18 岐路
18 岐路
光塵の一件の後、一行は改めてルヤーピヤーシャの内地へと向かっていた。
ルヤーピヤーシャの南部にある半島から、ひたすらに北上していたのだが、内地に入るたびに景色は荒涼としてくる。
元々厳しい土地であったルヤーピヤーシャ。南部の豊かな土地に比べ、北部には赤茶けた大地とはげ山ばかりが目立つ。
その荒野と草原の境目に近い場所にて、馬車は一度、進行を止めた。
「もうすぐ分かれ道となります。そこで二手に分かれましょう」
従者がそう提案したのである。
「ここから神槍領域へ向かうと、帝都に到着するのが予定より遅れてしまいます」
「神槍領域は遠いのか?」
「正確な位置は領域の僧侶しか知りませんが、ここから東の方向へ逸れるとの事。おおよその距離を概算し往復する時間を考えれば、アラドラド卿にはまっすぐ帝都へ向かっていただかなければ」
光塵によって発生した遅れに加え、ここまでの道中もそこそこゆっくりとしたスピードであった。本来ならば神槍領域へ寄り道しても間に合う計算だったのだろうが、積もり積もったゆっくりが余裕を使い果たしてしまったようだ。
そして、帝都で待ち受けているのは帝。アスラティカで唯一皇帝を名乗っている人間である。
ルヤーピヤーシャでも絶対的な権力者であり、彼は彼で多忙なのだろう。
こちらから謁見を申し出ている以上、予定から遅れて先方の都合を無視することは失礼に当たるだろう。
「まぁ、仕方ないか」
「では、アラドラド卿の了承も得られたところで、神槍領域へ向かう馬車には、あちらの幌馬車に乗っている方々にそのまま向かってもらいます」
「え? それは……」
つまり、アラド、ワッソン、グンケル、そしてルヤーピヤーシャの従者の乗る、豪華な馬車と、ルクス、ミーナ、鎮波姫、永常、そして神火宗の僧侶二人が乗る幌馬車で別行動を取るということだ。
「搭乗可能人数的に、そうするしかありますまい?」
「いや、それはそうだが……」
「アラドラド卿は、この分配に何か不都合でも?」
「あぁ……いや、合理的だと思う」
従者のメンバー振り分けは、実に妥当であった。
神槍領域に用があるルクスとミーナ。そしてその二人に護衛として神槍領域の僧侶が二人と、永常。ついでに永常が守らなければならない鎮波姫。
帝都にいかなくてはならないアラドと、その護衛であるワッソンとグンケル。そしてその案内である従者。また、護衛の騎士が五騎。
普通に考えれば異論をはさむ余地はない。
ただ、アラドの個人的な感情で言えば、自分の責任で連れてきたルクスとミーナ、鎮波姫と永常は、出来るだけ手近な場所に置いておきたかったのだ。
一度、帝と謁見を優先し、全員で帝都へ向かって用事を終わらせた後に神槍領域へ向かう事も考えたが、神槍領域の方にも都合はあるだろう。
帝を待たせるわけにはいかないのと同じ理由で、神槍領域を訪れるのに遅れが出るのも看過しづらい。
スケジュールをこちらの都合でごちゃごちゃさせるのはワガママというもの。
いかに太刀雄と言えど、感情だけでワガママを徹す事は出来なかった。
「では、幌馬車の方に伝えてきましょう」
「いや、それは俺が行こう。俺の連れだからな」
幌馬車の方へ向かおうとする従者を抑え、その役はアラドが買って出た。
****
「というわけで、もうちょっと進んだ先にある町で一泊した後、別行動を取ることになった」
「は、はぁ」
幌馬車に乗っていた全員を集め、アラドが端的に報告を済ませる。
唐突な話ではあったが、別に納得できないわけでもないので、そのようにするしかあるまい。
「すまん、鎮波姫、永常。俺の勝手で連れて来ていながら、面倒を見ることが出来ない」
「あ、いえ、気にしないでください、アラド様。神槍領域には強い結界が張られていると聞きます。外敵に晒される心配はないとも」
頭を下げるアラドに対し、鎮波姫は笑って手を振った。
神槍領域は神火宗にとっては大事な場所、聖地とも呼べる場所である。
最初に灯った神の火の燭台があり、また強力な神具である
ここを重点的に守るため、神槍領域の詳細な位置を広く知らせていない。また神槍領域の周りには特殊な結界を発生させており、誰かが迷い込む心配すらもない。
入ることが出来るのは、神槍領域で大権僧以上の地位を認められた一部の人間と、彼らに許可をもらった人間のみである。
今回は神槍領域から派遣されてきたエイサンとユキーネィがいるため、神槍領域に踏み入ることが出来るわけだ。
「アラド様の用事が終われば、迎えに来ていただけるのでしょう?」
「まぁ、そのつもりだ。出来れば、みんなにも帝都に来て欲しかったもんだがな。なんでも、帝の持つどえらい宮殿があるらしい。きっと話のタネになったろう」
「ふふ、ではそのお土産話を楽しみにしております」
随分と打ち解けた様子のアラドと鎮波姫。
その様子を見ながら、永常は眉間にしわを寄せる。
「アラドラド卿。姫様に馴れ馴れしすぎるのでは?」
「ん? おぉ、そうだったか。すまんな。常々気を付けてるつもりだが、どうやら俺の悪癖らしくてな。気に障ったならすまんな、鎮波姫」
「え、私は別に――」
「そうです! 姫様は倭州の宝なのですよ! いくらアラドラド卿がアガールスの筆頭領主とは言え、軽々に世間話など……ッ!」
そこまで言って、永常は言葉を何とか飲み込む。
それはもう焼けた鉄球を飲み込むような表情であったが、しかし、それでも何とかこらえたのであった。
何故なら、アラドは鎮波姫がさらわれた際、助けてくれた人物である。
護衛である永常の尻ぬぐいをして、大事な大事な姫の命を助けてくれた、大恩人なのだ。
あまり強く言うことも出来ない。
なので、本心では一ミリたりと近づくな、とは思っているが、それでも強くは言えないのである。
「とにかく、アラドラド卿は無事に勤めを果たして来てください。我々を倭州へ帰す話はそれからです」
「ああ、出来るだけ早く戻ってこれるようにしよう」
鎮波姫と永常の目的は、倭州へ戻り、金象や蓮姫に復讐を果たすことである。
このままアスラティカ大陸でウロチョロしていても、それは叶わない。
アラドは二人が倭州へ帰るために尽力すると約束した。そのため、約束が成就するまでは二人の面倒を見るつもりである。
船を用意する、というのもそのうちの一つだ。
ジョット・ヨッツを使っても良かったのだが、アガールスから倭州までは距離がありすぎて、鉄甲船を運用するにはコストがかかりすぎるうえに、アガールスから倭州へ向けて海路を行こうとすると、ルヤーピヤーシャの領海を通ることになる。
現在でもアガールスと倭州を繋ぐ貿易船の運航はあるのだが、コスト面から考えても便数は少なく、貿易を行うにも倭州から来る船を相手にする事の方が多かった。
これから新しく鉄甲船を運用し、ルヤーピヤーシャの領海を渡って倭州を目指すとなると、そこに軋轢が生まれないとも限らないので、その辺の話をするためにも、アラドは帝都へ行かなければならない。
一番良いのはルヤーピヤーシャの責任で船を出してもらい、倭州へたどり着くこと。そうなればアガールスの財布は痛まず、安全に倭州を目指すことが出来る。それが叶わなければ、アガールスの鉄甲船を使って領海を渡る許しを得ることが最低条件となるだろう。
それがアラドが鎮波姫たちとの約束成就の条件である。
「では、そういうことで。……ああ、ルクスくん。少し話がある」
「僕ですか?」
鎮波姫たちと一緒にいたルクスとミーナ。
その中で一人だけ名指しされたルクスは目を丸くしていた。
「ああ、ちょっと二人だけで話がしたい」
「えっ! 僕、何か悪い事をしましたか!?」
「そうじゃない。とにかく、ちょっと来てくれ」
他の三人から距離を取り、話が聞こえないように充分注意した後、アラドは小声でルクスに話しかける。
「ルクスくん、折り入って頼みがある」
「な、なんですか?」
ことさら周りを警戒しつつ話すアラド。
その内容はきっととてつもなく重要な案件なのだろう、とルクスは唾を飲み込みながら続く言葉を待つ。
「俺は君の本当の魔力を知った」
「あ……そ、そうだったんですね」
それは光塵によって発生した謎の敵――亡霊と呼ぶことにした――と対峙した時の事だ。
亡霊のターゲットをルクスに向けるため、ルクスは一時的に本来の魔力を解放した。
それは魔術適正を持たないアラドにすら、尋常ではない、と感じさせるほどの強力な魔力であった。
「それを見込んで、君たちの無事を、君に託したい」
「ど、どういうことですか」
「今回の旅程、ちょっと妙だとは思わなかったか?」
そう言われても、とルクスは首をかしげる。
そんなルクスの様子を見ながら、アラドは『俺の勘繰りすぎかもしれんが』と前置きを置いてから言葉を続けた。
「いくら何でも悠長が過ぎる。光塵の件は偶然の事故だとしても、それ以前、以後に関しても進む速さは遅すぎるぐらいだった」
「そ、そうなんですか? 僕にはちょっとわからないですけど……」
「その遅れの所為で、今回、二手に分かれることになったわけだ。……俺にはどうにも、ここに作為を感じる」
確固たる証拠はない。ただ、アラドの勘がそう告げていたのだ。
戦場でも勘を頼りに何度も死線を潜り抜けてきたアラド。自分の直感にはある程度の自信がある。……が、それを他人に手放しで信用しろというのも難しいのは重々承知である。
「ルクスくん。何か怪しいと思ったら、迷わずその魔力を解放しろ。俺たちに迷惑がかかるかもしれない、なんて懸念は一切いらん」
「あ……」
アラドは気付いていたのだ。
ルクスがアラドに迷惑がかかることを懸念し、ルヤーピヤーシャの人間には自分の本当の魔力を感付かせないよう立ち回っていたことに。
そして、ルクスの魔力が最大の切り札になりうることも。
「自分を……自分の大切だと感じるものを守るために、その躊躇はいらない。俺の事なら気にしなくていい。俺も、アガールスも、どうにでもなる。君は君の信じた道を行くべきだ」
「アラド様……」
力強く笑いかけてくるアラドに対し、ルクスはまっすぐその目を見つめ返し、頷く。
「わかりました。僕はきっと皆さんを守ります。ですから、アラド様も何の気兼ねもなく、帝都でのお勤めを果たしてください」
「ありがとう。随分と気が楽になった。……だが、あまり気負うなよ? 自分ひとりで抱え込む必要はない。仲間を信用するのは大切なことなんだからな」
「は、はい」
アラドに肩を叩かれ、ルクスはフン、と鼻を鳴らす。
誰かに守られてばかりだと思っていたルクスが、アラドに頼られているのである。
これほどやりがいのある事があろうか。
少年の瞳の奥に灯ったやる気の炎を認め、アラドは笑ってルクスの傍を離れた。
こうして、一行は二手に分かれ、それぞれの道を行くこととなる。
その先にそれぞれの苦難が待ち構えている事は、想像に難くなかった。
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