16-2 還り来るもの 2

 ワッソンを始め、エイサンとユキーネィが放つ魔術の光が、幾本にも枝分かれして空を舞う。

 瞬く間に数十本に派生した魔術の矢は、的確に空飛ぶ敵を捉え、一撃で撃ち落としていった。

「やはり魔術は制圧力がすさまじいな」

 アラドが呟く間にも、敵の数はかなり消え去り、その密度は大幅に激減した。

 しかし、それでも敵の勢いは失われず、地面を滑るスピードも衰えない。

 わき目もふらずに鎮波姫へと一直線だ。

「騎士たちよ、ルヤーピヤーシャの誉れにかけて、一人でも多くの敵を討て!」

 従者の号令によって、騎士たちは一斉に馬の腹をける。

 一度、雄たけびのようにいなないた馬は、騎士を乗せて横列で突撃を始めた。

 横並びの敵の一団に対し、騎士たちも横並び。

 両者の激突は、しかし静かなものであった。

「おら!」

「うりゃ!!」

 騎士たちは手に持っていた剣を振るい、敵を一人二人と切り伏せたのだが、敵の方は全く意に介していないようだった。

 斬撃によって確かに数は減った。だが、それでも敵は仲間がやられたことに気が付いてすらいないかのように飛翔を続ける。

「こいつら……ッ!」

「そちらへ行きましたぞ!」

「おい、馬が!」

 困惑する騎士たちは馬を反転させようとしたのだが、しかし、敵の一団が馬に直撃する。

 目標に向けて一直線、というのは、本当に一直線だったのだ。

 鎮波姫に向けて最短距離を行くように、敵はその間にあるあらゆる障害物を考慮せずに全速力で移動している。そこに騎士が、馬がいてもお構いなしなのだ。

 そして、激突の衝撃は思ったより強い。

 ある程度の質量を持った物体が、全速力で体当たりをしてくるのだ。そこに怖気が全くなく、勢いを一つも衰えさせないとなれば、その衝撃は想像以上であろう。

 また、敵は重力を全く意に介さず、自由に浮遊をしている。結果、馬に激突する箇所は胴体や足ばかりではなく、頭に、首に、あらゆる場所に至る。

 四方八方から襲い掛かる激突に、重度の混乱に陥った馬は、前足を上げ大声でいななき、まるでロデオのように暴れ狂う。

「どう、どう!」

「なんだってんだ!」

 どうやらしばらく行動不能になってしまったらしいルヤーピヤーシャの騎士たち。

 それでも彼らの仕事は充分なものだ。

 馬や騎士に激突した敵は、それだけで霧消している。どうやらダメージにはめっぽう弱いらしい。小さな衝撃であっても、その体を保てないようだ。

 見れば、敵の一団の数はほぼ半減しているのである。

「ルヤーピヤーシャの連中に負けてられないぞ、グンケル!」

「先鋒は任せるぜ、大将!」

 敵の一団が一足一刀の間合いへ入った瞬間、アラドはその剣を閃かせる。

 剣閃は美しく、流れるように走り、敵の身体を斬り飛ばした。

「手ごたえはある……だが、」

 アラドの剣は確かに敵を捉え、その身体を両断していた。実際に、剣戟を受けた敵は霧消し、そのまま光塵のような光る粒子となって消え去っていく。

 しかし、アラドが撃ち落とせたのは僅か数体。魔術による迎撃と騎士の横列突撃に比べれば、スコアは相当低いと言えるだろう。

(万全の状態なら、もう少し行けたが……ッ!)

 永常との立ち合いのダメージが抜けきらず、十全の力は発揮できなかった。

 結果、二十体近くも残存したまま、敵の一団はアラドの間合いを抜けて、背後へと過ぎ去っていく。

 まるでこの場にいる誰もが敵として見られていないようであった。

 敵が見据えるのはただ一人、鎮波姫のみ。

「他の奴らだけに良いカッコはさせてられねぇッ!」

 彼女の前に立ったのは、最後の砦であるグンケル。

 その逞しい肉体に似合う、巨大な剣を担ぎ、敵の一団へと相対する。

「私も、守られているばかりではありません」

 グンケルの背後で、鎮波姫も鉾を構え、迎撃の体勢を取っている。

 彼女もまた倭州の人間。姫とは言っても武の心得はある。ただただ守られるだけの人間ではないのだ。

『マオウ ノ ウツワ……ッ!!』

 最早目前にまで迫ってきた敵の一団は、鎮波姫を間近に見据えて、なおさらその勢いを増す。

 最初と比べ、その数を激減させた敵ではあるが、その士気には一分の減退も見られなかった。

「やりにくいやつらだなッ!」

 敵として相対するとなると、全く士気の衰えない軍団というのは、やりにくい。

 普通なら一瞬で部隊が半壊したとなれば、恐慌状態で三々五々に逃げ出してしまってもおかしくはないだろう。

 だが、敵は逆に勢いを燃え上がらせ、その速度を上げて、一直線に目標に向かってくる。

 全く意気の衰えない、統率の取れた集団というのは、それだけで脅威である。

 戦場でもそうそう相対する事はないが、まさかこんなところで対面するとは。

「だからって萎えてばかりもいられねぇよなぁッ!」

 厄介な相手だとは言え、相手を選べないのが戦士の常。

 グンケルは担いだ剣を振りかぶって、敵へと踏み出す。

「おおおおおおおッ!」

 気合と共に、思い切り振りぬく。

 突風のような衝撃が飛び、その一薙ぎで広範囲を切り伏せた。

 しかし、大振りがゆえに連撃は叶わない。

 グンケルが構えなおす前に、敵の残存勢力は背後へと抜けてしまった。

「姫ぇ!」

「いざ……ッ!」

 グンケルの一撃だけでも相当敵を巻き込んだのだが、それでも十数体程残った敵の一団が、ようやく鎮波姫へと襲い掛かる。

 待望の獲物を目前にして、敵の一団の勢いはさらにいっそう膨れ上がった。

 そんな敵を前にして、しかし鎮波姫も退かない。

 しっかりと腰を据え、鉾を構えて正面に対する。

「この鉾を、単なる儀礼用だと思わないことですねッ!」

 鎮波姫の持っている鉾は、彼女の持ってきた戴冠の鉾。

 穂先や柄、石突に至るまで細かく装飾が施されているため、一見、実用性を度外視した儀礼用の武器と見られがちだが、その実はそうではない。

 しっかりとメンテナンスされた穂先は、確かな殺傷力を持ち、また全体的に魔力を帯びているがゆえに、そんじょそこいらの武器よりも耐久性に優れている。

 征流の力を使うための触媒になる上に、最上級の武器でもあるのだ。

 そして、それを振るうために、姫は代々、鉾を操る術を受け継いできている。

 敵がどれだけ意気揚々と襲い掛かろうと、彼女はただやられるだけの女性ではない。

「はぁッ!!」

 長柄の武器のリーチを活かし、鎮波姫は遠間から鉾を突き出す。

 鋭く突き出された穂先は、確かな鋭さをもって敵の一体を穿ち抜いた。

 光の粒子と化して消え失せた敵は、しかし同じような顔でもって他に十数体存在している。

 間を置かず、鎮波姫は鉾を引き寄せ、全身をひねって横薙ぎに振るう。

 グンケルの持つ大刀と同じくらいのリーチを持っている鉾ならば、彼が打ち倒した分の敵は巻き込めるはずだ。

 だがしかし、手ごたえは驚くほど薄い。

「なっ……!?」

 鉾の穂先は、敵のローブの裾をかすめるにとどまった。

 なぜならば、敵は鎮波姫から距離を取ったからである。

「怖気づきましたか!? かかってきなさい!」

『マオウノ ウツワ……ッ!』

 鎮波姫の啖呵も聞かず、敵は彼女の周りをぐるぐると回転し始める。

 鉾の間合いに入らないギリギリの距離を保ち、鎮波姫を見据えながら周囲を取り巻く敵。

「調子に乗ってるんじゃねぇ!」

 その様子を見たグンケルは、剣を振りかぶって敵へと斬りかかろうとした。

 のだが、

「ぐおっ!?」

『ワレ カゼヲ アム モノナリ』

『ワガ コトノハ ニ シタガイ カゼヨ サカマケ!』

 敵は口々に祝詞のりとをあげ、呪文を詠唱していく。

 それは三重、四重などでは収まらず、十数の魔術が同時に発揮される事によって、見る見るうちに強力な魔術へと変貌していった。

「ぐ……うぁ!!」

 瞬く間に練り上げられた魔術は、敵の一団を巻き込んで恐ろしい勢いの突風となり、次の瞬間には小さな竜巻と変貌した。

 その風圧に負け、グンケルはたまらず吹き飛ばされる。

「な、なんだってんだ!?」

「魔術……見かけは神火宗だったが、伊達ではないということか!」

 ワッソンがグンケルを受け止め、敵の行動を分析する。

 敵の一団が唱えていたのは、確かに魔術の呪文。

 彼らが纏っていた神火宗のローブは、見掛け倒しではなかったのである。

「解呪出来ないのか!?」

「あれだけ重ねられた魔術を解呪するのは、ちょっとやそっとでは無理です!」

 いくらワッソンやエイサン、ユキーネィが高位の魔術師であったとしても、あれだけ綿密に編み上げられた十数もの呪文を完全に解呪するのは、不可能に近い。

 もし試みるとなれば、同等の力量を持つ魔術師を、敵と同数以上に頭数を揃えなければなるまい。

「じゃあどうすんだ!? 姫は見殺しか!?」

「どうしようもありません! 今の我々では……ッ!」

「どけッ!」

 二人を押しのけ、後ろから現れたのは、アラド。

 無謀にもグンケルを吹き飛ばすほどの風圧を放つ竜巻へと立ち向かったのであった。

「アラド! 無茶だ!」

「一人ではとても……ッ!」

「だからって、見てられるか!」

 護衛二人に止められるも、アラドの足は止まることを知らない。

 押し出そうとしてくる突風に負けじと、前へ進んでいく。

 だが、意地や根性だけではどうしようもないことがある。

 少し進むだけでも強烈に増す風圧に、アラドの前進は押し止められてしまった。

「ぐ……くそ……ッ!!」

 呼吸もままならない暴風の中で、アラドは悔しさに奥歯を噛む。

『ココデハ ジャマガ オオイ!』

『バショヲ カエルカ!』

 暴風にまぎれて、敵の声が聞こえる。

 そして、聞こえるや否や、竜巻は不思議な浮力で持ち上がり、そのまま空高くへと舞い上がった。

「な、なんだ!?」

「姫は……!?」

 竜巻があった場所を見ると、そこには鎮波姫の姿もない。

「あの竜巻の中に捕らえられてるってのか!?」

「そんなことが……!」

 あっけにとられている間に、竜巻は猛スピードで移動を開始する。

 アルハ・ピオネ方面へと去ろうとしている竜巻を見て、アラドは逡巡もなく地面を蹴った。

「追うぞ!」

「あ、アラド!」

「待ってください、体勢を整えてから……」

「そんなもん、待ってられるか!」

 痛む身体に鞭を打ち、アラドは竜巻を追いかけて地を走る。

 グンケルとワッソンも追いかけようとしたのだが、それよりも速く、二人の脇をすり抜けて駆けていく影が一つ。

「あ、ルクスくん!」

 アラドの脚力にも負けないスピードで、彼の背中を追いかけたのは、物陰に隠れていたルクスであった。

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