余話2ー1 守り刀 1

余話2 守り刀


 ルヤーピヤーシャを往く一行は、とある場所へと立ち寄っていた。

「着きました。ここがリルリンガ・リです。今日はここで宿をとりましょう」

 馬車が二台とも停まり、一行は大通りで降ろされる。

 眼前に広がるのは大規模な市場であった。

「ここが噂に聞くリルリンガ・リか」

「確か、ルヤーピヤーシャの台所と呼ばれるほど重要な場所であるとか」

「そんな場所に俺たちを招待しても良かったのか?」

「……? 何か問題でも?」

 茶化したようなグンケルの質問に、従者は心底理解できない、といった風に首を傾げた。

 ルヤーピヤーシャ人というのは、こういうところがある。

「なんでもないよ。気にしないでくれ」

「そうですか。では宿の方へご案内します」

 すぐそこの建物に案内を始める従者。

 その背中を追いかけながら、鎮波姫がルクスに耳打ちをする。

「さっきのは、どういう意味なんです?」

「えっと……」

 さっきの、というのはおそらく、ワッソンと従者のやり取りの事だろう。確かに、不自然な所があったので、鎮波姫が疑問を抱えるのも無理もない。

 しかし、その疑問に対する答えはルクスも持ち合わせていなかった。

「ルヤーピヤーシャの人間は、自然と我らを見下している、ということです」

「わっ!」

 ぬっと現れたワッソンが代わりに答える。

「ルヤーピヤーシャの人間は、そのすべてが元をたどれば神人と呼ばれる、神の血を引く人間です。我々アガールス人とは、その血統が違う」

「ルヤーピヤーシャ人とアガールス人は、具体的に何がどう違うんですか?」

「大きくは二点。一点目は単純に魔力出力。神の血による影響か、アガールス人よりも神の血を引く人間の方が、発生させる魔力量が多いです」

 人間は多くの生物と同じく、魔力を発生することが出来る。

 その魔力はほとんどが魔術を使う際に使用されることになるのだが、魔力の出力量が多ければ多いほど多彩かつ強力な魔術を操ることが出来るのだ。

 つまり、ルヤーピヤーシャ人はアガールス人に比べ、優秀な魔術師を多く輩出できる可能性があるということである。

 帝の血統はその最たる例であり、神の血を濃く受け継ぐ歴代の帝は、そのすべてが優秀な魔術師であった。

 先代の雷覇帝などはそこに加えて武勇にも優れていたので手に負えなかった。

「第二に、身体能力が総じて高いです。見かけは我々と大きく違いませんが、寿命が長く、筋肉が発生させる力も大きい傾向にあります」

 魔術師を多く輩出できる可能性のあるルヤーピヤーシャ人でありながら、魔術師としての才能がなかったものでも優秀な戦士となりうる可能性がまだ残されている。

 神の血によって人間としての作りが変容したのか、アガールス人と見かけこそ変わらないが、そのパワーは平均値で五割増しであると考えられている。

 更に寿命は二倍から三倍、神人と呼ばれる存在ともなれば、数百年を生きるとも言われており、実際雷覇帝の御代は二百年近くも続いていた。

「え、それじゃあアガールスはとてつもなく不利だったのでは?」

「そうです。戦争において、我々アガールスは常に苦境に立たされていました。しかし、それでも我々がルヤーピヤーシャに国土を奪われなかったのは、彼らが驕り高ぶり、我々を自然と見下していたから、というのも一因として数えられます」

 つまり、ルヤーピヤーシャは最初から舐めプをしているわけである。

 全ての能力値において、完全な上位種であるルヤーピヤーシャ人は、アガールス人に対してナチュラルに驕りを抱いている。

 それは最早種族的な意識とも呼べるものであり、ルヤーピヤーシャ人が百人いれば百人がアガールスを見下していると言っても良い。

 しかし、それは文字通りの驕りなどではなく、事実を事実として認識しているだけである。

 実際にルヤーピヤーシャ人は、単一の能力であれはアガールス人を凌駕する。

「だからこそ、彼らは我々に重要な拠点を見せても構わないと考えているのです。ここまで攻め込めるはずがない、と高をくくっている」

「なるほど……」

 それを驕りと取るか、自信の表れと取るかは、個人の裁量によるところだろう。

 アガールス人であるワッソンは舐められているという状況を看過できるはずもなく、またこれまでの歴史を振り返るに、アガールスはルヤーピヤーシャと対等以上に渡り合えているという自負から、彼らの驕りであると評価し、ルヤーピヤーシャ人は当然のように事実として状況を評するだけだ。

 アガールスは実際、ここまで攻め入ったことはない。

「いつかルヤーピヤーシャの人間に辛酸をなめさせてやろう、と考えていたのですがね……」

「抑戦令、ですか?」

「それもあります。……ですが、それとはまた別の理由も……」

「え? まだ何かそうできない理由でも?」

「ええ。まぁ、その話はいずれ。さぁ、置いていかれますよ」

 言葉を濁したワッソンは、宿の中へと入って行ってしまった。

 ルクスと鎮波姫は顔を合わせて首をかしげたが、二人ではその答えを得ることはできない。

 とにかく、今は宿へと入ってしまおう。


****


 リルリンガ・リと呼ばれる大きな市場は、それだけで大きな町と扱われる程の規模と施設を持っていた。

 活気付く市場を中心に、周りには大きな商家が持つ商館や倉庫、そして酒場や宿泊施設、更に外縁になれば市場で働く人間の住家が立ち並んでおり、実際にアガールスにある中規模の領都にも匹敵するような広さがあった。

 本日はここで一晩宿を取り、その間に必要物資を買い足し、この先にある分かれ道で神槍領域へ向かう組と帝都へ向かう組に別れる予定であった。

 つまり、明日からしばらく一行は離れ離れになってしまうというわけである。

(もうすぐ、アラド様たちとはお別れですね……)

 男性組と女性組、そしてアラドで部屋分けがされた一行。

 女性部屋の窓際で大通りを眺めながら、鎮波姫は物思いにふけっていた。

 当初の予定よりも旅程が遅延してしまったため、一行が全員で神槍領域に寄り道していると帝への謁見の予定に間に合わないということで、アラドは神槍領域に立ち寄らず、そのまま帝都へ向かうこととなった。

 そして帝都へ向かう馬車にはアラドとアラドの護衛であるグンケルとワッソン、そして帝の従者が乗れば定員いっぱいである。残りのメンバーは幌馬車で神槍領域へ向かうことになる。

(あの時、私を助けて下さったことに対して、まだ充分にお返しできていないのに)

 亡霊に拉致されかけた鎮波姫。それを助けたのはアラドとルクスであった。

 二人には一応、言葉でのみお礼を伝えていたのだが、それだけで済むのは倭州でのみだろう、と鎮波姫は考えていたのである。

 倭州では特別な存在である鎮波姫。その言葉は特別な意味を持ち、一言お礼を言うだけでも倭州の人間にとっては特別な栄誉となる。

 だがここはルヤーピヤーシャ。そして相手はアガールス人である。

 ここでは鎮波姫も一般人でしかない。いや、何ならアガールスには不法侵入しており、罪人として扱われてもおかしくない立場であった。

 ならばこそ、アラドとルクスにはお礼を一言伝えるだけでは足りない、と考えたのだ。

(贈り物……そうです! 何か贈り物を餞別として差し上げるのはどうでしょう!)

 ルクスはともかく、アラドは一度道を分ければ再び会うのはしばらく先になるだろう。

 となれば餞別を贈るのは全くおかしい事ではない。

 幸い、ここはルヤーピヤーシャの大きな市場、リルリンガ・リである。

 贈り物を購入するのに便利な店が軒を連ねているであろう。

(そうと決まれば早速――)

「あー、ちょっといいか」

 そこへ、ノックの音が転がってくる。

「はーい、はいはい」

 一番ドアの近くにいたミーナが立ち上がり、部屋の中にいた鎮波姫とユキーネィに目くばせする。

 二人ともドアを開けていいよ、とアイコンタクトで返し、ミーナがドア前に立った。

「どなたですか?」

「あー、アラドだ。ミーナとユキーネィに用があるんだが」

「え? 私たちですか?」

 名指しされたミーナとユキーネィはお互いに顔を見合わせる。

 アラドに呼び出される理由がいまいちわからない。

 そして鎮波姫は少し眉をひそめた。

 どうしてその二人だけ。どうして私は呼ばれないのか。

 困惑したミーナが再び尋ね返す。

「わ、私たちにどういったご用でしょうか?」

「買い物をしたいんだ。付き合ってくれないか?」

「それじゃあ鎮波姫さんも――」

「いや! 鎮波姫は遠慮してくれ!」

 ミーナが自然な流れで鎮波姫も誘おうとしたのだが、アラドがそれを制した。

 しかも何故か動揺した風だった。

 何故……?

 女性部屋の空気が少し重くなる。

 そんな中で鎮波姫はニコリと笑った。

「だ、大丈夫ですよ。私も少し用事がありますから、そちらへは付き合えませんし」

「えっと……でも……」

「ユキーネィさんも、部屋の中でこもっていても仕方ないでしょうし、行ってきたらいかがですか?」

「そうですね。行きましょうか、ミーナさん」

「え、え、でも……」

 ユキーネィにぐいぐいと背中を押され、ミーナは鎮波姫を心配そうに見ながら部屋を出て行った。

 二人を笑顔で見送った後、鎮波姫は小さくため息をつく。

「アラド様は単なる女好きなのでしょうか」

 ふと、自分にかけられた言葉を思い出す。

 鎮波姫を美しいと言ったのも、常套句だったのかもしれないな、なんて考えてしまい、少し自分に嫌気がさした。


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