12-3 魔の手の及ぶ先 3
数日後、鎮波姫たちは半島の西岸へとやって来ていた。
「鎮波姫さま、舟が調達出来ましたよ」
「お早いのですね」
「交渉には自信がありますから」
小さな漁村へやってきた三人であったが、破幻はすぐに漁師と交渉を行い、小舟を手に入れていた。
桟橋まで来ると、本当に小さな舟が一艘、鎮波姫たちを待っているように佇んでいた。
「ほ、本当に小さいな……こんな舟で大丈夫なんですか?」
永常が素直に感想を述べる。鎮波姫も口をつぐんでいたが、同じ気持ちであった。
しかし、破幻の方はどこか自信ありげだ。
「征流の力さえあれば、きっと大丈夫でしょう」
「しかし、我々三人が乗るには、少々手狭だと思うんですが」
「いえ、私はアガールスには渡りません」
「……えっ!?」
破幻の突然のカミングアウトに、鎮波姫も永常も目を丸くした。
「は、破幻様!? どういうことですか!?」
「落ち着いてください。私はこれまで、蓮姫に対抗するために水面下で着々と準備を進めてきました。しかし今回、表立って鎮波姫さまをお助けしたことで、蓮姫に感づかれるでしょう」
「蓮姫はそれほど耳聡いのですか……?」
「私と同等か、それ以上の占術を操ることが出来るでしょう。そのため、今回の件で確実に私の存在は知られたと考えるべきです」
本来ならば、破幻は常に潜伏しつつ、確実に蓮姫を討ち取れるそのタイミングまで、完璧な準備を整えているべきであった。
相手に存在を悟られなければ、完璧な奇襲が完成する。準備万端の不意打ちを回避できる確率は相当低いだろう。
だが、破幻は潜伏を破り、鎮波姫を助けた。
破幻の占いによれば鎮波姫は蓮姫打倒のために必要な存在。ここで失うわけにもいかないため、これは仕方のない措置であった。
また、今回の件で破幻の存在が蓮姫にバレたとしても、詳細な情報まではわからないはず。今からまた潜伏を始めれば、蓮姫の虚を突くチャンスはめぐってくるだろう。
そのため、破幻はまだ表立った活動をするわけにはいかず、鎮波姫に随伴することも出来ないのである。
「鎮波姫さま、私がいなくともご安心ください。アガールスに渡った先、あなたに助力してくださる方は信用できる方です」
「本当でしょうか……」
「私の占いを信じてくださったのなら、最後まで信用してください。大丈夫です、その信頼にはしっかりと応えます」
全く、微塵もブレを見せない破幻の態度。その自信は鎮波姫の不安を取り除いてくれるようであった。
鎮波姫は一つ深呼吸をすると、破幻の顔を見上げる。
「わかりました。破幻様を信用いたします」
「ありがとうございます。……では、鎮波姫さま。しばしの別れです。またいずれ、お会いしましょう」
「はい、破幻様、大変お世話になりました。この御恩は必ず……!」
こうして鎮波姫は破幻と別れ、永常とともに舟に乗り込んだ。
不安はのしかかってくるが、今はそれを無視する。
きっとこの海の先に、希望が拓けると信じて。
****
「それから破幻様にご助力いただき、征流の力を発動させて、私たちはアガールスへと渡ってこられたのです。……そして、今に至る」
鎮波姫の話がやっと現在に繋がった。
長い話を聞いた後、アラドたちは各々の反応を見せる。
「大変な旅路だったんだなぁ。道理で服もボロボロになるわけだ」
「征流の力か……倭州の姫にしか使えない力、興味深いな」
「で、ででで、でもその力って倭州でも特級の秘密なんですよね!? 私たちなんかが聞いてよかったんですか!?」
征流の力に興味を示すフィムと、怯え散らかすミーナ。
ある程度の地位を持っているアラドやフィムはともかく、神火宗でもペーペーのミーナや単なる村人であるルクスが、この秘密を知ってしまって良いのだろうか?
だが、そんな心配を蹴散らすように、鎮波姫は笑った。
「ミーナさんもルクスくんも、旅に同行するのならば仲間ですから。秘密を持ったままでは信頼関係も築けないでしょう。……私たちは成さねばならない目的のために手段を選んではいられません。ならば隠し事をしておくよりも、しっかりとした信頼を勝ち取るべきです」
鎮波姫の決意は硬く、また覚悟は決まっているようだ。
蓮姫を必ず討つ。その目的のために手段は選んでいられないというのは本心のようである。
だが、そうなると気になるのはアラドの反応だ。
鎮波はゆっくりとアラドへと向き直る。
「私は蓮姫という謎の人物に命を狙われています。そして蓮姫の手下はルヤーピヤーシャにもいるでしょう。……そんな私を、本当に連れて行きますか?」
「当たり前だ。俺は吐いた言葉を
脅しのつもりで言った鎮波姫であったが、アラドは全く
「アンタの目的がルヤーピヤーシャへ、ひいては倭州へ戻ることなら、俺はそのための支援を惜しむつもりはない。なんならルヤーピヤーシャでの船を手配するのも、俺が助けてやってもいい」
「……どうしてそこまでして下さるのですか?」
鎮波姫にとっては、そこが謎だった。
ルヤーピヤーシャで助けてくれた破幻は、自分の利益にもつながると答えた。
しかし、アラドはどうしてなのか? その理由が未だに判然としない。
「あなたとって、私を助ける利点は何ですか?」
「んなもんないさ」
「……え?」
アラドの返答に目を丸くする鎮波姫。アラドの横ではフィムが顔を抑えてため息をついていた。
アラドは言葉を続ける。
「俺は俺がやりたいと思ったことをする。今まで、俺の直感は俺を裏切らなかった。だから、これからもそれを信じるつもりだ。俺の直感はアンタを助けたいと思った。だからそうする。単純だろ?」
そう言ってにかっと歯を見せるアラド。
隣でフィムが小さく『もうやだ……』と呟いていたような気がした。
鎮波姫も、アラドの言葉や態度に裏表があるようにも思えない。
きっと、彼は本心でそう言っているのだ。
「呆れた人ですね……」
本当に、呆れたのだ。
だが、どうしてだか、自然と笑みがこぼれた。
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