19-2 神槍領域へ 2

 事前に聞いていたのとは、少し違った。

 旅の途中、エイサンは『どちらかといえば魔界に近い』とまで言っていた神槍領域は、豪華ではないにしろ、おごそかな雰囲気が漂う場所であった。

 領域を覆う結界の中には四つもの頂上のある連峰が丸々おさめられており、その山一つ一つに大きな建物が一つ建てられているのが、入口からでも眺められた。

 まず、入口を入ってすぐのところにあったのは、武僧が訓練を行っている修練場であった。

 門をくぐる前からでも、塀を飛び越えて武僧たちの威勢のいい声が聞こえてくる。

「神槍領域には、武僧の棟梁とうりょうでもある武威ぶい権僧ごんじょうのアシャカ様もいらっしゃいますから、武僧の訓練も厳しく、神火宗でも最高の訓練施設ですね」

「この中を通るんですか? ちょっと気後れしてしまいそうです……」

 紹介をしてくれたエイサンに対し、ミーナは恐る恐る尋ねる。

 確かに、塀を隔ててなお、武僧たちのプレッシャーがすごい。

 敷地の中を通れば、それだけで押しつぶされてしまいそうだ。

 だが、エイサンは笑って首を振る。

「いえいえ、武僧の訓練を邪魔するのも悪いですし、こちらの脇道を通ります。向かって右手が宿泊施設や応接室のある社務所しゃむしょですので、ミーナさんとルクスくんはそちらへ」

「私たちだけですか? 鎮波姫さんたちは……?」

「ミーナさんとルクスくんには……大きな声では言えませんが、龍戴りゅうたい様が直接お会いになられるそうです。なので、無関係の人間は連れていけません」

「りゅ、龍戴様が!?」

 龍戴とは現在の顕世けんせい権僧ごんじょう、つまり神火宗のトップである。

 神火宗のトップともなれば、魔術師としても随一の腕とも言える。彼がルクスにかけられた術を鑑定すれば、ボゥアードがどんな術をかけたのかも解明できるだろう。

 だが、神火宗のペーペーであるミーナにとっては、そんな状況は恐れ多いことこの上ない。

「りゅりゅりゅ、龍戴様が……わわ、私なんかがお会いしてよろしいんでしょうか!?」

「そのために神槍領域まで来たのでしょう? 事前に通信機で連絡したところ、龍戴様も大変興味を示しておられました。きっとお二人が来るのを楽しみにしておられますよ」

「そ、そうですかね、でへへ……」

 思ってもみなかった状況に、ミーナはひどく浮かれている様子であった。

 何せ神火宗の顕世権僧ともなれば、すべての僧侶にとってはアイドルと同等の存在。そんな人間と至近距離で対面できるとなれば浮かれもしよう。

 しかし、ルクスはそうではない。

「それとこれとは話が別です」

「ルクスくん?」

「鎮波姫さんたちと別行動であるのは、僕は反対です。僕はアラド様から鎮波姫さんたちについても守るように言われています。お二人を遠ざけるのは賛成できません」

 アラドと別れる前、確かにルクスは旅の無事を託されていた。

 そしてアラドはこの旅に、何らかの作為を覚えていたようである。

 ここは土地勘もないルヤーピヤーシャ、神槍領域。

 どこに誰が潜んでいるとも限らないのだ。

 しかし、エイサンは困ったように微笑む。

「ルクスくんが警戒しているのもわからないわけではないよ。アラドラド卿に代わって、みんなを守りたい気持ちもわかる。でも、ここは神槍領域だ。不審な者はそうそう入ってこられないのは、見た通りだ」

 確かに、神槍領域のセキュリティはかなり強固なものであった。

 ちょっとやそっとで不審者が侵入できない作りになってはいる。

「それに、もし不審者がいたとしたなら、我々神火宗が責任をもって彼女らを守ると約束しよう。それでどうかな?」

「ですが……」

「ルクスくん」

 渋るルクスであったが、それに対して鎮波姫が声をかける。

「私たちのことなら大丈夫です。今の我々はアラド様のお連れです。神槍領域の中で我々に何かあれば、神火宗の責任問題にもなりましょう。今の神火宗にとって、アガールスの筆頭領主と仲違いをするのは避けたいことでしょうから、必死に守ってくださいます」

「そうなんですか?」

 ミーナに尋ねられ、エイサンは閉口して苦笑するばかりであった。

 過去にあった神の頭環事件が原因で、今の神火宗とルヤーピヤーシャの間には不和の空気が流れている。

 神槍領域はルヤーピヤーシャ領内にありながら、先帝の雷覇帝とは絶縁を申し渡しており、現在の紅蓮帝とも明確に復縁したわけでもない。

 そんな状況でアガールスとも仲違いしたなら、神火宗はアスラティカでの活動において相当な面倒を抱えることになるだろう。

 であれば、ここでアラドの機嫌を損ねるようなことは極力避けるはず。鎮波姫たちについても当然、全力で守ってくれるだろう、というわけだ。

 そんな状況は、全く無関係の鎮波姫であっても、話をちょいちょい聞いていれば察することは出来る。

 鎮波姫の言葉にエイサンが何も言い返さないのが、言外げんがいの肯定なのだろう。

「とにかく、鎮波姫さんたちは、私エイサンが責任をもって案内する。ルクスくんはそれで納得してくれないかな?」

「……わかりました」

 鎮波姫にまで言われては、ルクスとしても折れるしかない。

 エイサンに誘導され、社務所とは逆側へ歩いていく鎮波姫たちを見送るのだった。

「……さて?」

 鎮波姫たちの姿が見えなくなった後、ミーナは小首をかしげる。

「私たちは誰が案内してくれるんだろう?」

「ユキーネィさんじゃないんですか?」

「それが……ユキーネィさんが見当たらないのよね。仕方がないから、勝手に社務所に行っちゃいましょうか。受付で尋ねれば、応接室の場所くらいわかるでしょう」

 龍戴に間近で会えることに浮足立っているのか、変に行動力を発揮するミーナに連れられ、ルクスも社務所のほうへと向かうのだった。

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