6-2 最前線に至る脅威 2

「どうやら絶好の瞬間に立ち会えたみたいだな」

「本来ならもう少し早めにたどり着くべきだったが」

 騎兵を率いて先頭に立つ、白い鎧をまとった騎士と、神火宗のローブを纏った魔術師が、お互いに軽口を叩く。

 騎士はカラカラと笑い、自分の頭を平手で叩いた。

「結構速めに動いたつもりだったが、やはりアガールスの端から端までってのは無理があったかぁ」

「クレイリアはアガールスの端、というと若干 語弊ごへいはあるが、確かにベルエナまでは距離が空きすぎていたな」

「しかし、開戦前なら上々だろう。予定通り、敵に向けて突撃するぞ!」

「では、私は町の方へ向かう。……くれぐれも無茶はしないように、アラド」

「フィムこそ、ベルディリー女史じょしに失礼のないようにな」

「君と一緒にしないでくれ。……では」

 軽く別れを告げると、フィムと呼ばれた魔術師は、魔術師隊を連れてベルエナへ向かって行った。

 それを見送り、アラドと呼ばれた騎士は槍を掲げる。

「野郎ども、気合を入れろよ! 魔物が相手だからって、何も怖がる必要はない! 俺たちはいつも通り、馬鹿正直に突撃をかますだけだ!」

「「「おおぉ!!」」」

「じゃあ、行くぜ……全軍、突撃ぃ!!」

 アラドの号令と共に、クレイリアの騎士たちは一斉に稜線を越える。

 雪崩のように丘を下る騎士の数は、概算して千を超えていた。

 その全ての騎士が雄たけびを上げ、魔物たちに殺到する様は圧巻と言って過言ではなかった。


 クレイリアの騎士が、地上の魔物たちの横腹を突き、隊列とも呼べないような隊列を分断し、各個撃破していく。

 その様を、ベルエナの防壁から眺めていたベルディリーは、少し安堵の吐息を漏らした。

 しかし、それでもまだ問題はある。

「ベルディリー様、クレイリアの魔術師隊が来ています」

「はい、通してください」

 自警団の団員に連れられ、先ほどアラドと会話をしていた魔術師、フィムがベルディリーの前に現れた。

「お初にお目にかかります、私はクレイリアの魔術師団を率いております、フィムフィリスと申します」

「救援に感謝を。私はベルエナ領主、ベルディリー・ワイスです」

「お噂はかねがね窺っております。……さて、こちらから見れば、随分と大きなモノが近づいている様子ですね」

 クレイリア軍の側からは見えなかった影、怪鳥の影が瘴気の雲の中に見えている。

 ベルエナが目前に見ている最大の問題はアレだ。

「あれは怪鳥ですね。確か、神火宗の文献によれば、魔術師の中隊が必要になる強さだとか」

「はい。我々の自警団が抱える魔術師だけでは、対処はギリギリでした」

「馬軍領域からの援軍と、ベルエナが有していた魔術師ですか……そこに我々が加われば、あの怪鳥にも打ち勝てましょう」

「心強いですわ。クレイリアの方々も防壁の上にお越しください。こちらの方が狙いやすいでしょう」

「はい、ではすぐに」

 ベルディリーに許しをもらい、フィムはクレイリアの魔術師たちを防壁へと上げる。

 ずらっと西壁に並んだ魔術師たちは、すでにベルエナの自警団の総数を超える数であった。

「これほどまでに魔術師が……壮観ですわね」

「恐れ入ります。……怪鳥が顔を出します!」

 フィムが指をさす先、瘴気の赤黒い雲を割って、怪鳥がようやくその嘴の先を出した。

 黒ずんだオレンジ色の嘴はゆっくりと開き、まるで超音波のような鳴き声を発する。

『ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 大地を震わせるほどおその大声は、まだまだ距離のあるベルエナまで届き、町中の家の屋根すら振動させた。

 次の瞬間には突風。

 地面で戦っている獣人やクレイリアの騎士を吹き飛ばしそうな程の強風が地上を襲う。

 それは間違いなく、怪鳥が一度羽ばたいただけで起きた風である。

 その風によって瘴気の雲が一時的に晴れ、怪鳥の姿が一気にあらわになる。

「あれは……」

「予想以上に、大きい……ッ!!」

 防壁の上でそれを見ていたベルディリーとフィムは、怪鳥の巨大さに息をのんだ。

 ベルエナの町と比較しても、その四分の一ほどに匹敵しようかという大きさ。

 小さな村落であれば、怪鳥の背に乗ってしまうほどであろう。

 身体の下部についている四本の脚は、城の尖塔かと思うほどに太く、大きい。

 その先についたかぎ爪にいたっては、切り立った山の頂上のようですらあった。

「神火宗の文献でも、あれほど大きいなどとは記述されていませんでした……」

「距離感を狂わされますね……」

「冷静に行きましょう、ベルディリー様。いくら巨大でも、勝てない相手ではありません」

「当然です。……魔術師隊、準備はよろしいですね!」

 ベルディリーの号令を聞き、魔術師たちは一斉に杖を掲げる。

 その先が向けられたのは、怪鳥。

「詠唱開始!」

 次の号令で、一斉に魔術師たちの詠唱が開始される。

 魔術師の魔術は、文字や言葉などを介して発動される。

 その工程を省いて、無理やり魔術を行使することは出来るが、それでは消耗が大きく、また威力も落ちてしまう。

 十全の威力で魔術を発動させるには、やはり相応の儀式が必要なのである。

 一番ポピュラーな手法が、呪文の詠唱である。

 声による呪文詠唱は間違いの確率も少なく、魔術の暴走も少ない。また、魔法陣の描画やジェスチャーなどによる詠唱よりも練度を必要としない。

 そして一定のスピードで唱える訓練さえ行えば、斉射も可能なのである。

「放てッ!」

 ベルディリーの号令と共に、魔術師たちの杖の先から光の矢が撃ち出される。

 それは引き絞られた弓矢にも引けを取らないほどの速度をもって、また同等以上の貫通力をもって、百を超える数で怪鳥へと押し寄せる。

 それは怪鳥を頂点とした、綺麗な三角形を形作った。

 撃ち出された光の矢の速度に対し、怪鳥の動きは緩慢であった。

 自分の眼前に迫る矢を前に、怪鳥は全く回避行動をとらなかったのである。

 結果、光の矢は全て直撃。

 怪鳥の顔面に、嘴に、眉間に、少しそれた光の矢は肩などに命中し、それぞれが青白い光を発して爆発する。

『ギョアアアアアアアッ!!』

 怪鳥がもう一度、鳴き声を上げる。

 もう一度大地が震え、そして怪鳥がもう一度羽ばたく。

 突風は先ほどよりも強く大地を叩き、獣人の一角が吹き飛ばされるほどであった。

 怪鳥はゆうゆうと続けていた前進を止め、急ブレーキをかけたのだった。

「効いてる!」

「効いてるぞ!」

 怪鳥が前進を止め、少し嫌がるように首を振るのを見て、魔術師たちは歓喜の声を上げた。

「静かに! まだ怪鳥を仕留めたわけではありません! 次弾の準備を!」

 ベルディリーはそれをすぐに諫め、魔術師たちもすぐに気を引き締めて杖を構えなおす。

 それを眺めながら、ベルディリーはフィムに少し近づいた。

「どう見ます、フィムフィリス殿」

「ご憂慮ゆうりょの通りかと」

 小声で交わされた言葉は、お互いに心配事を抱えていることの符号であった。

 放たれた矢は命中したが、遠目に見ても怪鳥のダメージが少ない。

 望遠の魔術で怪鳥の頭部を確認してみたが、羽毛が少し焦げた程度で、矢が肉まで届いたようには見えないのである。

 あの嫌がっている様子は、目の前で急に閃光が弾けたのを嫌がっているだけなのだ。

「私たちの魔術は、目くらましにしかなっていない、ということですか」

「なにかがあると見るべきでしょうか」

「からくり、というと?」

「魔物の中には詠唱などを介さずに、強力な魔術に似た特殊能力を発現させる個体が存在すると言われています。暗黒郷の神龍ドゥハンなどは良い例かと。……あの怪鳥もその類だとしたなら、何か特殊能力が行使されている可能性があります」

「まさか、そんな個体があのように自然発生するのですか!?」

此度こたびの瘴気の発生も、異常事態と言えば異常事態。常識にとらわれすぎては足をすくわれます」

「……そうですね。最悪の事態を想定しながら行動しましょう。フィムフィリス殿、何か策はありませんか?」

「今のところは何も……ですが、このまま攻め手を休めなけれ、突破口は見えるはずです」

「……信じましょう。次弾、用意!」

 先の見えない戦いとなったが、しかし希望を信じて貫くしかない。

 ベルディリーは自分をも鼓舞するかのように声を張り上げ、魔術師隊に号令を出した。


「こりゃ恐ろしいわ」

 その間、地上で獣人たちを蹴散らしていたアラドは、上空を見上げながら冷やかすように口笛を吹く。

 ベルエナの防壁から見るのと、足元から見るのとでは、怪鳥の迫力が段違いであった。

「このまま着地されたら、こっちはひとたまりもないな」

「アラド様! 獣人はあらかた片づけ終わりました!」

「ご苦労。では一度、ベルエナに避難しよう。俺たちじゃあのデカブツに対処できない」

「はい!」

「……あ、いや、待て」

 撤収を始めようとする騎士隊であったが、アラドは少し周りに目を向ける。

 倒した獣人たちがその辺に転がり、死屍累々といった様子であったのだが……奇妙なことがあった。

「武器の数と獣人の死体の数が合わない。魔物の死体が消えてるのか?」

「そうみたいですね。どうやらあいつら、死ぬと身体を構成している瘴気や魔力が抜け落ちていくようです」

 それはアラドたちは知らないことだが、ミーナやルクスの前では起きていた現象である。

 魔物の身体は魔力によって形作られている。それらは傷を負った際に傷口から大きく漏れ出し、生き物の血流のように大量に失えば死に至る。

 また、大量に魔力を失えば、その実体を保つことが出来ず、煙のように消えてしまうのだ。

 結果として、魔物が持っていた武器などが残される。

「とは言っても、消えていく時期はバラバラなのか。体内に持ってる魔力量によるのか?」

「アラド様! デカブツが羽ばたきます!」

「おう、全員突風に備えろ!」

 魔物の様子を興味深く観察していたところに、頭上の怪鳥が大きく羽ばたく。

 地上には建物すら吹き飛ばしてしまいそうなほどの突風が吹き荒れ、騎士たちも何とか地面に張り付くようにしてその場を耐えた。

「……おや?」

 その中で、アラドはしっかりと見た。

 風に吹き飛ばされる獣人の死体が、その風にまぎれるかのように魔力のチリとなって消えていくのだ。

 それはまるで、怪鳥の起こした突風が、獣人を解体しているようにも見えた。

「アラド様、これは……どういうことですか!?」

 同じく、その光景を目の当たりにした騎士が、興味深そうにアラドの肩を叩いた。

 実に気安く肩を叩いているのだが、アラドはそれを気にした様子もなく、獣人が消えた光景に思考を巡らせていた。

「さて、俺は魔術師じゃないから詳しい事は見当もつかん。しかし……少し魔力の乱れを感じるな」

「魔力の乱れ、ですか?」

「ちょうどあのデカブツの羽ばたきで、ずいぶん空気が変わったように感じる。こりゃ何か裏があるぜ」

 そう言われてみても、周りの騎士は首をかしげるばかりだ。

 アラド以外に、彼の言う魔力の乱れというのを感じ取れた者はいない。

「アラド様は、神火宗で修行をしたこと、ありましたっけ?」

「ない。だが、戦場に長くいると、そういうことがわかったりするもんだ」

 紅蓮帝の抑戦令が布かれる半年ほど前まで、アガールスの東部ではルヤーピヤーシャとの戦争三昧の日々を送っていた。

 クレイリアも例外ではなく、国境線で行われる戦に、何度も何度も駆り出されたのである。

 そこに当然、アラドの姿もあった。

 年単位で続いていた戦に参加し続けていると、感覚は戦に順応していく。

 その中で体得したのが、なんとなく魔力の流れを感じる、という特殊技能であった。

 とは言え、単なる感覚であるため、それほど信頼できるものではないのだが。

「通信機はあるか? フィムにつないでくれ」

「了解……あ、すみません、調律に手間取ってます」

 通信機と呼ばれる特殊な魔術を運用する箱を背負った兵士がアラドに近づいたが、何かもたもたと手をこまねく。

 アラドのいう魔力の乱れというのが実在するのであれば、それによって通信機を利用するための魔術にも影響が出ているのだろう。

 それを見て、周りの騎士たちもようやっとアラドの言葉に実感を伴った。

「お待たせしました、どうぞ」

 なんとか通信を確立させた通信手が、通信装置をアラドに手渡す。

 その通信装置の奥からは、遠く離れた場所にいるフィムの声が聞こえてきていた。

「フィム、聞こえるか。あのデカブツの真下がおかしい。魔力の流れが揺らいでいるみたいだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る