次は同じ轍を踏まない事は確実であった。


 そして、続く二戦目。

(さて、初期手札は……)

 配られた手札を見て、紅蓮帝はため息をついた。

「おっ? 悪い手札だったか?」

「……つまらん手札だ」

 そう言って紅蓮帝は、自分の手札を机の上に晒した。

 そこにあったのは一、二、九、十二、十三の五枚。

 何をどうやっても勝利出来る手札であった。

「あー、なるほどね。そりゃつまらんな」

「この遊戯の底も知れてしまったわ。興覚めだ」

「ふふ、紅蓮帝。この程度でこの遊びの全てを知ったつもりになってもらっては困る」

「……なに?」

 アラドの不敵な笑みを見て、紅蓮帝は目を眇めた。

 いぶかる紅蓮帝を前に、アラドは懐から更に数十枚のカードを取り出したのである。

「この遊びは本来、五十三枚の山札を使って遊ぶモノだ。今までのは初心者向けの導入編とでも言おうか」

「貴様……我を侮ったのか?」

「いやいや、最初から変に複雑な遊び方を叩きこんでも処理が遅くなっちまう。修練とは順序だてて、効率よく行うものだろ?」

「……制度の変更があると?」

「札が四倍になるんだ。当然、遊び方は全く変わってくる」


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