余話1-2 傷跡 2

 アルダシアは人通りの多い町である。

 もともと宿場町であったのに加え、付近の牧場から持ち込まれる商材の売買、そしてそれらを他の町、他の領へと運ぶための馬車など、人が出入りする理由は数多くある。

 そのため、大通りは当然、路地へ入っても活気のある町であった。

 狭く、入り組んだ路地であっても、下町のような情緒があり、小さい子供が遊んでいたり、軽食を売っている店が並んでいたり、観光目的だったなら目移りして暇がないくらいだろう。

「なんだか、思ったより和やかだな」

 そんな路地街を眺めて歩きながら、ルクスはそんなことを呟く。

 ルクスが一人でぶらつく目的は、困ってる人を助けて金を得ることである。

 表通りにも困ってる人はいるだろうが、そういう人は見ず知らずの人間を頼るよりも、町の自警団や神火宗の派出所などを頼るだろう。領主に陳情ちんじょうするかもしれない。

 であれば、何の後ろ盾もないルクスは表通りではなく、隠れた場所で困っている人を優先的に助けようと考えた。

 最初は子供の駄賃程度にしか稼げなくとも、そこでコツコツ積み重ねれば、後々には大きな稼ぎに繋がる可能性もある。

「……まぁ、そこまで悠長に構えていられるかはわからないけど」

 ミーナは『しばらく滞在する』とは言っていたが、それがどの程度の期間になるかはわからない。

 何せ、派出所から斡旋される仕事も列待ちがいるのだ。ミーナに仕事が回ってくるのがいつになるかは見通しが立たない。

 良い仕事にありつければすぐに出発出来るかもしれないし、いつまで経ってもお金が貯まらないかもしれない。

 わからないからこそ、ルクスも希望は捨てない。

「僕に出来ることからコツコツと、ね」

 気合を入れなおすように握りこぶしを小さく掲げ、ルクスは困っている人を探しながら路地を徘徊し始めた。


 しばらく路地を歩くと、水場にたどり着いた。

 東屋あずまやの下に手押し式のポンプが備え付けられ、近所の住民はここで地下水を汲み、各々の目的に使用するらしい。

 今も数人の女性が水桶を持って集まっており、井戸端会議をしているようだった。

「あのぉ、すみません」

「おや?」

 女性の会話に割り込むようにやってきたルクス。

 それを見て女性たちは困ったように笑う。

「あらあら、迷子かしら? この辺は入り組んでいるものねぇ」

「大通りは向こうよ。もう少し先の路地なら一直線に大通りに出られるわ」

「あ、いえ、そうではなくて」

 女性たちの対応を見るに、どうやら旅人の迷子というのはそこそこあるらしい。

 ルクスを見てすぐに迷子と判断したのも、そのせいなのだろう。

 しかし、ルクスの目的は大通りへ帰ることではない。帰り道ぐらいわかっている。

「僕は、えっと……何でも屋、みたいなものでして。皆さん、なにかお困りのことはありませんか? 僕にお手伝い出来ることがあれば、なんでも申し付けて下さい」

「え? 急にそう言われても……」

「というか、他人の君に頼むようなことは……」

 急なルクスの登場と依頼募集に、女性たちは明らかに困惑する。

 見ず知らずの人間に、しかも明らかな目下の人間に『手伝いますよ』と言われても、そりゃ困るだろう。

 仮に他人を頼るにしても、ルクスよりもっと頼りがいのある人間に頼む。

 しかし、だからと言ってルクスも、はいそうですか、とすぐに引き下がれない。

「ぼ、僕はこれでも魔術がちょこっと使えまして、見かけよりもずっと役に立ちますよ」

「魔術? でも君、神火宗の羽織を着てないでしょ? 僧侶じゃないよね?」

 一般常識として、魔術師というのはすなわち神火宗の僧侶である。

 魔術の素養を判別する神の火は神火宗の領域にしかないし、魔術の知識は神火宗にしかない。

 魔術を訓練するためのノウハウ、魔術を開発するための施設、魔術に関するあらゆる要素が神火宗の領域に集まっており、基本的には門外不出である。

 ベルエナの領主ベルディリーや、クレイリアの領主アラドの副官であるフィムなどは、一度神火宗で修行した後、自らの使命を全うするために神火宗を抜ける。

 ベルディリーは領主の家の生まれで、ワイス家の当主として家を守る事になっており、フィムもクレイリウスの家に恩義があり、アラドの元で仕官することとなった。良い魔術師は国や領にとってかなり良い人材となる。戦力になるし、勉強が出来る頭があれば文官としても役に立つ可能性がある。

 神火宗側としてもこれに利がないわけではない。神火宗の息がかかった人間を各地で重要ポストに就ける事により、神火宗の影響力をアスラティカ全土に広げているのである。

 そんなわけで、現在神火宗に所属していない魔術師でも、もともとは神火宗の僧侶であり、ベルディリーもフィムも、衣服のどこかにローブに施される刺繍の意匠がある。

 ルクスの衣服には当然、そんな意匠はない。

 何せルクスは神火宗の僧侶ではないし、修行をしたこともない。

 井戸端会議をしている女性でも、それぐらいのことはわかってしまうのである。

「坊や、ダメよ? 魔術師に憧れるのはわからなくもないけれど、神火宗の僧侶を騙るのは罪に問われることもあるんだから」

「いや、本当に使えるんです。ちょっとだけですけど……」

「本当だとしたらなおさら危ないわ。神火宗で修行もしてない魔術師なんて、いつ暴発するかもしれないのに」

 暴発はミーナも危険視していた。

 神火宗内でも魔術の暴発によって重傷者が出る事故は枚挙に暇がないのだとか。

 もし仮に、野良で魔術を身に着けた自称魔術師がいたとしても、そんなヤツに何か仕事を頼むのは危険この上ない。

 さらにルクスのような少年であれば、からかっていると思われても仕方あるまい。

「親御さんはどこかにいるの? 早く戻った方がいいわよ」

「えっと……はい」

 全く取り付く島もない女性たちに追い立てられ、ルクスはその場を立ち去るしかなかった。


 その後も路地を歩き回って、誰かの手伝いを申し出てみたものの、結局誰一人としてルクスの手伝いを必要としてくれる人はいなかった。

 途方に暮れたルクスは、近くを流れていた川のほとりで、子供相手に火花の魔法を見せびらかすぐらいしかできなかった。

 人助けをするのにも信用が必要なのだと実感した。

 仮に、誰彼構わず助けてほしい人を見つけたとしても、ルクスにそれを解決出来るような自信はない。

 どの道、ルクスに出来ることはなかったのだった。

「僕も僧侶になるべきなのかなぁ……」

「おにーちゃん! もっと火花出して!」

「はいはい……」

 ルクスの周りできゃいきゃいと遊びまわる子供たち。

 彼らに危害が及ばないように細心の注意を払いつつ、ルクスは魔術を操る。

 火花の魔術とは言いつつ、それは何の属性も付与されていない、単なる魔力の光である。

 熱も帯びていなければ、衝撃も全くない。ただパチパチと音を立てて光を放ち、弾けているだけの簡単なものである。

 これぐらいの魔術ならば、道中で魔王に教えてもらった魔術の知識だけでも、何とか術式を組むことが出来た。

 あまり魔力を込めなければ、暴発しても大した被害にもなりにくい。

「まさか魔術を大道芸にしか使えないなんて……」

 必死に勉強した魔術であったが、所詮、覚えたての小僧の魔術など、この程度のモノなのであった。

「ちょっとそこの!」

「……ん? 僕?」

 急に声を掛けられ、ルクスはそちらへ目を向ける。

 そこに立っていたのは小さな女の子。

 不遜ふそんな顔をして顎を突き出し、ルクスを見下すようにしている……のだが、座っているルクスの座高と彼女の身長があまり変わらない。

「あんたがこのあたりの子供をたぶらかしてる魔術師崩れね!」

「なんだか酷い言われようだな……」

 ただし、間違っていないのでルクスも反論できない。

「お嬢ちゃん、僕は別に子供をたぶらかしているわけではないんだけど……」

「この光景を見て、まだ言い訳できると思ってるわけ!?」

「……おっしゃる通りで」

 魔法の火花でわーわー楽しそうに遊んでいる子供たちと、その中心にいるルクス。

 言い逃れのしようもない。

「あたしはこの辺のバン張ってるベルーネっていうの。あたしの許可なく、子分たちを遊ばせないでほしいわ!」

「バン張ってるって……」

 小さなスケバン登場と言うわけだ。

 この付近で子供を集めて興行をするなら、彼女の許可が必要になるらしい。

「それはそれは……僕は新参者でして、このあたりの習慣に詳しくなく、大変失礼をいたしました」

「あ、あら、意外と素直ね」

「スケバン様の登場とあっては、僕のような浮浪ふろうの身は吹けば飛ばされる木の葉のようなもの。どうか平にご容赦ください」

「わかればいいのよ。あんた、名前は?」

「ルクスと申します」

「じゃあルクス――」

 明らかに年下の少女に、初対面で呼び捨てにされる始末。

 いや、仕方があるまい。何せ相手はこのあたり一帯の番長である。

「――あたしにもあんたの魔術を見せなさい!」

「はは、喜んで」

 目をキラキラさせるベルーネは、他の子供と同じく、ルクスの魔術に興味津々だったらしい。

 子供騙しにしかならんのか、と悲しい気持ちにはなるにしろ、子供をあやすのも誰かの役に立っているのかもしれない、と自分を納得させるしかなかった。

(そういえばこの娘、どこかハルモに似ている気がする)

 ルクスの放つ魔力の火花に歓声を上げるベルーネを見ながら、ルクスはそんなことを思っていた。


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