7ー1 領主会議 1

7 領主会議


 アガールスにある神火宗の拠点、馬軍領域。

 神火宗の名の由来ともなった、神火と呼ばれる永遠の炎が灯された、神に祝福された土地である。

 アガールスにある領域と呼ばれる神火宗の拠点の中でも最大の場所であり、アガールスで活動する神火宗の元締めでもある。

 現在、馬軍領域に所属している魔術師は千人以上おり、魔術は使えずとも体術でもって僧侶としての使命を全うする武僧ぶそうと呼ばれる僧侶、彼らをサポートする僧侶以外の人間を合わせれば領域内の人口は町一つに匹敵する規模となっている。

 そんな馬軍領域に今、アガールスの領主が一堂に会していた。

「今回、領主諸侯に集まっていただいたのは他でもない、先日アガールス西方で発生した瘴気の件だ」

 領域内の中央堂と呼ばれる大きな建物の中に巨大な円卓がおかれており、そこには十数人の人間が集まっていた。

 その中で司会進行を行っているのは神火宗のローブを纏った男性、馬軍領域を預かる大権僧のブルデイムである。

 彼は円卓の中央に置かれたアガールス全土を示す地図に、長い差し棒を使って西部を指す。

「瘴気はアガールス西部を広く覆いつくし、ベルエナ、アルマリー、エズルレスをはじめ、多くの領に甚大な被害をもたらした。……が、ある日を境に急に霧消し、瘴気によって生み出されていた魔物たちもその姿を消した」

 ベルエナに怪鳥が襲い掛かってきた次の日、唐突に瘴気は消え失せ、その中でうごめいていた魔物たちも夢のように消えていた。

 その後は瘴気はほとんど確認されておらず、また魔物による被害なども報告されていない。

「瘴気が晴れた後、西部諸侯の連携により、西部地域の調査が行われた。……その報告はベルディリー卿から」

「はい」

 ブルデイムに指名され、円卓に並んでいたベルディリーが立ち上がる。

「我々ベルエナ領は、近隣諸侯のお力添えもあり、アガールス西部のほぼ全域の調査を完了いたしました。その結果、瘴気の発生源と思しきものを発見しました」

 言いながら、ベルディリーが指さしたのは、アガールス西岸より、さらに少し西。

 近海にいくつか浮いている小島のうちの一つであった。

「アガールスにおいて、現在も瘴気が確認される地域は、この小島の他にありません。この島は現在も特別濃い瘴気が覆っており、外側からではその様子は窺い知れません」

「上陸は出来ない、ということか?」

 円卓に並んだ他の領主の質問に、ベルディリーは首肯しゅこうする。

「これは私の推察になりますが、この小島を覆っている瘴気は、先日までアガールス西部を覆っていたモノを凝縮させた状態だと思われます。ゆえに、ほとんどの光を通さず、また、瘴気内部に発生している魔物はかなり強力なものであることが予想されます」

「下手につついて、眠れる虎を起こす必要もない、か」

 今のところ、小島の付近は平穏な状態だ。

 極度に接近しなければ、瘴気の中から魔物が現れることはない。

 そこに対し、強行して調査を仕掛ける事は可能であろうが、過日の瘴気の被害を考えれば、充分な準備も出来ていない状況で下手にちょっかいをかけるのは愚策だ。

 今は静観し、強力な魔物に対抗しうる手段を得てから調査を進めた方が賢い。

「この小島に瘴気が凝縮されている以上、瘴気はこの小島から発生したものだと予測できます」

「しかし、その凝縮された原因ってのはなんなんだ?」

「近隣の漁村などはほとんど壊滅しており、話を聞ける人間もおらず、直接小島の調査も出来ない現状では、手がかりもありません」

「まぁ、それもそうか……」

「このままではいつ再び、瘴気が拡散を始めるかもわかりません。そこで、諸侯には協力をお願いしたいと存じます」

「協力は惜しまんが、具体的に何をどうしたら良い? 決死隊でも送り込むか?」

 先日の瘴気による被害を考えれば、『決死隊』という言葉も現実味がある。

 発生した魔物は獣人がほとんどであったが、ベルエナでは怪鳥と呼ばれるレベルの魔物が、それ以外の土地でも獣人よりランクの高い魔物が確認された。

 それは瘴気が拡散した状態での状況だ。

 濃度が凝縮され、より強い魔物が生み出されているであろう小島を調査するとなると、生きて帰ってこられる可能性の方が低いだろう。

 加えて、地図上では豆粒のような小島だが、実際はベルエナ規模の町と近隣の農村が、そのまますっぽり収まる程度の広さはあるはずである。

 そこを探索するとなるとある程度の頭数と時間が必要だ。

 ほとんど死地と呼んで遜色そんしょくのない土地に、誰が好き好んで足を踏み入れるだろうか。

「未だ、小島を調査する具体的な方法は提示できませんので、しばらくの間は西岸の小島が観測できる場所にて、小島の監視を行うことになります。また、有事の際には魔物に対抗しうる戦力を確保しておく必要もあります」

「つまり、アガールスの戦力を西部に集中させろと? ルヤーピヤーシャを放置して、そんなことが出来るわけもない」

 つい最近まで、アガールスとルヤーピヤーシャは戦争をしていた。現在でも国境線ではピリピリした空気が常に張りつめている。

 ルヤーピヤーシャの帝が抑戦令を発布したからと言って、いつ戦端が開かれるかわかったものではないのに、東部の警戒を薄くして西部に戦力を集中させるのは、東部の諸侯からは納得しにくい提案だろう。

 しかし、西部は西部で引くわけにもいかない。

 先日の瘴気の被害で土地はボロボロに荒らされ、ベルエナは比較的被害が軽微であったが、他の領では自警団や軍力にも被害が出ている。

 東部に比べて荒事の少ない西部では、戦闘力も最低限であったため、ちょっとの被害でもかなり手痛いものとなるのである。今後は領内で害獣や賊の跋扈ばっこが予測された。

 戦力を欠いている状況で、さらに西岸での監視任務も行うとなると、領内の治安維持に心配が残るだろう。

 東部としては戦力を西部に割くのは避けたい。西部としては東部の協力がなくては心配が止まない。

 両者、折り合いがつかないまま、はらの探り合いが始まろうか、という時。

「東部諸侯はルヤーピヤーシャの事が心配で、戦力を割くのに渋っている。……ならば、ルヤーピヤーシャという脅威がなくなれば、良いわけだ」

 鶴の一声を出したのは、太刀雄と呼ばれるアラドであった。

「アラドラド卿、何か妙案でも?」

「妙案、というほどの事でもないが、ルヤーピヤーシャには抑戦令を自ら発布した責任というものがある。それを自ら破るとなれば、帝の権威も落ちるだろう。きっと、それは避けたいはずだ」

「しかし、だからと言ってこちらが警戒を緩めた好機をみすみす見逃すだろうか?」

「だから、それを確約させれば良いわけだよ」

「どうやって?」

「直接、帝に会いに行こう」

 アラドの言葉に、諸侯がざわつく。

「帝に、直接? そんなことが可能なのか?」

 とある領主から投げられた質問に、アラドは待っていました、とばかりに微笑んで答える。

「ルヤーピヤーシャ側も、瘴気の問題でアガールスが浮足立ったのは、何とはなしに察知しているだろう。こちらの詳細な情報にも飢えているはずだ。ならば、こちらから出向いて報告しに来た、という体であれば、門前払いはしないだろう?」

「だからと言って、帝に直接取り次げるかどうかはわからないだろう」

「そこで、俺が直接出向くわけだ。そうすりゃ、ある程度無理は通るだろ?」

 もう一度、諸侯がざわつく。

 しかし、今回はアラドの人となりを知っている人間のいくらかは、諦めに似たため息をついていた。

「アラドラド卿。何度も言っているはずです。あなたはあなたの立場を理解し、慎重な行動をとるべきだと」

 ベルディリーにも諫められたが、アラドは逆に首を横に振る。

「これは俺だからこそ意味があるんだ。会談に帝を引っ張り出すだけじゃなく、副次効果も期待できる」

「……というと?」

「クレイリアはアガールスでも有数の戦力を持っている領だ。その領主が領を空けて、帝へ報告へ行ったとしよう。……アガールスはそれだけの余裕を持っていると思われるだろう?」

 アガールスの中でも東部の諸領は高い戦力を保有している。それはルヤーピヤーシャとの戦争に対する備えでもあった。

 中でもクレイリアには質も数も充分な騎馬隊や、フィムをはじめとする練度の高い魔術師隊なども存在している。ルヤーピヤーシャとの戦争にて、その勇名も轟いているだろう。

 その領主が自らルヤーピヤーシャを訪れたとなれば、帝とは言えその訪問を無下には出来ないだろうし、指揮官でもあるアラドが領を空けて出られるほど余裕ならば、瘴気による被害は大したものではない、と過小評価される可能性を生むだろう。

「俺は領内にいても政治はほとんど別のヤツに任せっきりだし、暇を持て余すばかりだ。ならば俺にしかできない仕事を見つけて、それをこなす方が随分有意義だと思わないか?」

「しかし……」「いや、そこまで言うのなら……」

「俺が帝に会うことが出来たならば、アガールスの被害を出来るだけ小さく伝え、お前らの侵攻出来る隙などない、と報告しよう。それを信じ込ませれば東部の戦線維持も楽になるだろうし、ある程度の時間稼ぎも出来る。そうすりゃ西岸の監視もしやすくなるだろ?」

 アラドの提案は、東部西部のどちらの諸侯にとっても嬉しい提案であった。

 東部としても西部に協力するのはやぶさかでない。というより、国内の一次産業の要を担っていた西部の再生は、アガールス全土を挙げて推し進めるべき事案なのだ。西部に協力できるものならしたい。

 西部としても東部が協力してくれなければ現状をどうしようにもしにくい。それが解決出来るのならば、アラドの提案は諸手を挙げて賛成したい。

 円卓の空気が一致したことを悟り、ブルデイムが頷く。

「決まったようだな。では、ルヤーピヤーシャにアラドラド卿を派遣することとする。続いて、西岸の小島を監視する件についてだが――」

 懸念が一つ解決し、会議はさらに進められる。


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