17-4 兆し 4
「お三方とも、無事のようですな」
遅れてやってきた面々が、アラドたちの様子を見て声をかけてくる。
その様子から察するに、ルヤーピヤーシャの従者や騎士たちも、神火宗の二人も、ルクスの魔力に関しては感付いていないらしい。
「ルクスくんの位置に魔術の気配がした時は冷や冷やしましたが……敵の魔術だったのですかな?」
「えっと……たぶんそうです」
従者に尋ねられて、ルクスは愛想笑いをしながら返事をする。
ルクスが発動させた闇の獣を召喚した魔術は、どうやら敵の目くらまし程度に考えられているらしい。
常識的に考えて、ルクスがあんな高等魔術を使えるとは思わないのだろう。
「しかし、どうして敵は急に姿を消したのか……」
「光塵とやらは、説明のつかない物質なんだろ? それによって現れた存在なら、説明もつかずに消えたりするさ」
従者が訝るのに対し、アラドがすぐに答えて見せる。
突っ込まれると困る話であっただけに、アラドが話題を回収してくれたのは、ルクスとしては助かった。
(どうやら僕の魔力の事は隠し通せたみたいだね)
『そうでなくては困る』
ルクスの尽力の甲斐があった、ということか。
それはワッソンに関しても同様のようで、彼もルクスの事は特に気にもかけず、アラドに近づいていた。
「アラド様、永常殿との立ち合いはともかく、今回の先走りは無茶が過ぎます」
「はは、すまんな。しかし、これもいつもの事だとあきらめてくれ」
「私はフィムフィリス様から、アラド様が暴走せぬよう仰せつかっているのです。後で叱られるのは私なんですよ」
「その辺は、上手くやっておいてくれよ。フィムには虚偽の報告をするとか」
「出来ません。ありのままを報告させていただきます」
永常との立ち合いはノリノリでジャッジを務めたワッソンであったが、今回のは流石に度が過ぎたようだ。
そもそも、ワッソンはフィムの弟子である。根っこの部分は彼と似たところがあるのだろう。
アラドの暴走に頭を痛め、また彼の行動を戒めるなら手を尽くす。
もし、今回のような暴走が今後再発した場合、フィムへの報告がアラドの抑止力になるのであれば、ワッソンはためらわずにそのカードを切るだろう。
「いや、しかしアラドはともかく、坊主もやるじゃないか」
二人の間を割って、グンケルがルクスの頭を乱暴に撫でた。
「俺より先に走り出すとは、正直驚いたぜ」
「え、っと、僕はなにも……」
「そうです! ルクスくん!」
照れくさそうに笑うルクスであったが、眉間にしわを寄せたミーナが近づいてくるのを見て、少し縮こまる。
「あ、あのミーナさん、これは……」
「言い訳は聞きませんよ! ルクスくんはまだ子供なんですから、本当に無茶なんかしないように! アラド様やグンケルさんみたいに、大きくなってから冒険しましょう」
「は、はい……」
「ま、待ってください」
ルクスに説教をするミーナであったが、そこに助け船を出したのは、鎮波姫であった。
「私はルクスくんに助けていただいた身です。余り強く叱らないで上げてください」
「え、で、でも……」
「どうか……」
「うーん、鎮波姫さんがそこまで言うなら……」
深々と頭を下げられては、ミーナとしてもこれ以上強く言う事も出来なかった。
ルクス自身も反省しているようだし、説教を続けることもないか。
「ルクスくん、今後は気を付けるように」
「はぁい」
お決まりのような締めの文句が付け足され、どうやら説教は終わったらしい。
「さぁ、一件落着したのならば、野営の準備をいたしましょう。ここからでは宿場は遠く、もうすぐ日も落ちます」
従者の号令で、一行はここで野営を行うこととなった。
幸い、万が一の準備としてある程度の道具は揃っており、また遠征の経験もあるアラドたちはその手の作業についてはお手のものであった。
何の滞りもなく、野営の準備は整い、一行は付近で一夜を明かすこととなった。
そして、あの不気味な敵の襲来以後、光塵が現れることもなく、妙な現象が起こることもなかった。
****
その夜。
光塵の影響も警戒して、ローテーションを組んで見張りを立てていた一行。
アラドもその役目を買って出て、夜の深い時間に焚火の番をしつつ、辺りを警戒していた。
「ルヤーピヤーシャの夜は冷えるな……」
満天の星空を見上げ、羽織っていた毛布に首を沈めるように縮こまる。
土地の気候は、その土地に強く影響している魔力に因る。
アガールスは比較的温暖な気候な土地が多く、緑も豊かだ。
しかし、厳しい山々が多いルヤーピヤーシャは土壌が厳しく、また風も冷たい。
神人を多く有するルヤーピヤーシャは、しかし、この厳しい土地を自分たちの国と定めた。
遥か古、建国をした神人たちが何を思ってアガールスの土地ではなく、この土地を定住の土地としたのかはわからないが、逆に神人でなければこの土地で暮らすのは難しかっただろう。
アガールス人がルヤーピヤーシャで生活をするのならば、比較的平地の多い南部の半島になるだろう。北部の土地は険しい山々ばかりで、さらに北部、ラスマルスクと呼ばれる土地はルヤーピヤーシャよりも
だとすれば、神人がこの土地を選んだのではなく、この土地で暮らせない人間がアガールスへ逃れたのかもしれない。
そんなことを考えていると、テントから出てくる人影を見つけた。
「おや、どうした? 眠れなかったか?」
「あ、いえ……」
明かりの近くへやってきたのは、鎮波姫であった。
「えっと、その……」
アラドを前に、何か言葉を選んでいる様子の鎮波姫。
話があるのだろうか、と察したアラドは腰かけていた丸太の隣を、少し空ける。
「良ければ隣へ。焚火の近くの方が温かいぜ」
「あ、すみません」
気遣いを受け、鎮波姫はアラドの隣に腰を下ろした。
しばらくは二人で押し黙りつつ、炎の揺らめきを眺めていた。
涼風、というには寒さが強い風を受け、アラドは余っていた毛布を一枚、鎮波姫に手渡す。
「ほら、使いな」
「はい、お気遣い、ありがとうございます」
毛布を羽織った鎮波姫は、その温かさに安堵するかのようにため息をついた。
その横顔を見つつ、アラドは口を開く。
「昼間は災難だったな」
「え? ああ……」
「あいつら、一体何だったんだろうな」
「神火宗の羽織りらしきモノを
「俺が見た限りでも、神火宗の羽織りに見えた。しかし、ワッソンも神槍領域から来たやつらも、あんな術は知らないという」
新しい術は日々開発されている。
だが、それでもある程度の系統は体系付けされているものだ。
全く新しい術の開発など、そうそう行われるものではない。
だとしたなら、空を飛ぶ魔術、身体を半透明にする魔術、その他もろもろ……彼らが操っていた魔術の術式は見たこともないモノばかりであった。
「まぁ、神火宗が俺たちを襲ってくる理由もない。やっぱり光塵とやらが引き起こした謎現象だと思った方が良いのかもな」
「だとしたなら、本当に事故のようなものなのですね」
「まぁ、そのせいで死にそうな目にあった鎮波姫にとっては、とんだ災難だったろうけどな」
「……そのことなのですが」
茶化すように笑ったアラドに、鎮波姫は真面目な顔で彼を見据えていた。
「助けていただいたこと、まともにお礼も言えていませんでした」
「え? ああ、別に構わないさ。俺がやりたくてやったことだし、結局、直接助けたのはルクスくんのようなもんだ」
「ルクスくんには、野営の設営中にしっかりとお礼を言いました。……ですが、あなたも確かに、私を助けていただいたと、そう思っています」
「いや、むしろ俺は姫を危険に
アラドにしては珍しく、彼は気落ちしたような表情を浮かべ、焚火に薪をくべた。
「俺たちがもっと気を付けていれば、姫があいつらにさらわれることもなかったんじゃないか……そもそも、無理にルヤーピヤーシャへ連れてこなければ、こんな目に遭うこともなかったんじゃないか、ってね」
「いいえ、あの敵の数はどんな英傑であれど手に余るでしょうし、直前にあなたに手傷を負わせてしまったのも、永常が原因です。ルヤーピヤーシャへ来ることに至っては私が了承したことです。ありがたく思うことはあれど、恨むことはあり得ません」
「だがなぁ……」
「それとも、私のお礼は受け取るのが嫌ですか?」
「そんなことはないけど……」
少しうなだれてしまった鎮波姫を見て、アラドは根負けしたように苦笑いした。
「わかった、わかったよ。そんな顔をするなって」
「で、では……」
「ああ、俺の負けだ。俺は姫を助けたし、姫からお褒めの言葉をいただくにふさわしい働きをした。それでいいか?」
「えっと……少し違うような気もしますが、そうです」
なんだか無駄に尊大な態度を取られたような気がするが、そこは横に置いておこう。
気を取り直すように咳ばらいをしつつ、鎮波姫は改めてアラドの目をまっすぐに見つめる。
「アラド様」
「……お、おう」
「この度は、本当にありがとうございました。鎮波は、あなたのおかげで今も命を繋いでいられます」
腹の前で手を組み、静かに頭を下げる鎮波姫。
その所作はとても美しく、まるで水が流れるかのごとく自然で、不思議と目が離せなかった。
「やはり、アンタは美しいな」
「……え?」
「エーテルベンで一目見た時から、そう思っていた。今、改めて……いや、あの時より強くそう思う」
「あ、あの……アラド様?」
「おっと、すまん。また少し先走っちまったか。フィムにも常々、俺は気配りが足りんと言われているんだが、どうにも性分でね」
アラドの誉め言葉に照れたように、赤く火照った顔を隠すため、少し毛布を引き上げる鎮波姫。
それを見て、アラドは自嘲するように笑う。
「すまんな、忘れてくれ」
「い、いえ……嬉しいです」
言葉を取り消そうとしたアラドであったが、鎮波姫は顔を隠しつつ、首を振った。
鎮波姫も、今まで誉め言葉を受け取ったことがないわけではない。倭州では常々、崇め奉られていた存在であるため、誉め言葉など腐るほど聞いたはずである。
だからこそであろうか、アラドの言葉は形式上のものや、ご機嫌取りのものなどではなく、本心から溢れたものなのだと確信できてしまった。
なので余計に気恥ずかしい、というのもある。
「姫、そろそろ戻った方がいい。明日もまた、旅は続くんだからな」
「え? は、はい……」
確かに夜も深い。もう一度寝なおさなければ、明日の予定に支障が出るかもしれない。
だが、それでも――
「もう少し、ここにいさせていただけませんか?」
「俺は構わんが……大丈夫か?」
「はい。お願いします」
なんだか今は、このまま静かに時を過ごしたい気分であった。
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