17ー1 兆し 1

17 兆し


『小僧、何をするつもりだ!?』

 アラドを追いかけて駆けだしたルクスの頭の中に、声が響く。

『貴様はあのまま隠れておけば安全なのだぞ!』

(だからって、鎮波姫さんを放っておけません!!)

 ルクスの行動原理は、シンプルにそれだけであった。

 謎の敵が目標としていたのは魔王の器。それはルクスの事であろう。

 しかし、敵は魔力量でしか対象を判別しておらず、うちに潜む魔力を隠しているルクスには目もくれず、一行の中で一番魔力量の高い鎮波姫を狙った。

 それはルクスの身代わりになったに等しい。

 ルクスはそれを見捨てておけなかったのだ。

(僕の代わりに誰かが傷つくなんて、見過ごせません!)

『せっかく他人が身代わりになってくれるというのに……貴様は自分が死んでも構わないというのか!?』

(僕の身代わりで誰かが死ぬくらいなら、僕が死ぬのはいといません!)

 元々、ルクスは村の中でも疎まれる存在であった。

 目が見えず、まともに仕事が出来ない。しかし神火宗の高僧の言葉もあって口減らしに遭うわけでもなく、むしろゴク潰しの身分では不相応に良い扱いを受けていたと言ってもいい。

 それをルクス自身が自覚していた事もあり、彼の自己評価はとてつもなく低い。

 自分なんかが生きていても良いのか、自分のために誰かが何かをしてくれることが心苦しい、自分のために誰かが傷つくならば自分が傷ついた方がマシだ。

 その極端な例が、今ここで顕在化したわけだ。

 鎮波姫を犠牲にしてルクスが助かるなんて道を、選ぶことはあり得ない。

 だが、懸念もある。

『だがどうするつもりだ? 相手ははるか上空、そして保護対象の女は敵のすぐ近くだ。貴様では手を出すことも出来まい。それとも一か八かで魔術を放ってみるか? 女がどうなるかわかったものではないぞ』

 敵と鎮波姫の距離は極々至近。それを狙って攻撃魔術を放ち、誤って鎮波姫に当たってしまう可能性は、決して低くないだろう。

 ルクスも魔術の命中精度に絶対の自信があるわけではない。助けようとした対象を、逆に傷つけてしまっては本末転倒だ。

 ならば、他の手段を取るまでである。

(僕が魔力を解放すれば、敵は鎮波姫さんを放すはずです)

『それは危険が過ぎると言っただろう。貴様の魔力はルヤーピヤーシャにとって脅威になりうる。このまま隠しておいた方が得策だ』

 魔術師というのは単一で驚異的な戦力を持つ。それが膨大な魔力を蓄えているとなればなおさらである。

 ルクスの内に秘められている魔力というのは、神火宗の権僧でも舌を巻くほどの量である。

 そんな量の魔力を解放したなら、鎮波姫を拘束している敵は、確かにルクスにターゲットを変えるだろう。だが、同時に後方にいるルヤーピヤーシャの従者にも気取られる。

 そうなると政治上、ルクスを連れてきたアラドに迷惑がかかる。最悪、またアガールスとルヤーピヤーシャの間で戦争が再開されてしまうだろう。

『諦めろ、小僧! あの女を身代わりにして、生き延びることを選べ!』

(嫌だ! 何か、方法があるはずです!)

 ルクスの内から聞こえる声も、必死になる。

 何せルクスが死ねば声も死ぬだろう。しかし、だからと言ってルクスの身体を好き勝手に動かせるわけではない。

 声に出来ることはルクスを導くことだけ。

 ならばこそ、必死にルクスを説得するしかない。

 だが、それでもルクスは止まらない。

(考えろ……ルヤーピヤーシャの人に気付かれずに、敵の標的を僕にひきつける方法……)

『無駄だ。貴様が魔力を解放すれば、可視化される魔力の光で気付かれるだろう』

(魔力の光……確か魔力の光は極々原初的な魔術だったはず)

 ルクスの脳裏に思い浮かんだのは、最も基本的な攻撃魔術。

 彼自身も野盗を倒すのに使用したこともある、光の矢のような魔術は、確かに光を放ちながら敵へ飛翔していた。

(魔術は属性を付与しなければ、青白い光を放ちながら効果を発揮する。僕が抑えている魔力を解放した時、確かに突風と共に光が発されていた)

 フレシュの村で、ルクスが気絶する直前に見た光景。

 瘴気を吹き飛ばすほどの突風を伴って、身体から発される魔力の光。あれは全く術式が付与されていない超原始的な魔術と言えるものなのではなかろうか。

 すなわち、あらゆる属性や命令を付与されていない、単なる光と圧のみの魔術。

 誰に攻撃をするわけでもなく、火や水などの属性も持ち合わせていない。

 ゆえに、身体からあふれる魔力は放出される勢いで突風を発生させ、また属性が付与されていないがゆえにただただ光のみを発していたのだ。

 だとしたなら――

(魔力の放出に指向性を持たせれば、後方のルヤーピヤーシャの人たちには気付かれないのでは?)

『無駄だと言っただろう。仮に上手く術式が組めたとして、それに魔力を流し込もうとした時点で貴様の魔力は感づかれる』

 通常、術式とは呪文詠唱や魔法陣などによって魔力を注がれることにより実行力を持つ。

 呪文を詠唱し、その言葉によって術式を構築しながら魔力を籠める。もしくはどこかに刻まれた魔法陣にそのまま魔力を籠める。どちらにしろ、身体の外で行うものだ。

 ルクスは額の瞳を閉じることにより、自分の体の中に魔力を隠している状態となっている。

 これを呪文や魔法陣などに籠めようとしたならば、その瞬間に光があふれだし、ルヤーピヤーシャの人間に感付かれるだろう。

(じゃあ、魔力を隠しながら術式に込めることが出来ないだろうか? 現状なら魔力は隠されている……そうだ、隠されているだけなんだ。本来は僕の中にある。この状態のまま術式を構築しそこに魔力を注ぎこめば、実現可能じゃないか!)

『それほど器用なことを出来る魔術師が、この世にどれだけいると思っているんだ。魔術を学んで幾ばくも無い貴様などに、そんな芸当が出来るものかよ』

(術式は簡単なものでいいんだ。光を放射しない、そして魔力の放出方向に指向性を持たせる。出来れば敵だけに感知される方が……)

『おい、聞いているのか?』

 深く、思考の海に沈んでいくルクス。

 その集中力たるや、最早内から聞こえてくる声などには耳を貸していない。

 そして、驚くべきことに、その間にも思考の中で着実に術式の設計図が組み上げられているのだ。

『こいつ……』

 急激に開花していくルクスの才能。

 声は、身体があれば身震いしていただろう、と思った。


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