14ー1 奇妙な塵 1

14 奇妙な塵


 ルヤーピヤーシャ南部の半島から、内陸部に向けて北上する道すがら。

 アラドたちを乗せた高級馬車はただ黙々と歩を進めるのに対し、幌馬車の方は少々様子が違っていた。


 幌馬車に乗っていたのはルクス、ミーナ、鎮波姫、永常、そして神火宗の僧侶であるエイサンとユキーネィであった。

 ミーナは同じ神火宗であるという事もあってか、エイサンとユキーネィに話しかけたりしているのである。

「私、神槍領域へ行くのは初めてなんです。どういうところなんですか?」

「どういう……と言われましても、形容しがたいですな」

 ミーナの質問に、エイサンが笑顔で答える。

「神槍領域は神火宗の総本山でありながら、歴代の顕世権僧の意向の所為か、かなり質素になっております。ミーナ修士がアガールスの馬軍領域で見たような、豪華な拝殿などはあまりないでしょうな」

「へぇ……私はすごくキレイな場所だと思っていました。なんたって、顕世権僧様がいらっしゃる場所ですし、きっと神界を模したような場所なのだろう、と」

「ふふ、むしろ四界よんかいで言えば魔界に近いのかもしれませんな」

 エイサンの冗談に、ミーナとユキーネィはクスクスと笑った。

 それを見ながら、鎮波姫はルクスに耳打ちする。

「ど、どういう冗談なんですか?」

「あ、えっと……神火宗には四界という思想がありまして――」

 神火宗の呼ぶ四界とは、現界げんかい神界しんかい魔界まかい、そして異界いかいの四つである。

 現界は現実世界の事。アスラティカを始め、物質的な世界を示す言葉である。

 神界とは神の住む霊的な世界。遥か昔には現界に顕現していた神であるが、元々は神界で生まれ育ってたとされる。また神界は楽園のように語られ、聖人などは死後に行き着くと言われている。

 魔界とは魔物のふるさととされ、濃度の高い瘴気に包まれた世界であるとされる。魔物はここで生まれ、そして現界を、ゆくゆくは神界を侵略するために準備を整えているのだとか。極悪人などは死後にここに堕とされる。

 最後の異界とは、全く別の世界の事を示している。詳細などはあまり語られず、この世界とは全く別の世界とだけ定義されており、現界から去った神々はこの異界へ向かったと言われている。

「――ですので、神槍領域は神界のような場所ではなく、魔界のように厳しい場所だよ、って意味ですね」

「な、なるほど、神火宗にはそんな考え方があるんですね」

「倭州にはそういう思想はないんですか?」

「倭州には、死後の魂は海へ還ると言われています。古くから海と関わりの深かった土地ですから、海に対する信仰は強いんですよ」

 倭州における死後の世界観は、死んだ魂は海へと還り、また倭州へ戻ってくるという、輪廻転生に近い考え方であった。

 全ての魂は海から生まれ、そして海へ帰っていく。海は全ての親なのだ。

「ただし、一際優れた戦士……マスラオと呼ばれる人間は、海を統べる魔海公に選ばれ、死後は彼の側近となり、戦士としての最高の栄誉を得るのだとか」

「魔海公の側近が、戦士としての最高の栄誉なんですか?」

「ええ。海を統べる王となれば、全ての命の王でもあります。魔海公とは倭州において信仰の対象なのですよ」

「でも、鎮波姫さまも信仰の対象なんですよね?」

「そうなってますね。それは――」

「それは、姫の家系が魔海公と繋がりがあるからだ」

 鎮波姫の言葉を引き継ぐように、永常が口を開く。

「旧き姫は魔海公と契りを結び、絶大なる力を得た。その象徴が戴冠の鉾でもある。だから本当は、お前のような子供がホイホイと喋れるような相手ではないのだ」

「あ、そ、そうだったんですね……」

 永常の突き放すような言葉に、ルクスは身を縮めて頭を下げた。

 少年の不憫な様子を見て、鎮波姫は永常を見やる。

「永常……彼らも旅の仲間だと言ったでしょう。無駄に隔たりを作るのは良くありません」

「しかしですね! 私は守士として、姫様をお守りする義務があります! それは御身だけではなく、その威光も守るべき対象だと考えております! 今はこんな小汚い馬車に揺られておりますが、本当ならばアラドラド卿と同じく、向こうの馬車に乗せてしかるべきなのですよ!」

「それは仕方のないことでしょう。私たちは今、身寄りのない浪人にすぎません。倭州ならばいざ知らず、他国の土地では、ルクスくんたちと全く変わらない身分……いえ、もしくは密入国者として処罰される可能性もあるのですよ」

「それが気に入らないと言っているんです! どうしてアガールスの人間も、ルヤーピヤーシャの人間も、姫様を姫様だと認められないのか!」

 激昂する永常に、流石の鎮波姫も頭をおさえた。

 永常はまだまだ若い。白臣が晩年に作った子である事もあり、年齢で言えばルクスの方が近いぐらいだ。

 それを考えれば、仕える主が不当の扱いを受けて怒るのもわからないではないが、時と場合を読めないのはいただけない。

 だが、それには彼なりの理由もある。

「私は、親父殿の跡を継がなければなりません! あの戦いで死んだ親父殿を、海で後悔させぬよう、立派に勤めを果たさなければならないのです……ッ!」

「永常……」

 倭州を出る直前、鎮波姫と永常を逃がすために殿を請け負った白臣。

 あの後、その消息を知るすべもないが、おそらくはすでに……。

 ならばこそ、永常には焦りがあったのだ。

 若い自分が、守士としての使命を全うしなければならない。その不安と焦りが。

「本当ならば、倭州の敵となりうる神火宗の総本山など行くべきではないのです。姫様にどんな危険が降りかかるかも知れません」

「永常……あなたの気持ちはよくわかりました。なればこそ少し落ち着きなさい。身寄りのない土地で無用に敵を作っては、それこそあなたの使命を全うすることも叶わないでしょう」

「ですが……」

「それに、神火宗の領域とやらに赴けるのも、敵を知る良い機会かもしれません。敵の手の内を知っておけば、のちの戦いに役立てることが出来るでしょう」

「……姫様がそうおっしゃるなら」

 鎮波姫の言葉に理を感じたか、永常は渋々といった感じで頷いた。


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