13-2 とある神の名 2
鉄甲船ジョット・ヨッツはとてつもなく巨大な船であった。
海の魔物から身を守るためには高い防御力が必要となる。その防御力を得るため船体のほとんどが硬い鋼鉄によって作られており、重量はかなりのものであったのだ。その巨大で重たい船体を海に浮かせるための浮力を得るために自然と船体が大きくなったのである。
どれぐらいでかいかというと、甲板に大きめの建物が建っても問題ない程度である。ルクスの住んでいた家ならば三、四軒ほど乗っかるかもしれない。
「いやー、改めてですけど、こんな大きなものが浮いているのが不思議ですねぇ」
乗船してすぐ、甲板に通された一行。それを眺めながら、ミーナが素直な感想を述べた。
今までずっと陸で生活していた人間にとっては、鉄の塊が海に浮くのはかなり不思議な出来事であった。
「余りじろじろ見ないように。客人はこの先の客室へ」
「あ、はーい」
船員に案内され、一行はすぐに甲板から船内へと案内される。
ジョット・ヨッツはアガールスでも四隻しかない巨大鉄甲船であり、相当なコストをかけて建造されている一大資産でもある。
それを民間人であるミーナやルクスなどにおいそれと公開するわけにもいかない。まして倭州人である鎮波姫や永常などは言わずもがなだ。
そのため、最短ルートで客室まで案内し、航行中はそこでじっとしてもらう事となる。
窮屈ではあるが、アガールスの事情を考えれば仕方のないことだろう。
「これでアラドラド様に神話の授業が出来ますね!」
「いや、俺たちは別の部屋だから。流石に女性と同室というわけにはいくまいよ」
「でも、部屋の移動ぐらいは出来ますよね? お昼のうちは授業が出来ますよ!」
「どうあっても諦めないつもりかよ……」
港でお流れになった話かと思ったが、ミーナはそう易々と逃がすつもりはないらしい。
アラドも船上では客の一人である。ジョット・ヨッツはアガールスの財産ではあるが、筆頭領主とは言っても海の上は
無事な航海のため、アラドも部屋に缶詰めになるのが良い、とされ、アラドも自由な行動が出来なくなったのであった。
そんな限られた行動範囲の中で、ミーナから逃げおおせることも出来ない。
「アラド様、ミーナさんはしつこいですから、諦めて講義を受けましょう」
「はは、ルクスくんにまで言われるとはな……」
最早逃げ道なし。アラドも諦めて、大人しく講義の椅子につくことになった。
ルヤーピヤーシャに着くまでおよそ丸一日。
その間は大嫌いな座学を受けるしかないようであった。
****
ルヤーピヤーシャの南部にある半島。南海へ大きく突き出たその陸地には、ルヤーピヤーシャの港町がいくつか存在している。
南東部には倭州との交流のために新たに作られた港町アラヴェーヤ。
アガールスとの戦争時には内海の防衛の要となったハルビニシヤ。
そしてその二つの港町を繋ぐため、半島の南端に存在しているアルガラニヤ。
その中で、ジョット・ヨッツが停泊するために訪れたのは、アガールスに一番近い港町であるハルビニシヤであった。
元々は防衛の要であったこともあり、軍港のようないでたちであるハルビニシヤであったが、抑戦令が発布されてからはアガールスとの貿易に力を入れ始め、商人たちで賑わう町となっていた。
現在ではアガールスからやってきた商人が、我が物顔で街中を歩いている程度には、両国間の交流が行われているほどである。
ジョット・ヨッツも何度か往来している港であるため、船員も顔見知りが多い場所であるのだが、そんな彼らですら少し身構える相手が、今の港にはいた。
****
港で働いている気勢のいい男たちですら、少しどよめいてしまうぐらいに、この場には物珍しい人間がそこにいた。
馬車を二台用意し、旗を大きく掲げたその一団。
旗に描かれた紋章は、間違いなく帝のモノであった。
「おや、思ったより仰々しいお出迎えだな」
ジョット・ヨッツから降りてきたアラドは、その一団を見て口笛を鳴らす。
あれだけ堂々と紋章が描かれた旗を立てているとなれば、間違いなく帝の遣わせた使者なのであろう。
そして、こんなところで待機しているとなれば、おそらくはアラドたちの出迎えのはずだ。
アラドはその一団の前まで歩み出る。
「アガールス諸侯連合の筆頭領主、アラドラド・ワイマ・クレイリウスである」
「お待ちしておりました。帝の命により、あなた方を帝都までお連れ致します」
アラドが挨拶をすると、一団の一人が
「アラドラド卿と、その護衛の方はこちらへ。他の方々は申し訳ありませんが、こちらの馬車へお願いいたします」
そう言われて案内されたのは、アラドの方は四人乗りで、多少狭くはあるが、車体はしっかりしており、中に備え付けられている椅子も柔らかそうな、高級感のある馬車。
もう一方は普通の幌馬車である。
「はっはっは、随分と差がついたな!」
「申し訳ありません、当初お聞きしていた人数と差異があったもので……」
「いや、それはこちらの不手際だ。貴殿らに非はない。むしろ急な申し出なのに対応してくれてありがたく思う。帝のご厚意にも感謝しよう」
ルヤーピヤーシャ側が事前に聞いていた話では、アラドと護衛のグンケルとワッソン、そしてミーナとルクスが来るはずであった。だが、そこにさらに二人、急遽追加されてしまったのである。
当初の予定であれば、同じタイプの馬車を二台も用意すれば何とか間に合ったはずなのだが、二人も増えてしまえば四人乗りの馬車ではあぶれてしまう。
そこで急ごしらえながら、大きな幌馬車を用意してくれたのだ。
無理を言ったのはアラドの方である。彼らに全く非はない。
「それで……アラドラド卿は帝都に行くまでに神槍領域へと立ち寄られるのだとか」
「ああ、少し用事があってな」
「神槍領域へは神火宗の者でしかたどり着けないと言われております。そのため、神火宗の僧侶を二人、随行させます」
言われて一歩前に出てきたのは、神火宗のローブを羽織った男女が一組。
「エイサンでございます」
「ユキーネィでございます、どうぞよろしく」
エイサンと名乗った男性と、ユキーネィと名乗った女性。
どちらもローブに施された刺繍は豪華で、権僧以上の権力を持った人間なのがわかった。
「……んん?」
だが、それを見て一瞬、ミーナが唸る。
「どうしたんですか、ミーナさん?」
ルクスが尋ねると、ミーナは首をかしげた。
「いや……多分、大したことないよ」
「……? そうですか」
笑ってごまかすミーナであったが、この時の違和感の正体については、彼女自身もはっきりとはわかっていなかったのだ。
何か引っかかった。だが、それが何だったのかまではちょっとわからない。
そんな小骨が喉に突っかかった感触を覚えながら、しかしそれを取り除くことも出来ないまま、旅の続きが始まるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます