7-2 領主会議 2

 領主会議終了後、中央堂からは領主がぞろぞろと出てきて、各々の領地へと帰る準備を始めていた。

 そんな中、アラドだけはブルデイムに連れられ、別の建物へとやってきていた。

「俺だけ呼び出して、何か重大な案件なのか?」

「ふむ、重大と言えば重大だな。今回の瘴気事件のカギを握るかもしれん」

「そんな案件があるのに、会議では黙っていたのか?」

「確証には至らんのでな。極度に不確かな情報を出して、下手に会議を困惑させるわけにもいくまい」

 そう言いながら、ブルデイムはとある部屋の前で立ち止まり、静かにドアを開ける。

 中には女性と少年が。

「ブルデイム様! その方は……?」

「ミーナ修士。紹介しよう、クレイリア領主のアラドラド卿だ」

「あ、領主様でしたか! 失礼しました!」

 立ち上がった女性は、アラドの肩書を聞いて、急に畏まって頭を下げる。

「私は神火宗の修士、ミーナと申します。こっちはルクス」

「ルクスです。……あの、領主様がどういったご用で……?」

 手短に挨拶を済ませたミーナとルクスに対し、アラドも首をかしげる。

 見た限り、普通の人間が二人だ。この二人が瘴気事件のカギを握るとは、どういうことだろうか?

「ブルデイム殿、説明してもらっても良いか?」

「ああ、とにかく椅子に座ってくれ」

 勧められるままに、アラドは椅子へと腰掛け、ブルデイムも同じように座る。

 二人に許しをもらい、ミーナとルクスも対面へ座った。

「魔術師ではないアラドラド卿にはわからないかもしれないが、この少年には秘めたる強大な魔力がある」

「ただならぬ圧を感じると思ったが、そういうことか」

「彼自身も認識したのはつい最近の事だったらしいがな。そして、その魔力を認識したきっかけというのが、瘴気の発生だ」

 ルクスが自分の魔力を認識したのは、彼の故郷の村が滅ぼされた時、そして魔力の利用方法を学んだのも数日前である。

 それまではほとんど視力がなく、魔力のかけらも感じさせなかったのだが、瘴気の発生と共にそれが覚醒したのは、確かに関係をにおわせる。

「そのうえで、ミーナ修士が探しているという権僧の存在だ」

「権僧を探している?」

 アラドに尋ねられ、ミーナが静かに頷く。

「ボゥアードという権僧です。その男がルクスくんに魔術をかけ、彼の人生を大きく狂わせたんです」

「そのボゥアードという男、ワシの知る限りではアガールスにそんな権僧はいない」

 ブルデイムが情報を付け加える。

 数日前にミーナが馬軍領域にやってきてから、ブルデイムを筆頭にボゥアードという権僧を探したのだが、アガールス内部にそんな権僧がいたという形跡はなく、完全に謎の人物となってしまった。

 だが、その男の被害にあったルクスは確実に存在しており、ミーナもボゥアードをしっかりその目で見ているという。

 二人が嘘をついているようにも見えず、ブルデイムはボゥアードと言う人物を怪しむにいたったというわけだ。

「ミーナ修士の言うには、ボゥアードという男は十年前にフラッとルクスくんの村へ現れ、ルクスくんに怪しげな術をかけて去り、そしてルクスくんの村が瘴気に包まれた機を見計らったように再び現れて、その術式を解放させた。結果、ルクスくんは膨大な魔力を内に秘める事となった」

「そして、また消えた、と?」

「その通り。再出現の機を考えるに、瘴気事件に何か関係していると、ワシは睨んでいる」

 瘴気が発生したタイミングで再び現れた、というだけでは論拠に心許ないが、それがブルデイムが会議にこの話題を出さなかった理由ということだろう。

「んで、その瘴気事件のカギを握る二人を俺に紹介して、どうするつもりなんだ?」

「ルクスくんをルヤーピヤーシャの神槍領域へ連れて行ってほしいんだ」

「ルヤーピヤーシャの? どうしてまた?」

「ルクスくんにかけられた術式、このブルデイムをもってしても、読解できんのだ」

 優れた術式は複雑怪奇に入り組んでおり、その読解が出来なくては解呪も出来ない。

 下手に強引な策を取ろうとしたなら、術をかけられた人間の生命に関わる上、解呪を試みた人間にも影響が出ることもある。

 完全な読解が出来なければ、解呪にはリスクが高すぎるのである。

 ブルデイムは武僧と呼ばれる肉体派であるため、当然のように魔術の読解など不可能であったが、馬軍領域でも名うての魔術師でも術式の読解は不可能であった。

 つまるところ、馬軍領域でもルクスにかけられた術をどうしようもできなかったのだ。

 ならばなお腕の良い魔術師がいるであろう神槍領域を頼ろう、というわけである。

「今現在、アガールスとルヤーピヤーシャの状況は緊迫している。旅人がそう易々と国境を渡るのも難しくなっているだろう。ルクスくんをルヤーピヤーシャに送るのにも、神火宗の力をもってしても難しいのだ」

「そこで、俺が丁度、国を背負ってルヤーピヤーシャに渡るから、それに随伴ずいはんする形でルクスくんに国境を越えさせよう、って事だな」

 旅人が自由に旅を出来ない現状、国の仕事を背負っているアラドであれば、国境越えにも無理がきく。

 そこに同行させれば、ルクスを神槍領域へ送るのも可能であろう、という事だ。

「俺は全く構わんが、ルクスくんはそれでいいのか? 大変な旅になるかもしれないぞ?」

「構いません。僕にはもう、帰る場所もありませんから」

「そうか、そういえば瘴気の事件で……」

 少年の覚悟を秘めた返事を受け、アラドは強くうなずく。

「よし、わかった。ルクスくんのことは俺に任せろ。無事に神槍領域に送り届けてやる」

 ドン、と胸を叩くアラドに、ルクスは少し微笑んで答える。

 これから行く先に見当がついて、少しは安心したのだろう。それが険しい道であろうと、目的地が見えているのといないのとでは、心持ちがだいぶ違う。

「あ、あの……」

 そこに、ミーナが手を上げて割って入る。

「私もついて行きたいんですが……」

「うん? 修士の君もか?」

「はい、ルクスくんのご家族から、彼をお願いされたんです。私はその責任を放棄したくないんです」

「なるほど、よろしい。一人も二人も変わらんさ。俺がどーんと責任をもってやる! 安心してついてくるといい!」

 アラドの心強い返事を受け、ルクスとミーナは顔を合わせて喜色を浮かべた。


 こうして三人は道を共にし、ルヤーピヤーシャへ向かうことになったのだった。

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