神槍領域の侵入者編

19ー1 神槍領域へ 1

19 神槍領域へ


 アラドたちと別れてややしばらく、街道を東に逸れて行くと、山道になってくる。

 この辺りはまだ緑も多く、山の入り口には木々が生い茂っており、頂上を眺めるとやはり森で埋め尽くされている。

 どうやらこの辺りは、荒野と草原の境目辺りらしく、あの山を越えると、その奥には荒野が広がっているのだそうな。

 そんな道を走っていると、やがて人里が現れる。

 小さな集落ではあるが、ある程度流通もあり、狩猟や農業、木材の売買などで生計を立てているらしい。

 一行は集落に一度馬車を預け、そこからさらに徒歩で山を歩いている途中であった。


「もうすぐ着きますよ」

 先導しているエイサンが、首だけで振り返りながらそう言った。

 彼の後ろに続いているのは順に、ルクス、ミーナ、鎮波姫、永常、そして殿しんがりにユキーネィであった。

 山道はほとんど人の手が入っていないようにも見える。獣道と呼んでも遜色ないレベルだ。

 そこを歩いている面々には、少なからず疲労の色が浮かんでいた。

「はぁ、はぁ……もうすぐ、着くん、ですね……」

 肩で息をしているのはミーナ。

 一応、修士の修行としてアガールスを行脚あんぎゃしていた彼女は、その健脚にも自信があったのだが、やはり平地が多いアガールスと山道では勝手が違うのか、一番疲れているように見えた。

「大丈夫ですか、ミーナさん……」

「る、ルクスくんに心配されるようなことじゃないよ!」

 彼女の前を歩くルクスは、意外にもケロッとしている。

 ルクスは元々目が悪く、ほとんど運動も行えなかったのだが、しかし、そんな様子を忘れさせるほどに元気だ。

 これも、彼の内に眠る魔力の成せる業なのかもしれない。

「姫様、大丈夫ですか?」

「ええ、平気です。……と言っても、ミーナさんに比べて、という意味ですが」

 額に汗している鎮波姫。ポーカーフェイスは得意な方で、疲労を外に見せない根性だけはあったのだが、しかしやはり疲れというのは蓄積している。

 鎮波姫が担当する荷物のほとんどは永常が肩代わりしていたのだが、それでも山道というのは大変なものだ。

 代わって、永常の方は日頃の訓練の所為か、あまり疲れた様子もない。

 荷物は他の面々より多く背負っているのだが、それでも平気な顔をしていられるのは、流石は倭州男児と言ったところか。

 先頭を行くエイサンと最後尾のユキーネィは、神槍領域に所属しているだけあり、この辺りの道は慣れっこなのだろう。二人とも涼しい顔をしている。

「で、でも、大丈夫なんですか?」

 息を切らしながら、ミーナはエイサンに声をかける。

「一応、神槍領域って、場所は秘匿ひとくされているんですよね? 私たち、普通に歩いていますけど、場所、バレちゃいません?」

「ああ、その点でしたら大丈夫です」

 そう言って、エイサンは胸元からペンダントのようなものを取り出す。

 そこには赤く光る宝石がはめ込まれており、そこからは確かな魔力が感じられた。

「これは神槍領域で発行される通行証です。これを持たないものは、まず領域に近づくことすらできませんから」

「え、じゃあ私たちは……?」

「私の近くにいれば、通行証の効果範囲内です。後ろの方でも、ユキーネィが通行証を持っているので、ちゃんとついて来てくだされば、問題ないはずですよ」

 エイサンが言うには、神槍領域には特殊な結界が張られているのだという。

 その結界は許可のないものを退け、そもそも近づくことすら許さない。もし何かの間違いで近づけたとしても、強固な壁のような結界が、何人の侵入も拒むのだそうな。

 また、結界の内部へ侵入するためには『入口』を通る必要があり、その入口の数や位置も一定ではない。特殊な符号を用いて、入口の位置などを知っておかなければ、仮に通行証を入手したとしても、内部への侵入は不可能なのだ。

「その符号って、やっぱり魔術なんですか?」

「ええ、神槍領域の僧侶には、毎朝、全員に通達されます。領域外に出ていたとしても、領域の近くで一晩過ごせば、次の朝には入口の位置は報せられるのです」

「へぇ。そんな魔術があるんですねぇ」

「魔術は無限大です。今も各領域で新たな魔術が研究開発されているでしょう。いかような効果を持つ魔術も、複雑な術式を構築運用出来る技術と、それを発動できる魔力さえあれば、我々魔術師に不可能などありません」

 そうやって豪語するエイサンは、神槍領域でも若手の魔術師の中で有望株と呼ばれている。

 あらゆる魔術を使いこなす技術と、高い魔術適正を持っていて、彼の師匠にとっても自慢の弟子なのだという。

 亡霊と戦った時の魔術も、見事なものであった。

「エイサンさんは、どちらかというと、魔術師なんですね。身体の方も随分鍛えてらっしゃるみたいだから、武僧志望なのかと思いました」

「はは、神槍領域はこの通り、険しい山の中にありますからね。ある程度身体も鍛えなければ適応できないと言うだけです。領域で修行している武僧は、私などでは到底太刀打ちできませんよ」

「神火宗にも武術の心得を持ったものがいるのか」

 その話を聞いて、永常が首をもたげる。

「魔術とやらが使えるのだから、身体を動かすのは苦手なのだとばかり思っていた」

「そう勘違いなさる方も多いですよ。しかし、だからこそ虚を突く事が出来る。我々神火宗を侮り、返り討ちに遭った勢力はいくつもありました。……今のアスラティカではそういうことはあまりありませんがね」

 武僧というのは、神火宗に所属している人間でありながら、魔術を対外的に使わず、あえて自分の強化に使う事で身体能力などを高め、近距離戦に特化した魔術師の事である。

 魔術は遠隔による影響が強く、弓などの遠距離武器を用いずとも運用できる兵器になりうる。

 ただし、対象との距離が離れれば離れるほど複雑な術式を必要とし、また多くの魔力が要求される。

 逆を言えば対象が極身近にあれば、単純かつ少量の魔力で大きなパフォーマンスを発揮するのである。対象が自分自身ならばその利点は最大限発揮されるだろう。

 また、魔術師と言われれば、相手は遠距離からの攻撃を警戒し、距離を詰めることさえできれば勝機があると考えるだろう。

 そこを逆手に取り、武術の心得を持った者が魔術によって強化を行い、不用心にも近づいてきた敵を倒す。

 それが神火宗の武僧という事だ。

「アガールスから来たのであれば、ブルデイム大権僧をご存じでしょう。彼はアスラティカでも有数の武僧ですよ」

 アガールスの神火宗を取りまとめる馬軍領域、その最大権力者であるブルデイムは、件の武僧である。

 ルクスは記憶を思い返してみて、確かに屈強そうな男だった、と思った。

「見えました、あれです」

 そんなことを考えていると、先頭のエイサンが足を止めた。

 彼の指さす先を見てみると……

「な、何もありませんが」

 ミーナがこぼしたように、そこには何もない。

 山道を囲むように森がある、今まで歩いてきた道と何ら変わらない風景のままだ。

「そう見えるでしょうが、これを」

 エイサンが通行証を掲げると、ややしばらくして、目の前の空間に波紋が広がるかのように、景色がゆがむ。

 そして、その歪みが落ち着いてくると、その先には舗装された道と、巨大な門、そして敷地を取り囲む塀が現れたのだった。

「わぁ……」

「ようこそ、神槍領域へ」


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