余話2-2 守り刀 2

「……というわけで、ちょっとしたお金を手に入れました」

「はい」

 リルリンガ・リの町の中にある小さな商店の中で、神妙な顔をしてルクスと鎮波姫が顔を突き合わせていた。

 ルクスの手にはルヤーピヤーシャで流通している貨幣が。

 これはルクスと鎮波姫がここに至るまでの間に、小動物を捕まえ、リルリンガ・リの市場で毛皮や牙、骨などを売って手に入れたお金である。

「思ったより高値で売れましたね」

「そうですね。どうやらルヤーピヤーシャでは毛皮なんかは重宝されてるみたいです」

 アガールスで売れば、もうちょっと安く買いたたかれていただろう。なぜならば狩猟を生業として生活している人間も多くいるからである。

 猟師の数が多ければ動物の素材も市場に多く出回り、結果としてそれらの価値は低くなる。

 だが、ルヤーピヤーシャではそうではない。猟師の数は少なく、そもそも野生動物が生活をしている環境も少ない。

 緑の少ない内地などではもちろん、比較的森や林などが存在している南部の半島ですら猟師の稼ぎのみで生活するのは難しく、生活に必要になる毛皮などは家畜から得ていることがほとんどであるため、野生動物の素材は流通が少なく、高値で取引されることが多いのだ。

 さらに言えば、そもそもの物価が高く、アガールスに比べてインフレが進んでいることも原因だろう。

「さて、本来の取り分で言えば、僕が二に対して鎮波姫さんは一の割合です」

「ルクスくんは数学も出来るんですね……」

「ええ、一応……」

 ルクスの賢さに驚く、というより最早若干引いているぐらいの鎮波姫を見て、多少なりとショックを受けながらルクスが頷く。

 農村の出身で、これぐらいの年恰好の少年が算術を使えるとなると、本当に信じられないほど頭が良い、と言って良いだろう。どうやったらこんな少年が育つのか、鎮波姫には謎で仕方なかった。

 これも盲目時代に得た知識と、ミーナや魔王から教え込まれた知恵の賜物であった。

 ちなみに、二対一という割合は、ルクスと鎮波姫が捕った獲物の量に由来している。

 アガールスでも旅の途中でミーナに仕込まれていたルクスは手際が良く、罠を仕掛けるのも上手かったので獲物が多く捕れた。対して鎮波姫は初めての経験も多く、手間取ってしまったのでルクスの半分以下の獲物しか得ることが出来なかったのである。

 もともと鎮波姫はルクスの手伝い半分、経験をしてみようというチャレンジャー精神が半分であったため、獲物が取れただけでも御の字といったレベルであった。

 実際は二対一よりも偏った割合になるはずだったのだが、そこはルクスの思いやりということなのだろう。

「とにかく、僕と鎮波姫さんの取り分は、二対一です。ですが、ここは鎮波姫さんに少し多く分けたいと思います」

「それは、どうして?」

「これから、僕の買い物に付き合って助言をしてほしいんです」

「助言……って、どういうことですか? 私は買い物について、それほど知識も経験もありませんけど」

 倭州にいたころは当然、ルヤーピヤーシャやアガールスに流れ着いてからも、鎮波姫が買い物に出かける機会はまずなかった。

 今回、リルリンガ・リに到着して、ようやく自由な時間を得て市場に出る事が出来たぐらいである。

 そんな鎮波姫に、ルクスに対して助言を与えられることなどあろうか。

「鎮波姫さんに頼みたいのは……女性としての感覚についての助言です」

「……なんだか、思ってたのと違いますね」

 ルクスに頼られるのは悪い気はしなかったのだが、内容を聞いて少し不安を抱えてしまった。

「ルクスくんの言っていることはいまいちよくわかりませんが、私に一般の女性に通じる感覚があると思ったら大間違いですよ」

「え、そうなんですか?」

「何せ私は倭州の征流殿育ち。外界と隔てられた世界で育った、いわゆる『箱入り娘』です」

「自分で言う肩書きじゃありませんけど……」

「そんな私に『女性としての意見』を求めたとしても、それは世間一般の常識とは大きく外れたものになりましょう」

「それも自分で言うような評価じゃないと思いますけど……」

 どうやら鎮波姫は自分を世間擦れしていない感覚の持ち主だと思っているらしい。

 いや、実際そうなのだろう。何せ彼女は自称倭州のお姫様だ。

 そんな彼女が一般人と同じ感覚を共有しているか、と問われれば首をかしげてしまう。

 ……それを自分で大っぴらにひけらかすのはどうかと思う、というのはさておき。

「で、でも大丈夫です。僕が欲しいのは大体の方向性。鎮波姫さんの感覚で是非を決めてもらえれば、なんとなくアタリをつけて、最終目標を決めたいと思います」

「……ルクスくんが買おうとしているのは、ミーナさんへの贈り物ですか?」

「へぁ!? どうしてそれを!?」

 鎮波姫に図星をさされ、ルクスは突拍子もないような声を上げてしまった。

 だが、そんなことはすぐにわかる。

「日頃の恩返し、と言ったところでしょうか? ふふ、ルクスくんも可愛げのある所を持ち合わせているんですね」

「ど、どういう意味ですか」

「いえ、ずっと年恰好に不相応なほどに落ち着いているので、少し安心しました」

 日頃の落ち着きと言い、先ほど見せた算術と言い、ルクスは年齢に不相応な部分が多すぎる。

 そんな彼を見ていて、急に子供らしく『お世話になった人に贈り物がしたい』などと言われれば、少し面を食らってしまうのもおかしくはないだろう。

「ですが、わかりました。そういうことならば、この鎮波が微力ながらお手伝いさせていただきましょう。ルクスくんにはこのあいだ、助けてもらった恩もありますしね」

「ありがとうございます!」

 命の恩をこんなことで返済できるとは思っていないが、ルクスが困っているならば手を差し伸べてやるくらいは、お安い御用というやつである。

「鎮波姫、ルクスくん、そろそろ良いかな?」

「あ、はい! ワッソンさんが呼んでます。行きましょう」

「はい」

 店の外から声を掛けられ、二人はその場を後にした。


 店の外で待っていたのはワッソンと永常。

 二人は外へ出かけるというルクスと鎮波姫の護衛について来てくれたのだ。

「お待たせしました」

「用件は終わりましたか? 良ければ次は市場の方へ行こうと思うのですが」

「ワッソンさんも何か用事が?」

「ええ、ここまで歩いてくる間に、古書の露店を見かけまして」

 ワッソンはフィムの弟子であり、神火宗で修行をしてきた魔術師である。

 そんな魔術師のワッソンは研究者でもある。ルヤーピヤーシャにやってきて珍しい古書などを見かければ興味が惹かれるのも当然であった。

 何せ、少し前までアガールスとルヤーピヤーシャは戦争状態であった。こんな機会でもなければ滅多にルヤーピヤーシャの市場になど足を運べないだろう。

 ともなれば、千載一遇の機会を逃したくないのは心情というものだ。

「僕らも市場に行きたかったんです。ね、鎮波姫さん」

「はい。是非とも」

「……姫様、なんかその少年とずいぶん仲良くなりましたね」

 敵意に近い感情が目に見える永常はジッとルクスを睨みつけるが、その視線の間に鎮波姫が立つ。

「それは旅の仲間ですもの。仲良くもなります」

「いや、そりゃそうかもしれませんけど……」

「永常も、もう少し周りの方々と親睦を深めたらいかがですか? その方が、旅も円滑になりましょう」

「姫様は目的をお忘れになっていませんか? 我々の目的は倭州へ戻り、金象や蓮姫に復讐を果たすことですよ?」

「わかっています。しかし目標を達成する前に、まずはこの旅の行く道を有意義にするため、仲間とは仲良くしておくべきだ、と言っているのです」

「言わんとするところはわかりますがね……」

 なんとも納得しにくいらしい永常は難しい顔をしながらも、市場の方へ移動し始める一行に渋々ながらとついてくるのだった。


****


 市場はピークタイムを過ぎたこともあり、幾分か落ち着いたように見えた。

 人の流れも多くなく、店主が暇を持て余して座っている露店が多く見受けられる。

 露店を見て回っている客は、商家が抱えている買い付けの人間ではなく、今日の夕食の献立を考えながら歩いている主婦が野菜や干し肉を眺めていたり、旅の途中でリルリンガ・リに立ち寄った旅人がお土産を買っていたりするようだった。

 ルクスたちはそんな旅行客に混じって、土産物のようなモノを売っている露店を品定めする。

「これらは……魔よけですかね?」

「不思議な形をしていますね。ルヤーピヤーシャ独特のものでしょうか」

 アガールスでも倭州でも見たことのない木彫りの小さな人形が露店に並んでいるのを見つけた。それは親指ぐらいの大きさで、細かな彫刻が施されていた。

 デザインはとてつもなく多く、並んでいる数十の人形は一つとして同じものがなかった。

 かなり手の込んだ人形のようだが、お値段はかなりお手頃である。

「店主さん、これって何を模して彫られてるんですか?」

「さてねぇ。俺が作ったんじゃないしなぁ」

「誰が作ったんです?」

「わかんねぇよ。俺は旅人から買い付けただけだ。……でもなんだったっけな、倭州の方から仕入れたって言ってたぜ」

 店主の話を聞いて、ルクスは鎮波姫の顔を見る。

 ……が、彼女も不思議そうな顔をしていた。

 どうやら倭州特有のデザインであるわけでもなさそうだ。

「彫刻家が独自で作り出したモノって事ですかね」

「だとしたら独特の造形であるのも頷ける……」

「ルクスくん、これにします?」

「い、いえ……もうちょっと他の店も見てから考えようかな、と」

 オリジナリティあふれるデザインで、魅力がないわけではないのだが、それでも女性に対するプレゼントとなると首を傾げる。

 ルクスが求めるのはミーナが喜びそうなものだ。それはおそらく、これではあるまい。

「鎮波姫さんはこの人形、どう思いますか?」

「小さくで持ち運びもしやすく、値段もお手頃ですし、造形も可愛げがあると思います。私は嫌いじゃないですよ」

「そうですか……なるほど」

 鎮波姫が言うように、持ち運びのしやすさはかなり重要な点だ。

 ミーナはもともとアガールスを歩き回っていた旅の僧侶。あまりかさばるものは好まないだろう。

 神火宗の作るお守りとは違った趣があるのも、悪くないと言えば悪くない。

 ただ、もう少し大衆に受けがよさそうなデザインの方が安牌である気はする。

「ある程度小さくて、造形が凝ってて、お手頃なもの……難しいですね」

「ふふ、贈り物は悩めば悩んだだけ、受け取った側も嬉しいものですよ」

「そ、そうなんですか! じゃあ……」

 鎮波姫からの助言を受け、ルクスは次の露店へと駆けていった。

「……さて、私もボチボチ買うものを見ていかないとなぁ」

 ルクスの事ばかりを気にかけてもいられない。

 鎮波姫もアラドへの謝礼の品を見繕わなければならないのだ。

 何を贈るかはある程度決めているのだが、それが予算内に収まるかどうかは、この町の物価次第といったところか。

「鎮波姫さーん、ちょっと見て下さーい」

「はぁい、今行きます!」

 ルクスに呼ばれ、鎮波姫も別の露店へと向かった。


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